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人気漫画「K2」主人公カップル「也宮」の結婚を阻む作者の倫理観の壁

最近、医療系漫画の「K2」が一時的に全話無料で公開されて評判をとっており、私も読んでしまった。その中で、私の普段の話に引っかかるポイントがあったのでメモ代わりに書いていく。

この作品の第二主人公である黒須一也とヒロインの宮坂のカップルは、作中内でも二人がつっつくのは周囲から当然視され(第380話、第416話)、なんなら親公認でさえある(第385話)。読者にもそれなりに人気があるようだ(通称「也宮」)。

だが、この二人の結婚には低くないハードルがある。作中では「医者は患者のために尽くすべき」という倫理観が通底しているが、医者同士が結婚すると育児のために医業に専念できなくなるという問題があり、作中倫理と齟齬を起こしてしまうためである(後述するがこれは現実でも問題である)。

真船一雄『K2』
(左)第391話 畏敬(後編)
(右)第427話 まなざし(後編)
医者親子の確執が描かれるエピソードが2つあるが、その両方で、父親の医師は「子育ては必要と認識しつつも子育てより仕事を優先した」「患者の命を考えれば仕事を優先した父親の判断は敬意を払うべき」という描かれ方をしている。

作中倫理と齟齬を起こさず二人が結婚する方法としては、結婚するが子無しにするか、医療因習村に籠って子守り役が出てくるくらいしか解決策がないように思える(作中の世界観からすると後者がありそうだが)。

主人公の一族には後継者を育てるという責務が課されており、かつ主人公一族は肉体労働である(特に外科の)医師業に必要なスーパー肉体の遺伝子を持つということもあって、実子を持つことの価値が作中でも高いのだが、作中倫理に従えば、患者に尽くすべき医師と結婚するよりは、主婦をやってくれる他の女とくっついたほうが良いということになり、どう片付けるのか、作者の匙加減を見てみたいところである。

医師としか結婚しない女医の結婚観問題

女性が結婚相手に求めるものでは「尊敬できる」がトップ1~3に入ることが多いが、女性医師も例外ではない。ただ女性医師自身がかなりプレステージが高い職であり、その女性が尊敬できる男性となるとかなり限られる。女性医師の結婚相手についてのアンケートによると、男性医師がぶっちぎりで多く、「会社社長」「弁護士」などがランキングにいたり、あるいは年収で測られる「格」の枠外にいる「外国人」「芸術家」がランクインするなど、結婚相手は比較的誰でもよい男性医師とは大きく異なる様相を見せる。またその結果として、女性医師の生涯未婚率は男性医師に比べ圧倒的に高い。

DtoDコンシェルジュ 女性医師の結婚事情 より

女性医師は一般の男性と比べて年収が高いため、つり合いやステータスを求めて高年収の男性を選定しがちなことも挙げられます。
……医師が多忙を極めるため、そのサポート役として家や子育てを妻が担っている、と見ることができます……夫婦ともに医師としてフルタイムで仕事をされている方も多くいますが、その場合、家事や子育てを外部のヘルプに依頼されている場合も多いようです

DtoDコンシェルジュ 女性医師の結婚事情 より

K2という作品は妙にリアリティラインが高いときがあるのだが、この女医の結婚問題もなぜかリアリティがある。作中の名前付き女性医師を全て列挙すると以下の通りで、確定の既婚者は1名しかいない。

西城KEI:兄の大学の後輩医師を捕まえた(作中唯一の既婚女性医師)。
七瀬恵美:前作主人公と良い仲だったが死別。今作登場時は未婚。
内田和歌子:帝都大学医学部・解剖学教授。家族の詳細は不明。
宮坂詩織、斎藤由貴、青山今日子:主人公2の同期で若く全員未婚だが、帝都大医学部(理Ⅲ)歴代でも特筆して優秀なグループのメンバーというのが曲者。この3人が尊敬できる相手は医師と言えどめったに現れないはずで、悪いこと言わないので7人グループの男が未婚のうちに早く捕まえなさい。

そして嫌な意味でリアリティがあるなと思ってしまったのが安倍川素子である。前作主人公の親友高品龍一が大学を追われ小さな診療所を開業していた時期に看護師と結婚し、その後復活してドイツ留学することになるのだが、同時期に留学して高品の盟友となったのが彼女である。彼女は独身のままであるものの、盟友高品が妻との間に作った子供の育児をサポートする役となる。

真船一雄『K2』第426話 まなざし
真船一雄『K2』第427話 まなざし(後編)

「自分は未婚で子無しだが、仕事上のパートナーである男(既婚)が他の女との間に作った子供の子守り役をやる」というシチュエーションは、壁向いてスープ飲んでるタイプのお姉さまには正直きついのではないかと読みながら思ってしまったくらいで、作者の登場人物に対する「医業に専念しろ」圧の高さに気おされたものである。

余談だが、第一主人公の助手的な立場の看護師の女性は、作中時間的にそろそろ限界に近い年齢っぽいのだが、いかんせんスーパーマンである主人公の側にいすぎて男を見るハードルが上がりまくっていると考えるのが自然で、第一主人公とくっつけるのでなければ生涯未婚のほうがリアリティがありそうな感じですらある。作中時間と実時間をリンクさせているのに作者が色恋沙汰を好きでないっぽいあおりを食っている感じである。

産婦人科のトリレンマ

自分の育児を優先して医師業に専念しなくなる医者の存在は、現実でも問題になりつつある。その顕著な例が、私が「産婦人科のトリレンマ」と呼ぶものである。

  1. 産婦人科では患者が女性医師を希望する

  2. 女性医師は子育てしやすい働き方を希望する

  3. 時間的にきつい産科の救急が縮小を余儀なくされる

この3つの「女性側の要望」は相互に矛盾を引き起こすため、全て満足させることは難しい。「男性医師がサポートしろ」という声もあったが、サポートする男性医師の頭数を確保するために女性医師1人当たりの男性医師数を固定したのが医大の女性差別事件であり、現代では基本的にその方向性は無理だろう。

現実的には女性医師を増やし、男性医師のWLBも確保するため3の方向に向かっており、救急体制をローテーションで維持できる頭数が確保できるようになるまで救急受け入れ可能な病院を統廃合するところが多い。この結果として患者のアクセス性は確実に悪化しているのだが、時流としてはやむを得ない所だろうと思う。

「自分の子供とのふれあいの時間と、他人の子供の命の危機と、どちらを優先するのか」という問いに対して、医療倫理を優先しがちなこの漫画は、なかなか答えを出せなそうな気もするが、ただ主人公1に性別適合手術を行わせるなどリベラルな価値観を持った作者でもあるため、どう捌いて見せるかは見てみたいところでもある。



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