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出陣前夜

 フェードラッヘ城門めがけ、騎士の青年が息せき切って突っ走っていた。
 つんつんと尖った金髪に、シャツの上から着た右腕から胸元までを覆う鎧。両手に無骨な手甲を嵌め、肉厚の刃を持つハルバードを背負った彼は、城門を張り手でブチ開ける!
「ランちゃんっ!」
 玄関に響く大音声。そこに集まっていた騎士たちがビクリと肩を震わせて振り返る中から、ジータが青年を見止めて目を丸くした。
「ヴェインさん!」
「おお、ジータか! ランちゃんは!」
 大股で城に踏み込んだヴェインは、ジータの両肩に手を置いて揺さぶった。頭を激しくシェイクされながら、ジータは応える。
「あうあうあうあうあう! ら、ランスロットさんなら玉座の間に……!」
「そうか! ありがとな!」
 ヴェインはジータを離し、玄関奥の回廊へダッシュ。やや目を回していたジータは首を振って我に返ると、慌ててその後ろを追った。
「ちょ、ちょっとヴェインさんっ! 駄目ですってば! 今ランスロットさんはカール様とイザベラ様とお話中で!」
 あっけにとられた同僚の騎士たちを置き去りにして、ジータは回廊を風めいて疾駆。すぐさまヴェインに追い付き、その背に飛びついて胴をホールドするもヴェインは止まらぬ!
「ヴェーイーンーさぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
「うおおおおおお! 今行くぞランちゃ―――んっ!」
 どかどかと派手な足音を立てたヴェインは、目の前にそびえる豪奢な扉を体当たりじみて叩き開いた。
 一歩入ればそこは円形の広大な部屋。扉から最奥へ柔らかな赤いカーペットが伸び、床には竜をモチーフにした細かな紋様が描かれている。壁に沿って何本も立つ金色の柱。
 部屋の奥には玉座が置かれ、滝のような髭と丸く膨らんだ腹を蓄えた国王が座していた。玉座の傍に執政官のイザベラ。前方にランスロット。三人とも目を丸くしてヴェインたちを見ていた。イザベラが柳眉を逆立てる。
「これヴェイン! 王の間になんと不作法な! 弁えよ!」
「え? あ、あははは! すみませんイザベラさん。今日も麗しくー……」
 後ろ頭を掻きながら愛想笑いを浮かべるヴェイン。怒りに燃えるイザベラの目は彼の背にしがみついたままダラダラと冷や汗をかいて固まるジータの方に向けられた。
「そしてジータ、お前もだ! いつまでそのような情けない格好をしておる!」
「は、はいっ!」
 ジータはバネ仕掛けめいて立ち背中を伸ばした。真っ青な顔をしたジータと、けろっとした表情のヴェインを見比べ、ランスロットは額に片手を当てて嘆息する。
「ヴェインはともかく、ジータまで……。待機していろと言っただろう」
「あー、ジータのことは怒らないでやってくれよ、ランちゃん。俺を止めようとしてただけだからさ」
「じゃあ止まってくださいよぅ……」
 恨めしげな眼差しでヴェインを睨むジータ。乾いた笑い声で誤魔化そうとするヴェインに大きく溜め息を吐いたイザベラは、今度はランスロットに刺々しい視線を向けた。
「ランスロット。お前も雑談などしてる場合では無かろう。王の御前であるぞ」
「よいよいイザベラ。そう叱責したものでもあるまい」
 玉座に腰掛けた恰幅の良い王、カールがイザベラを窘めた。イザベラがそちらを振り向く。
「しかし王……!」
「ヴェインもまた、我が王国に誇りし騎士の一人。民を想って遠くに出、友を想って舞い戻る。情に厚いその人柄、大いに結構。ランスロットが信を寄せるのもわかるというものだ。騎士に相応しい器に免じようではないか」
 穏やかに髭を撫でつけるカール王。イザベラは不服そうな面持ちながらもしぶしぶと引き下がった。
「…………わかりました」
「うむ。そして、ジータと言ったな?」
「はいっ!」
 名を呼ばれ、ジータはびんと背中を伸ばした。カール王は穏やかな笑みを浮かべると、諭すように言う。
「そう硬くなるものではない。そなたも、我が誇りある騎士の一人である。肩の力を抜き、楽にしてよい」
「あ、ありがとうございます……」
 緊張させた肩と胸を少し撫で下ろすジータ。少女騎士の表情が少し柔らかくなったのを見、カール王は改めてランスロットに向き直った。
「さて、ランスロットよ。どこまで話したのだったかな?」
「はっ。現在、白竜騎士団をシルフ様救出班と王都防衛班の二部隊に分けて編成し、待機させております。シルフ様救出班は直ちにファフニールが潜む慟哭の谷へ急行。ファフニールを再封印し、シルフ様を助け出します」
「うむ。封印の術式は、今文官たちに用意させておる。そうだな? イザベラ」
「はい。今頃はシルフ様救出班の手に届いているかと」
 イザベラが恭しく頭を下げる。カール王は深く頷いた。
「良し。ヴェインとジータは、どちらに配属する?」
「二人とも、シルフ様救出班に編成します」
「えっ!?」
 驚き目を見開くジータと反対に、ヴェインの目が輝き始めた。イザベラはやや不安げにランスロットに問いかける。
「良いのか?」
「御心配には及びません。ジータにはそろそろ実践を経験させるべきだと考えていたところですし、ヴェインの腕は俺も理解しています。確かな力となりましょう」
「ランちゃん……!」
 ヴェインは目元を赤くし、瞳を感涙ににじませる。気恥ずかしそうに咳払いをするランスロットに、イザベラが言った。
「……了解した。最後の確認だがランスロット、今回の遠征には私も参加する。カール国王様、よろしいでしょうか?」
 イザベラに問われ、カール王は鷹揚に頷く。
「よい。お主が誰よりもシルフの身を案じておるのは、ワシが一番知っておる。気を付けて行って参れ」
「はっ! 有り難きお言葉! ご配慮、誠に痛み入ります」
 貞淑に深々と頭を下げるイザベラ。ランスロットはジータとヴェインに振り返ると、真剣な表情で告げた。
「二人とも、戻って皆に伝えてくれ。明日の明朝に出発するから、準備を万全に整えておくように、と」
 ジータとヴェインは即座に姿勢を正すとハッキリした声で切り返す。
「わかりました! 武器のお手入れまで全部終わらせるように言っておきます!」
「任せろ! ランちゃんからの伝言、しっかりと受け取ったぜ!」
「ヴェ、ヴェイン、その呼び方はやめろ……! 時と場合というものがだな……」
 照れくさそうな顔でランスロットが注意する。ジータとヴェインは悪戯っぽく笑うと踵を返して城の玄関ホールへ駆け戻っていく。ランスロットは降り返って王とイザベラに一礼すると、二人の後を追いかけた。

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