新社会人に贈るたったひとつのビジネスマナー『Pineapple on pizza』
世の中には「ブラック校則」や「謎ビジネスマナー」といった、誰が何を目的として設定したかもわからない奇妙なルールやマナーがありふれています。
例を挙げると「ノックは3回、2回はトイレ」「印鑑を押すときはお辞儀っぽく見えるように少し傾ける」「客先で出されたお茶は絶対に飲み干さない」などなど。リモートワークが普及した昨今では「Web会議における上座下座」なんてものもありますね。
社会人になった今では「いや、別にそんな細かいとこまで気にしてないから……」「これ絶対自称マナー講師(笑)が深夜のテンションでテキトーに決めたんだろうなぁ」と思うのですが、学生時代の私は「全部就活本通りに完璧にこなし、かつ嘘でもいいから自分がさも素晴らしい人間のようにアピールしなくてはならない」と本気で思い込みながら就職活動を続けていました。
おそらく今日の新社会人ならびに就活生たちも、自称マナー講師(笑)が勝手に決めた謎マナーや謎ルールに振り回されながら目まぐるしい日々を送っていることでしょう。
人間社会に属して生きるためには、ルールもマナーもエチケットも必要不可欠です。けれど、そうした礼儀の一挙一動を気にしすぎるあまり、本来の目的であるコミュニケーションに支障をきたしてしまっては元も子もありません。
というわけで、今回はどんなマナー本よりも役に立つフリーゲームをご紹介しようと思います。
パイナップルピザという国際問題
今回取り上げるタイトルは『Pineapple on pizza』。俗に言う「パイナップルピザ論争」をテーマにしたウォーキングシミュレーターで、あの伝説の剣を抜くだけの苦行で有名なMajorariattoの最新作でもあります。
その評価は圧倒的好評。翻訳アプリを駆使しつつユーザーレビューを斜め読みすると「本当にパイナップルピザテイストのゲームだ!」「この作品のおかげでようやくパイナップルピザのおいしさを理解できました!」「GOTY間違いなし!」など、パイナップルを肯定する声が非常に多く見受けられます。反対に「なんて残虐なゲームなんだ!」「パイナップルがあるから0点」「ハゲはいるのに裸はいないのか……」などと否定的な意見も少なくありません。
98%のプレイヤーがおすすめボタンを押してしているにも関わらず、この賛否両論具合といったら……まさにリアルのパイナップルピザ論争と同じですね。
そんな世界中のプレイヤーがパイナップル容認派と否定派に分かれてレビュー欄で仲良く喧嘩している本作ですが、ストアページに掲載されているスクリーンショットに映るのは、自然豊かな南の島と陽気そうな島民たちの姿のみ。パイナップルの実はなっていそうでも、ピザという食べ物が存在するかどうか疑わしいような島が舞台です。
いったいどのような物語が繰り広げられるのか。結局ピザにパイナップルはアリなのかナシなのか。
ストアページの情報だけではさっぱり想像がつかないので、その実態に迫るには南の島行きのパスポートを入手(本作をダウンロード)する他ありません。
なお本作は無料かつ1プレイ10分程度で終わる非常に短いゲームですので、こんな記事を読んでいる暇があるなら実際にプレイすることを強くおすすめします。なんといったって「Surprise does enhance the flavor(サプライズは風味を引き立てます)」からね。
陽キャだらけのパーリーアイランド
ゲームを開始し振り向くと、陽気なBGMに合わせて楽しそうに踊っている人々の姿が目に入ります。髪型やタトゥーといった違いはあれど、服装や肌色という共通点から察するにこの島の住民でしょう。
一人で華麗なタップダンスを披露する男、リンボーダンスに興じている少人数グループ、大きな輪になっている集団……種類や規模や違えど、行く先々で見かける人々はみな一様に笑顔を浮かべ、BGMに合わせた一糸乱れぬキレのいいダンスに熱中しています。
カモメに餌をやるのですらBGMに合わせて動いているため、もはやリズムにノっている人以外を探す方が困難です。
島民と仲良くなるのが目的かと思いきや、話したり踊ったりするコマンドは無い。島に隠された秘密を解き明かすのが目的かと思いきや、調査や持ち運ぶのためにオブジェクトにインタラクトするコマンドも無い。NPCに対し殴る蹴るといった暴力的なアクションもできない。というか、WASDで移動という概念しか存在しない。
そんな陽キャだらけのパーリーアイランドに何の説明もなく放り出されたプレイヤーの大半は、おそらく「いったい何が目的なんだ?」とカメと同じ表情を浮かべたことでしょう。
平和な楽園から阿鼻叫喚の地獄へ
しかし、楽しい時間があっと言う間に過ぎ去るように、このパリピたちのダンシンパーリィにも終わりが訪れます。噴火という名の自然災害が島全体を襲うのです。
しかも、この噴火はただの自然災害ではありません。イベントフラグを求めて火口に飛び込んだ陰キャ(プレイヤー)によって引き起こされた人災です。
そんな陰キャの軽率な行動によって、陽キャだらけのパリピアイランドが阿鼻叫喚の地獄絵図と化すまでそう時間はかかりません。
草木は燃え、集落は倒壊し、人々は溶岩に飲まれ、トウモロコシ畑はポップコーン畑へ変貌し、被害の拡大と比例してBGMはいっそう盛り上がります。
島を覆いつくす溶岩とあちこちから聞こえるこの世のものとは思えない悲鳴に包まれながら、プレイヤーが「こんなつもりはなかったのに……」と後悔しても手遅れです。罪滅ぼしをしようにも、時間を巻き戻すことも、噴火の被害を最小限にとどめることも、溶岩が目と鼻の先に迫るまで踊り続けているような危険予知意識の低い島民を救う手立てもありません。
中には危険を察知して高いところに避難したり、仲間とともに島を脱出しようと試みる者もいます。ですが、そういった行動が裏目に出てしまい、海やマグマの藻屑と化すパターンがほとんどです。
軽い気持ちから火口にダイブし、島ひとつ滅ぼすほどの災害を招いたプレイヤー。罪悪感に苛まれながら、最後に目にするものとは……?
衝撃のエンディングは、ぜひご自身の目で確かめてください。
所感
10分ほどプレイしてスタッフロールが流れた瞬間、私の口から漏れ出たのは「えっ、その……何?」という困惑の声でした。
『Pineapple on pizza』というタイトルでありながら、実際にはパイナップルもピザも出てこない。ピザという食べ物自体存在しなさそうな平和な島国が崩壊するさまをただ見せつけられただけ。『○○シミュレーター』を自称する粗製乱造された虚無の方がまともに見えるほどのタイトル詐欺。なのに14,000件以上もの好意的なユーザーレビューが寄せられている。
シュールな内容と唐突なエンディングに思考が追い付かず、そこから圧倒的好評という世間の評価にもなかなか結び付かず、パイナップルナシ派の私としては「やっぱりパイナップルアリ派は味覚も頭もおかしい」とすら思ったほどです。
しかし、実績回収のために2度3度とプレイを重ねるにつれ、本作のメッセージ性が少しずつ見えてくると、その印象は大きく覆りました。
これは噛めば噛むほど味が出るスルメゲー……いえ、プレイすればプレイするほど画面からパイナップルの香りが漂ってくるパイナップルゲーです。
そもそも本作で描かれたのは、パイナップルピザ“論争”でなくパイナップルピザ“そのもの”。
タイトルだけ見て前者をイメージし、「きっとパイナップルアリ派とナシ派の対立を描いた作品なんだろうな〜」という先入観を抱いたままプレイしたのが間違いでした。
パイナップルという人によって好みが激しく分かれるトッピングを持ち出した挙句、有無を言わさず勝手に載せる。結果、和気あいあいとした楽しい時間が一気にお通夜ムードになる。そこに悪気があろうが無かろうが、パーティーが台無しになることに変わりはない。
そうした食べ物に関するアクシデントを、単に「賛否両論」の一言に集約するのは生ぬるい。「災厄」「終末」「天変地異」「ハルマゲドン」――そういった類のものと同等である。
本作ではそれをプレイヤーによって引き起こされた黙示録(パイナポカリプス)という形で表現し、身勝手な行為が招いた混乱がどれほど罪深いかを視覚的に訴えました。
これがあまりにも秀逸な例えすぎて、もはや「プレイする礼儀作法」として全国の道徳の授業やビジネスマナー研修会で取り上げるべき名作だと本気で思いましたね。
日本でも「からあげレモン問題」や「きのこたけのこ戦争」などがあるように、世界各地にもこうした食の対立文化がたくさんあるはずです。
だからこそ、派閥の垣根を越えた共感の声が多く寄せられ、圧倒的好評という本作の支持率に繋がったのでしょう。
もちろん本作のメッセージ性にまったく共感できずとも、とある島の崩壊を描いたウォーキングシムとしても十二分に楽しめるクオリティです。
絵本に出てきそうなほのぼのとしたグラフィックはキュートですし、軽快なBGMはずっと聴いていても飽きません。噴火後に慌てふためくNPCの中には「泳いで逃げようとするもサメに食べられてしまう人」や「せめて我が子の命だけでもと決死の覚悟で赤ちゃんをパススローする母親」などユニークな行動を取るキャラクターもいるので、実績回収を兼ねてなかなか観察しがいがあります。
それでいてSteamアカウントさえあれば誰でもプレイ可能な無料ゲーム。お布施を兼ねたサウンドトラックを購入しても、ピザ1切れほどの値段(定価120円)に収まるのが驚きです。
そんな本年度GOTY最有力候補から見えた、もっとも大切なマナーとは何でしょう。
数回ほどプレイして私が思ったのは、聖徳太子が説いた「和を以て貴しと為す」の精神――言うなれば「からあげにレモンをかけない」マインドです。
例えば職場の人たちとの飲み会は、気心の知れた友人たちとの集まりとまったく異なりますよね。
席の座り方やお酌のやり方といった謎マナーに加え、上司や先輩たちの機嫌を損ねないような立ち振る舞いが求められるなど、いくら無礼講と言われようが気を遣うことが多すぎます。この飲みニケーションとは名ばかりの窮屈な宴会文化を疎ましく思う人は、私以外にも大勢いることでしょう。
ですが、昭和の常識は令和の非常識。テクノロジーやライフスタイルがアップデートされるように、人々の価値観も時代と共に変化していきます。
なので新社会人のみなさん。そんなに怯えずとも、別に最初の一杯でビール以外を頼んでも全然OKです。お酌のときに注ぎ口やラベルの向きをいちいち気にしなくたっていいです。上司の年代に合わせたカラオケ曲を練習する必要もなければ、二次会や三次会も無理して行かなくても大丈夫です。
そんなことに文句を言うのは時代錯誤のパワハラ上司ぐらいで、大抵の人は気にも留めません。
だけど、からあげにレモンだけは絶対にかけるな。
特に飲み会で率先してサラダとかを取り分けたりする女子。頼むから余計な真似をするんじゃない。
公私を問わず、集団生活において最も大切なのは「自分以外の誰かがいる」という認識。自分一人でないからこそ相手の知恵や力を借りることができると同時に、自分一人でないからこそ相手の声に耳を傾ける必要があります。他者がいるにも関わらず、何もかも一人の独断で突っ切ってしまっては、集団である意味がありません。
悪気があろうが無かろうが、独断で行動した=ピザにパイナップルをのせた結果どうなったか……もうご存知ですよね?
もう一度言う。からあげにレモンをかけるなら、自分の取り皿の上でやれ。