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「字」単位で考える中国語の勧め

中国語の翻訳で壁となるものの一つとして、類義語の多さがあります。私自身中国語の類義語辞典を持っているのですが、同じような語句を日本語でどう訳し分けるかは、いつも頭の痛い問題になっています。皆さんも同じような問題を持ったことがあるのではないでしょうか。

しかしその一方で、中国語には英語などの欧米言語と違い、大きなアドバンテージがあります。それは、漢字の文字自体が一つ一つ意味を持っている「表意文字」であることです。これは、少なくとも書面の文字からその意味を理解することが可能だということを意味します。

中国語を学習する際、多くの人は「认识(ren4shi)」とか、「感谢(gan3xie4)」とか2文字の単語なら2文字、3文字なら3文字といった具合に、文字をセットにして単語の意味を覚えているのではないでしょうか。
しかし、ネイティブの中国人の方たちはほとんどの語句を、「认识」ならば「认+识」、「感谢」なら「感+谢」というように文字と文字が組み合わさって意味が生成されると認識しているようです。その証拠に、中国の書店には中中「字典」(字引)はたくさんあっても、中中「詞典」(辞書)はほとんど売っていません。このことは裏返して考えると、2文字の中国語の語句の場合、「前の文字の意味と後ろの文字の意味を両方取り入れた最適な訳が、中国語の辞書にある日本語訳なのだ」と言うことになります。

実はこの意識は中国語の翻訳においてとても重要になってきます。なぜなら中国語の原文においては、辞書に載っている語句が必ず出るとは限らないからです。その場合はやはり文字単位で意味を考えなければなりません。

幸いにして中日辞典にせよ、中中辞典にせよ、「語句単位の意味」は見つからないかもしれませんが、「文字単位の意味」は必ず掲載されています。このため翻訳の納期が差し迫っている場合や、初見の語句で辞書にも載っていないものについては、それぞれの字の意味を調べ、即席で日本語の訳をひねりだす必要があります。このような「突破力」も実は翻訳者として必要な能力の一つです。

そして・・特にニュース翻訳においては習近平ら指導部が演説の中で初出の語句を連発することが多々あり、しかもその語句や文章がその後の国内の思想を左右することさえあるのです。このためニュース翻訳者にとって、このような「文字単位で意味を考えなければならない」場面はある種鬼門ともいえるでしょう。

例えば、最近習近平や軍関係者が連呼している語句に「政治建军、改革强军、科技兴军、依法治军」という言葉があります。これらはどう訳したらいいでしょうか。

これらがいわゆる彼らが編み出した造語なので、もちろん辞書には載っていません。「造語だからそのまま書けば?」という考えもあるかもしれませんが、「建軍」「強軍」「興軍」「治軍」の言葉自体日本語には存在しませんし、読み手には意味不明で不親切だと言えるでしょう。

私はこのような場合、「建」「强」「兴」「治」の部分の文字をしっかり調べてしっかり訳として反映させる方法を採用しています。この場合だと「政治による軍建設、改革による軍強化、科学技術による軍振興、法に基づく軍統治」という処理をするのが適解かと言えるでしょう。

もちろんこのような方法によって現場で編み出された仮訳が、後に出てくる公式見解と異なる可能性もあります。なぜなら文字単位の意味は往々にして複数存在することが多く、「自分はこれだ」と思っていた意味とは違う意味で使用している可能性もあるからです。このためこのように文字単位で「独自に訳語を編み出す」方法には一定のリスクがあるのは事実です。

実際に私の職場は初見で原文を訳さなければならない場面が多く、後に大手新聞に掲載された意味とのずれがあることはしょっちゅうです。もちろん「百度」や日本のメディアで公式見解が出た時には調整するように心がけています(もちろんその反対もあって「これじゃないだろう」という訳を日本のメディアがしているときもありますが)。

初見の語句を訳すにせよ、通常の文を訳すにせよ、中国語の上級者、翻訳者にとって必要なのは、中国語の語句を「文字単位」でとらえることです。この考えを心掛けるようにしましょう。

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