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竜騎士

 地面を疾風じみて駆けてくる、土色の狼型魔獣をジータはハルバードのひと振りで薙ぎ払った! 吹き飛ばされ、地に転がるその胸元に素早く接近して刺突!
「GRRRAAAAAAAARGH!」
「やあっ!」
 ハルバードを跳ね上げるジータ! 中空をクルクルと舞った狼は黒く染まり、煙状に霧散した。ジータは振り返り、倒れ込んだ仲間を引きずる騎士に叫ぶ。
「ここは任せて! 城に引いて治療してください! 早く!」
「あ、ああ! 本当にすまない! すぐ戻るからな!」
 仲間を引いて後退する騎士に背を向け、ジータはハルバードを構え直す。前方には並び立つゴブリンの群れ、前足で地面を引っかく狼、羽ばたき浮遊するロップイヤーじみた魔獣。
(数が多い……!)
(住民たちの避難はほぼ終わったって聞いたけど、怪我した人もたくさん……)
 ハルバードの穂先をやや下げ、柄尻を上げた形で臨戦態勢。魔物たちは先ほどの一撃を警戒してか、威嚇的に喉を鳴らしながらも近づいて来ない。
 敵を油断なく睨みつけながら、ジータは魔物たちの後方、城郭方面に想いを馳せる。
(ランスロットさんに言われて下がって来ちゃったけど……王城前でこれなら、最前線なんてもっと大変なはず。でもここだって空けられないし……)
(だったら、ここを早く片づけて加勢に行くっ!)
「はぁぁぁぁぁっ!」
 飛び出したジータは真正面のゴブリンめがけて一直線に走る! 同時に魔獣たちの軍勢が口々に雄叫びを上げながら押し寄せて来た。
 棍棒を振り上げるゴブリン。牙を剥く狼とロップイヤーラビット。特攻してくるジータと魔獣たちの距離が徐々に狭まっていき―――直後、ジータの姿が掻き消えた!
「ギッ!?」
 驚き立ち止まるゴブリンたち! 刹那、その首に銀閃が走り五匹まとめて首が飛んだ! 跳躍し背後に回り込んだジータは頭上で回転させたハルバードを振り返る魔獣たちの脳天に次々振り下ろす!
「はっ! ていっ! せやぁっ!」
 頭蓋を叩き割られた魔獣たちが地に沈む。黒い霧となって蒸発する遺骸を余所に左足に噛みかかる狼を、ジータの突き下ろした柄尻が脳天粉砕! さらに両肩に飛びかかる飛行ウサギをサマーソルトキックで弾いた!
「まだまだっ!」
「ギィィィィィッ!」
 着地したジータにゴブリンの一匹が跳躍! さらに右脇腹を狙ってもう一匹、左膝めがけて一匹! 計三体のゴブリンに対し、ジータは袈裟斬りで二匹まとめて斬殺! 残る一匹の下顎を蹴り飛ばす!
「ウギィッ!」
 仰向けに吹っ飛ぶゴブリンの心臓に狙いを定め、ハルバードを引き絞るジータ。眼光がギラリと瞬くと同時に槍矛の先が銃弾じみて繰り出された!
「ぜああああっ!」
 ZGAAAAASH! 切っ先が骨肉を粉砕してゴブリンの矮躯を貫通! たちまち黒ずみ、煙のように消えていく遺骸を振り払ったジータは、素早く周囲を走査して討ち漏らしがないのを確認。王城に背中を向ける。
「まだ来るの……!?」
 地面を叩く複数の足音。それは実際狼型魔獣にロデオして王城に攻め込んで来るゴブリンの群れだ!
「くっ……!」
 ジータは歯噛みしながらもハルバードを構え直す。頬を焦燥の汗が伝った。後ろの王城には負傷した騎士たちや逃げて来た住民たちが肩を寄せ合っている!
(これじゃあ動けない!)
 戦いを前にしながら、ジータの目にフラッシュバックするのは数刻前。大勢の騎士に囲まれながら軽くあしらって見せた竜殺しの剣技!
(あの時の……あんな力が私にあれば……!)
 忸怩たる想いを抱えながら踏み込んだジータの背中を、ゾクリと冷たい怖気が刺した。空気をつんざく甲高い声!
(上っ!?)
 大きく踏み込んだまま顔を上げたジータに、上空から大型グリフォンが滑空してくる! ジータの時間がぐっと圧縮された。全力で踏み込んだ足が戻せぬ!
(だめ……間に合わない……! やられるっ……!)
 ジータがぎゅっと目をつぶった、その時である! ジータとグリフォンの間を一瞬黒い影が横切り、グリフォンが真っ二つに引き裂かれて墜落。軽くつんのめったジータの頭を誰かの手が押し止めた。
「……っ?」
「目を開けろ。ここは戦場だ」
 ジータは硬く閉じた目蓋を震わせ、ゆっくりと開く。ぼやけた視界が焦点を取り戻した先に居たのは、赤黒い大剣を手にした黒い騎士!
「わっ!?」
 ジータはハルバードを抱いて思わず後ずさり、尻餅をついた。彼女の頭を押しとどめていたのは、竜殺しのジークフリート。彼はジータを一瞥すると、背中を晒して大剣を中段に構えて振りかぶった。括目!
「ふんッ!」
 BOOOOOOOOOM! 暴風じみた斬撃が飛び、駆け込んできていた魔物たちがまとめて爆散! 血煙と化した。
 呆けた顔でその様を眺めるジータの前で、竜殺しは大剣を背中に収める。
「立て。立って構えろ。お前には守るべきものがあり、戦うべき敵がいるのだろう。目を開け。周りを見ろ。活路を探せ。生きて刃を構えている限り、敗北など俺たちの眼中には無い」
「え、あ……」
 ジータはランスロットの後ろ姿をじっと見上げる。それはいつか見た、セピア色の記憶と全く変わらない、大きな騎士の後ろ姿。
 ジークフリートはジータに一瞥をくれた。
「座り込んでいる時間は無いぞ、竜騎士。お前の戦いは始まったばかりだ」
 そう言い残すと、ジークフリートはジータの目の前を横切り、足を速めて走り出した。尻餅を突いたまま、それを見送るジータ。大剣を帯びた背中が角を曲がり、見えなくなって数秒後、鋭い声がかけられる。
「ジータ!」
「はっ……!」
 我に返ったジータは慌てて立ち上がる。彼女のすぐ目の前に、ランスロットが着地した。
「大丈夫か?」
「は、はい! 城壁の方は?」
「あらかた片付いた。少し数が多かったがな」
「ランちゃん!」
 そこへ、ヴェインが駆け足で近づいてくる。両膝に手を突き、汗だくになりながら彼は告げる。
「来る途中に会った奴に聞いたけど、避難はバッチリ終わったってよ!」
「そうか、それなら良かった」
 ランスロットの表情が少し安堵に和らいだ。その視線がジータへと向く。
「ジータ、怪我はないか? へたりこんでいたようだが」
「あ、はい! そ、その……ちょっとびっくりしちゃっただけで……」
「びっくり? 何があった?」
 問われ、ジータは先ほどの光景を思い出す。半ば夢を見たような気分になりながら、ぼんやりと呟いた。
「そ、その……油断してやられかけたところを、ジークフリートさんに……」
「なんだと……?」
 ジータがふと顔を上げ―――心臓をつかまれたかのように感じた。ランスロットの激憤と憎悪に染まった表情がすぐそこにあったのだ。
 ランスロットはジータの両肩につかみかかる。
「どこだ!? ジークフリートはどこへ行った!?」
「ちょ、ランちゃん! 落ち着けよ!」
「離せヴェイン!」
 肩に置かれたヴェインの手を振り払うランスロット。ジータは顔を青ざめさせ、小刻みに震えながらランスロットが消えた方を指差した。
「あ、あ、あっちに……」
 直後、ランスロットはジータを突き飛ばすようにして飛び出した。ヴェインは一瞬声を上げかけ、どこか悲しげな面持ちでジータを見つめる。
「ジータ……ランちゃんを追っかけるぞ」
 ジータは何も言えないまま、控えめに頷く。ヴェインは小さく笑ってジータの背中を叩くと、ランスロットを追って走り始めた。

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