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1ドルを笑い、1ドルに泣き、1ドルで悟れ『One Dollar Simulator』

電気、ガソリン、食料品……最近は何もかもが高いですね。物価は目に見えて上昇しているのに対し、給与はなかなか上がらないという現状を顧みると、思わずため息が出てしまう方も多いのではないでしょうか。

一方でネットの世界に目を向けると、まるで不景気なんて存在しないかのように娯楽に大金を費やす人々の姿が多く見られます。
何の疑問も抱かずに1回約3000円の10連ガチャを湯水のように回しまくるソシャゲユーザー、推しのライブ配信者に認知してもらうためだけに惜しげなく高額の投げ銭を行う視聴者、人気商品を買い占めては法外な値段で売りつける悪質転売屋……そういった類の人々をSNSで見ない日はありません。

物価は上がる。給与は上がらない。家計は厳しい。貯金は無い。でも宵越しの銭は持たない。生活より推し活。ガチャは天井まで回す。Vtuberに赤スパ投げまくり。PS5はゲーム機でなく転売商材。
趣味・嗜好・幸福などの価値観が人それぞれであることぐらいわかっているつもりですが、こうした話を目にするたびに「お金ってなんだろう」とつい考えてしまうのは私だけでしょうか。

先行きが見えないこんなご時世だからこそ、お金の価値について今一度見つめ直す必要があるような気がします。
例えば……普段よく目にする硬貨や紙幣の1枚分で何ができるかひたすら考えてみる、とか?

1ドルを買おう、1ドルで

今回紹介する作品は『One Dollar Simulator』。その名の通り1ドルが題材のシミュレーターです。

お金のシミュレーターと聞くとなんだか小難しくて取っ付きにくそうというイメージを抱く人もいるかと思いますが、本作には社会や市場や経済といったややこしい要素は存在しません。
本作の主役はあくまで1ドル……厳密には1ドル“札”のシミュレーターなので、経済の概念どころか1ドル以外の貨幣も存在しません。あるのはただ、1ドル札のみです。

1ドル札のシミュレートは本作は起動するより前、Steamのストアページに訪れた時点からすでに始まっています。

定価はもちろん1ドル。日本での販売価格は100円なので、実際の為替レートのことを考えると少しお得に感じますね。
さらにセール時では50%OFFで販売されることが多いため、購入のタイミングによっては1ドルを50セントで買うという錬金術じみた行為も可能です。

また本作では1ドル札のシミュレートだけでなくお金配りおじさんの疑似体験も可能です。その証拠にゲーム概要にはフレンドへのギフテロお金配りを推奨する旨も記載されています。

さて、今これを読んでいる物好きなみなさんに質問です。
あなたの手元にあるその1ドル(100円)……いったい何に使います?

1ドルを堪能しよう、1ドルで

早速手に入れた約2GBの1ドルを起動すると、本作とUnityのロゴが3~4秒程度表示されたりされなかったりした後、このように緑豊かなフィールドが映し出されます。
メインメニューやオプション画面なんて野暮ったいもの存在しません。あるのはただ、手付かずの自然と1ドル札のみ――それもあなたが1ドルと引き換えに手に入れた、あなただけの1ドル札です。

金は天下の回りものなんて言いますが、風に飛ばされぬよう重石を乗せたこの1ドル札があなたに黙ってどこかに行ってしまうことは決してありません。本作がストレージ内に存在する限り、ジョージ・ワシントンの肖像はいつでもあなたを笑顔で出迎えてくれます。

さらにWを押すと、1ドル札の視点へと切り替わります。

針葉樹が生い茂る森、人々に忘れ去られた木製ロッジ、風に揺れる仮設トイレの扉、かわいらしい鳥のさえずり、耳障りな虫の羽音……大自然に囲まれた1ドル札はいったい何を思うのでしょうか。

『One Dollar Simulator』ではそんなあなただけの1ドル札を思う存分愛でることができます。ぜひ風の吹くまま気の向くまま、あるいはジョージ・ワシントンと恋に落ちるまで、思う存分1ドル鑑賞をお楽しみください。

1ドルの謎に挑もう、1ドルで

1ドル札の図柄には数多くの暗号が隠されている、という噂があります。
フリーメイソンのシンボルとしても有名なプロビデンスの目が描かれていたり、13という不吉な数字に関するものがいくつも散りばめられていたり……もちろん都市伝説や陰謀論の域を出ないのですが、貨幣という身近な存在にこうした謎が込められているかと思うと、ちょっぴりわくわくしますよね。

実はこのバーチャル1ドル札にも数々の謎めいた要素が隠されています。

例えばこのラジオ。Mを押すと通常は陽気なカントリーミュージックが流れるのですが、ごくまれに乱数放送(リンカーシャー・ポーチャー)を受信することも。MI6がキプロスから発する暗号通信でしょうか……しかしいったい何のために?

例えばこのトイレ。特定のキーを押すとガスマスクが出現します。さらに特定の操作を行うことで実績が解除されるらしいのですが……これは何を暗示しているのでしょうか?

例えばこの岩に刻まれた記号。こちらはSteam実績とは無関係ですが、謎であることに変わりありません。この踊る人形にも似た記号が指し示す内容とは……?

ネットで少し調べるだけで攻略情報がいくらでも出てくるご時世といえど、これらの謎は未だに解明されていません。実績解除方法こそ判明していても、これらが何を意味し、どういった意図で仕込まれたかという部分は今日まで謎に包まれたままです。
このダ・ヴィンチ・コードならぬワン・ダラー・コードを解き明かすのはあなたかもしれません。

感想

『Surgeon Simulator』や『Goat Simulator』のヒット以降、二匹目のドジョウを狙うがごとく「○○シミュレーター」というタイトルのバカゲーが本当に増えました。
しかしその中でもゲーム的な面白さを備えた良作はほんの一握りだけ。大半はウケ狙いの一発ネタの域を出ない低品質なソフトばかり。娯楽性・芸術性・メッセージ性は乏しいというよりほぼ皆無。中にはゲームという体裁すらなしていないものも少なくありません。

もちろん『One Dollar Simulator』も例外ではありません。笑いとゲーム性を両立させた良質なバカゲーとはほど遠い、「○○シミュレーター」というタイトルだけで笑いを取ろうとしたよくある低品質なソフトのひとつです。

本作でできることといえば、マウスを動かして「1ドル札を見る」か「1ドル札の視点に切り替える」ことぐらい。ラジオをつけたりガスマスクを出現させることはできても、WASDで移動という概念はありません。

『One Dollar Simulator』全実績

やり込み要素として5つの実績が用意されているとはいえ、到達すべき目標や倒すべき敵や収集すべきアイテムといったものはもちろん存在しません。かといって良質なウォーキングシミュレーターのように魅力的な物語や設定の断片が散りばめられているわけでもなく、あるのはただの1ドル札――それも重石によって1/3が隠れた1ドル札のみです。

しかしその1ドル札の鑑賞方法も自由自在にカメラを動かして~というわけにいかず、いくつかの制限があります。

これ以上カメラを下げることもできないし、これ以上拡大することもできない

カメラの可動範囲は1ドル札と重石の間を起点に半球状になっているため、あおり構図で1ドルを見ることは不可能。もちろん重石をどけて1ドル札を裏返すことも無理。おまけに拡大・縮小倍率にも限りがあるため、印刷の細かさを確認することもままなりません。
おそらく1ドル札を鑑賞するためだけにこれを購入するより、100円ショップで虫眼鏡でも買って手元にある紙幣を眺めていた方が有意義な時間を過ごせるのではないでしょうか。

そんな無い無い尽くしの本作は「1ドル」というより「1虚無」という単語の方がしっくりきます。
おそらく購入者の大半は「1ドルを1ドルで買う」という貴重かつ奇妙な体験に満足感を得た後、なんとかしてモニターから1ドル札を取り出そうと躍起になるか、結局それが不可能であることに気付いて「1ドル損した」と虚無感に苛まれることとなるでしょう。

ですがこの『One Dollar Simulator』は、娯楽性・芸術性・メッセージ性のすべてが欠如した「〇〇シミュレーター」を自称するありふれた没個性的な虚無とは大きく異なる点があります。

かく言う私も当初は「50円で1ドルを買う」という錬金術やりたさに本作を購入し、実際に起動して本当に1ドル以上でも以下でもない内容にひとしきり笑っただけでした。
しかし何の変哲もない1ドル札を眺め続けるうちに、あることに気付きました。

1ドルで1ドルを買う。フレンドにこれを贈ってお金配りおじさんの気分を味わう。実績解除のついでに1ドルに隠された秘密を探る。ヘッドホンをつけて環境音に癒される。1ドル札に意識を集中させて瞑想を試みる。しばらくして頭の中に思い浮かんだ思考や感情と真摯に向き合う。あるいはそれらを雑念と受け流し無我の境地を目指す。
こういった本作に関するありとあらゆることが何かしらの“学び”へと繋がることに気付いた途端、この約2GBのデジタル1ドル札が神仏のように神々しく感じられたのです。

そう、『One Dollar Simulator』は単なる1ドル札ではありません。1ドル鑑賞ソフトであり、お金配りおじさんシミュレーターであり、マインドフルネス瞑想アプリであり、ワン・ダラー・コードであり……そして1ドル札です。

もちろん『Mountain』や『Tree Simulator』のように、何かを観察するだけというソフトは他にも多数存在します。
ですが貨幣という人類が生みだした概念を観察することで、その機能や価値を再確認したり、社会や経済といった私たちを取り巻く環境について考えるきっかけになるのは、1ドル札がテーマの『One Dollar Simulator』ならではの特徴であり最大の魅力ではないでしょうか。

今この瞬間を生きるために、今この瞬間を見つめ直す。1ドル札に描かれていたのはそんな禅の精神です。
だからこそ『One Dollar Simulator』は他の粗製乱造された虚無や類似ソフトに無い無限の可能性と知的な輝きを秘めた唯一無二の1ドル札として在るのでしょう。

さて、以上を踏まえたうえでもう一度みなさんへ問います。
あなたの手元にあるその1ドル(100円)……いったい何に使います?

こんな記事に投げ銭なんかするより、いい感じの帽子とか山積みのレンガとか大量のフラフープとか本物のヤギとかを買ったほうがずっと有意義だぞ。