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慟哭の谷へ

 翌日の昼、王都を離れてやや辺境。そよ風の吹く草原から跳躍したジータはハルバードを振り上げる! 対角線から突っ込んで来るのは暗緑色の鱗を持つワイバーンだ! 飛竜はアギトを開いて牙を剥く!
「AAAAAAAAAAAAARGH!」
「やぁッ!」
 空中でワイバーンと交叉したジータは前方一回転から片膝で着地! 彼女の後方で真っ二つにされたワイバーンが地面に落ちた。直後、別の翼竜がジータのうなじめがけて大口を開けながら突進!
「!」
 ジータは振り向きながらの刺突でワイバーンの喉を貫き、そのまま大きく振り回して投げ飛ばす! 口から背中を撃ち抜かれた飛竜は滞空しながら別の騎士と斬り結んでいた個体に直撃し、複数の青い剣閃に引き裂かれた!
『GYAAAAAAAAAAAAARGH!』
 血飛沫ごと弾け飛び断末魔を残して肉片となるワイバーン二匹。それらを背後にしたランスロットは双剣を構えたまま、苦戦していた騎士を振り向く。
「大丈夫か」
「はッ! 申し訳ありません、ランスロット団長!」
「謝るな。全員生きてファフニールを討伐し、全員で帰るぞ」
 肩越しに激励したランスロットは右の剣で前方を指し示し、全方位のワイバーン群に対処する白竜騎士団に叫んだ。
「進め! ここを抜ければ慟哭の谷だ! ワイバーンを掃討し、ファフニールを討つ!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
 戦場のそこかしこで鬨の声を上げた騎士たち。ある者は剣に食いついたワイバーンを地面に叩きつけ、またある者はタックルを受けてのけ反った竜の頸を掻き切る。ジータと背中合わせになったヴェインは不敵に笑う。
「へへッ、ランちゃんもみんなもやる気だな! 負けてられないぜ!」
「ヴェインさん、前から二匹っ!」
「おうよ!」
 素早く芝生を蹴って走り出したジータの後ろでヴェインが前後反転! ジータが超低空飛行で挑みかかってくる二匹の真下をスライディングで滑り抜けると、ヴェインはハルバードを真横に構えた。
「さあかかって来いッ!」
『GRRRRAAAAAAAAAAAAAAAAARGH!』
 ワイバーンたちは短剣じみた牙の生えそろった口でヴェインを襲う! 勢いよく飛び出したヴェインは横並びになった二匹の口にハルバードの柄をくわえさせるとその場で竜巻めいて回転!
「うおおおおおおおおおおりやああああああああああああああッ!」
 ハルバードごとワイバーンを投げるヴェイン! 泡を食ってハルバードを離した二匹よりやや高所にジャンプしたジータはヴェインのハルバードをつかみ、自分のものと合わせて突きを放つ!
「ぜいッ!」
 二匹の竜が同時に胸を射抜かれ絶叫! ジータは両腕を振り上げてワイバーンを虚空に投げ出し、ヴェインのハルバードをジャベリン投擲して返却!
「ヴェインさんっ!」
「おうっ!」
 ヴェインは半回転して真横を通過しかけたハルバードの柄をつかみ、逆回転の勢いで斬撃を繰り出す! 背後のワイバーンを頭部粉砕殺! 同時にランスロットの号令がかかる!
「慟哭の谷に突入する! 行くぞっ!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
 ワイバーンの急襲が途切れた隙を突き、騎士たちが我先にと先行くランスロットに続く。着地前転を決めたジータがヴェインを呼んだ。
「行きましょうヴェインさん! 置いてかれますよ!」
「おおっと、そいつはやばいっ!」
 ハルバードを振って竜の血を払ったヴェインは急いで走り出した。たちまち先に走っていたジータの隣に追い付き、その背中を叩く。
「急げ急げジータ! ランちゃんに追い付くんだ!」
「はいっ!」
 同時に速度を上げた二人は他の騎士たちを次々追い越す。白竜騎士団の面々の行く手には尖った山ふたつの間に出来た、深い渓谷。その中に一番手で滑り込むランスロットに、ジータとヴェイン、騎士たちが続いた。
 ランスロットは走りながら後続を振り向き、表情を明るくする。
「ヴェイン、ジータ! 無事だったか!」
「おうよーっ! ワイバーンなんて敵じゃないぜ!」
 どんと拳で胸を叩くヴェインの隣で、ジータは勝気な笑顔を浮かべて頷く。ランスロットは笑みを返すと、首を伸ばして後方の騎士たちを見た。
「他のみんなも無事のようだな。イザベラ様がやや心配だが……」
「イザベラ様なら、殿で指揮を執っておられました」
 ジータは数度の跳躍の際見渡した、戦場の景色を思い浮かべながら言った。ワイバーンの群れに襲われた際、イザベラは臆することなく周囲の騎士たちに命令を下して集ってくるワイバーンを排除していたのだ。
 ランスロットが胸をなでおろす。
「そうか。あの方は人の扱いが上手いからな……正直心配だったんだが、無事ならいい」
「あの人がそう簡単に死ぬとも思えないけどな!」
「ヴェイン、本人の前でそれを言うなよ?」
 能天気に笑うヴェインに、やや呆れ気味の苦笑を見せるランスロット。一方でジータは空を見上げ、縦長に切り取られた空に時折見える飛竜の影を視界に捉えた。
「それにしても……ワイバーンが多いですね? 結構倒したのにまだいるなんて……」
 進行方向から視線を逸らさずランスロットが言う。
「恐らく、ファフニールの影響だろう。封印されてたかの竜が蘇った影響が、慟哭の谷に住む他の魔獣たちにも影響している。一刻も早く止めないと不味い」
「これでも、昔よりはマシみたいだけどな……」
 二の句を継いだヴェインが溜め息混じりに呟いた。
「ったく。それもこれも、ファフニールを復活させた謎の男のせいだぜ。こんな時に竜殺しがいてくれりゃあな……」
 その時、柳眉を逆立てたランスロットが振り返り怒声を上げる。
「おいヴェイン! 冗談でもその名を口にするな!」
「おわっ……わっ、わりぃ……」
 面食らった表情をするヴェイン。ランスロットは足を止めないまま睨みつけ、鋭く言い放つ。
「いいか、ジークフリートはもういない。この国を守るのは俺たちの役目だ。王殺しの逆賊に頼ろうなどと思うな!」
「わ、わかったって! 悪かったよ!」
 ヴェインが慌てて謝ると、ランスロットは前方に向き直る。彼の剣幕に首を縮めていたジータは、ヴェインに囁きかけた。
「ヴェインさん……」
「ああいや、大丈夫だ。ジータは、ランちゃんが怒ってるの初めて見るか?」
 ジータは悲しげに目を逸らし、小さく頷いた。ヴェインは先頭を走るランスロットを追いながら、複雑な面持ちでぼやく。
「竜殺しのジークフリート。元々ファフニールだって、あの人が戦って封印してさ……。みんなのヒーローで、俺もランちゃんもずっと憧れてた。黒竜騎士団のスゲー団長で、ランちゃんとは良いコンビだったのに……」
「……はい。私も……」
 ジータが何事か言いかけた直後、ランスロットが両脚を滑らせて制動をかける。完全停止と共に背を伸ばした彼の前にヴェインとジータが立ち止まり、遅れて来た騎士たちが大急ぎで集まって来た。
「全員、いるか?」
 ランスロットの問いに、騎士たちは無言でお互いに視線を配り合う。兜と鎧の継ぎ目が擦れ合う音がしばし鳴ったのち、騎士たちは全員ランスロットを見た。脱落者無し。ランスロットは静かに、しかしよく通る声を飛ばす。
「ここから先はファフニールの巣となる。気づかれないように進軍し、打ち倒したのちにシルフ様の救助だ。まずは生き残ることに全力を尽くせ!」
 騎士たちは無言で頷く。ランスロットはヴェインとジータを睨んだ。
「ヴェイン、ジータ。無駄話はやめて気を引き締めろ。……行くぞ」
「お、おう……」
「……はい」
 気圧され気味のヴェインと物憂げな面持ちのジータが応えた。ランスロットは二人に背を向け、慟哭の谷の奥に空いた洞穴へと歩を進める。

生活費です(切実)