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映像を観るのが苦手な人間が映画『カラオケ行こ!』を9回観に行った話

※映画『カラオケ行こ!』のネタバレを含みます。




映像を観ることが苦手だ。
なんでこんなに苦手なのだろう?と思うほどには。



元々、小学校から高校生まで仮面ライダーとスーパー戦隊のオタクだった。
日曜朝7時30分から8時30分までの「スーパーヒーロータイム」と言われる1時間は毎週テレビの前に齧り付き、録画もして好きな話や作品は見返した。
家族もテレビが好きだったのでテレビを付けっぱなしにしているような家だった。
常に何かしらの番組が流れていた記憶があるし、バラエティやドラマもまあそれなりに好みはあれど毎シーズン何タイトルかは観ていた。

それが二十歳を超えた辺りから途端に出来なくなった。

ドラマはここ数年1タイトルも観ることがなく、仮面ライダーも数話観て毎年断念している。
せめて話題作の映画や昔好きだったバラエティくらいは、とレコーダーに録画されたその数々は一度も再生されていない。
ちなみに最近真面目に観たのは『呪術廻戦』と『おっさんずラブ』で、この5年で観たタイトルは両手で数えられる。

風呂と一緒で、再生してしまえばするっと観られるのかもしれない。が、再生ボタンを押すまでのハードルがとてつもなく高いのだ。


そんな人間が、2024年1月28日、友人と映画『カラオケ行こ!』を観に行った。


この友人、ひょんなことから知り合ったのだが「あなたの本棚と私の本棚、全く一緒ですか?」と疑うレベルで好きな作品が同じだった(そしてこれが出会って数時間で判明するという怖い話)。


私は映像を観るのは苦手だが、本は好きだ。

『カラオケ行こ!』は2021年6月に原作を読んでおり、当時は「絵上手いな~話面白いな~なんかうまく言えないけどすごいな~~~」くらいの気持ちで、一回読んで本棚にきちんとしまい込んだ。
(当時の私へ。数年後に大狂いすることになるのでもっと危機感を持て)

公式のX(Twitter)をフォローしていたので映画化のニュースもリアルタイムで見ていた。
「狂児役は綾野剛で聡実くん役はオーディションなんだ〜機会があったら観に行きたいな」と思ったが、ニュースからそれなりに経つと映画のことはすっかり忘れていた。

映画が公開された辺りのタイミングで投稿を見かけて、そういえば行きたいと思ってたよなあと映画化のことを思い出した。
この友人も当たり前のように『カラオケ行こ!』を履修済みだったため、「じゃあ休みが同じ日に一緒に観に行きましょう」となったのだ。

(ちなみに映画の3週間前に『ファミレス行こ。』の上巻を読み、「ちょっと待って??!?!???!??!!!!?!」と最近で一番デカい声が出た。勘弁してくれ…)


当日、映画館への道が混んでおり、私たちが席に着いた頃には上映開始から約10分が経過していた。
映画館に入ったのは約2年振り、しかも上映中に入場したことに私はかなり緊張して焦った。そのため、前半はあまり映画に集中できずにバクバクと鳴る心臓を静めることに神経を使っていた。


最初に映カ!を観たときの感想は

・原作にこんなシーンあったっけ…?!なかったよな??映オリか??映オリ多くないか???
・聡実くんの『紅』
超良かった
・綾野剛の狂児、めちゃめちゃ狂児
・綾野剛の歌が上手い、
これが歌ヘタ王になる祭林組って全員ボーカルになれるタイプのヤクザ集団?(そんなことなかった)
・狂児のおじいちゃん、作画が漫画のまんますぎる
・大きい声とか音が急に出る
の、ヤクザを感じて怖い、普通に。何回かビクッてなった
・和田
が原作より部活ガチ勢の拗らせがにじみ出てめっちゃ中学生

こんな感じだった。

特に、映画前に原作を読み返さなかったこともあり「こんなシーンあったっけ…?!」のオンパレードが感想の大半を占めていた。

これ、もう一回最初からちゃんと観たいかも…てかなんかうまく言えないけどよかったな…その前に家帰ったら原作読み返そう…と思いながらこの日は帰路に着いた。


それから2週間後、私は再び映画館に来ていた。2回目の『カラオケ行こ!』を観るためである。
この日は9時の上映に間に合わせるために朝5時起き。


2回目を観た結論から言うと、めちゃめちゃ良かった。


・成田狂児(綾野剛)

綾野剛、ビジュアルは全然原作の狂児じゃないのに言動の全てが狂児で脳がバグる。

狂児が聡実くんに話すときに周りの音が静まるシーンがいくつかあるが、あの瞬間に空間が狂児に支配されるような重さと色気が発生して彼のテリトリーに入ったのだと思わされる。
コツ、と鳴る革靴の音がそれをより助長させていて、この音が耳に入るたびに少し身構えるまであった。

漫画では描かれていなかった、聡実くんが歌う『紅』を聴く狂児の姿。
狂児の表情が全部を物語っていてとんでもなかった。

あと脚がめっちゃ長い。

インタビューで綾野剛が話す狂児に対しての解像度が高すぎる、語彙がありすぎる。
なんかまじですごいしか言えなくて己の無力さを噛み締めているし歯がゆいんですがまじですごい。
全然関係ないけど「綾野剛」ってフルネームで呼びたくなりません?
声に出して読みたい日本語。

のちにシナリオブックも買って読んだのだが、アドリブの多さにも驚いた。
そのアドリブのどれをとっても狂児なの、何……???綾野剛って成田狂児なのか……?????
「ハートに刺さった矢抜いて~」と「やっぱ『紅』やな」のアドリブがいっとう好き。


・岡聡実(齋藤潤)

齋藤潤くんはこの作品で初めて拝見したのだが、めちゃめちゃ聡実くんでびっくりした。

表情、特に目で感情を表現する方だと思った。
原作では聡実くんの心の声がストーリーを補完している面が多いのだが、映画は映像だから心の声がない。
けれど潤くんの目の動きや呼吸、身体の動きひとつひとつが聡実くんの気持ちを表していて、実際には聞こえない聡実くんの心の声がきちんとそこにはあった。

狂児が「聡実くんは痛いとこ突くの得意やなあ~」と聡実くんの顔を覗き込むようなシーンがあるのだが、そこでの仰け反り方がすごくリアルで大好き。

また、宇宙人に絡まれるシーンやカラオケ大会に身一つで飛び込んでいくシーンなどの感情が昂るシーンで、纏っているうるみがグッと増して熱を帯びる姿が印象的だった。
映画だから温度が伝わってくるはずはないのに、潤くん演じる聡実くんの体温がこちらまで伝播してくる。

ラストの聡実くんの『紅』の和訳と屋上で名刺を見る場面、爽やかさと儚さと寂しさが混ざり合った空気に触れるたびに胸が詰まった。

聡実くんは真面目で時折毒舌で、感情が爆発した時のエネルギーはすさまじいキャラクター。
私にとっては「静」のイメージがある。
そのノリで公式のインスタやTikTokを見たら、潤くんがあまりにも天真爛漫に笑っていらっしゃって温度差で風邪引くかと思った。
明るくて柔らかな「陽」を持つ、等身大の中学生という印象。
役者さんって凄いな…と思った瞬間だった。


和田、部長にしっかりしてほしくてずっと一生懸命でちょっと拗らせてて良いキャラだった。
こういう子いるいると頷く。
部長のこと尊敬してるのが全身から伝わってきた。
狂児と聡実くんのやりとりだけ見ていると聡実くんが中学生であることを忘れてしまうけれど、合唱部とか和田のシーンで中学生ということを思い出せた。

中川さんの貫禄がすごくて本当に中学生ですか?と疑うレベル。
誰かひとりだけの味方にならないところが素敵だった。
「わーだー」はつい真似したくなる。可愛い。

映画オリジナルキャラクターの栗山くん。
映画の鑑賞中に時折聡実くんの方をちゃんと見て話すシーン、彼らのさっぱりとしているけれど穏やかで確かな友情を感じられて好きだった。

カラオケボックスで行われた聡実くんによるヤクザへの歌のアドバイスは、漫画のテンポ感そのままで笑った。
新藤の歌う『残酷な天使のテーゼ』、大好きです。

最後に狂児が「で、合唱祭はどしたん?」と聡実くんに聞くシーンで、ヤクザの面々が「えっ」という心配の表情を出すところ、何度観ても愛情を感じる。
あと組長いい声すぎる。


これは100000000回言われていると思うのだが、冒頭の『影絵』の歌詞があまりにも狂児と聡実くんでビビった。こんな曲が合唱曲であるんだ…

『影絵』、カラオケボックスでの会話、傘のシーンなど、作中で狂児と聡実くんの関係が〈影と光〉〈天国と地獄〉の対比で表されているところにもグッと来た。
影と光ってお互いがあることによって存在を認識できるものだと思ってるので……あと影と光の話嫌いなオタクいないだろ……(クソデカ主語)

原作にはない聡実くんが狂児を通話でカラオケに誘うシーン、聡実くんが「カラオケ行こ」と発するカットで逆光になって聡実くんのシルエットが浮き彫りになるのがもう…『影絵』の歌詞と相まって情緒がぐちゃぐちゃですわ……

聡実くんが組長からマイクを手渡される
→合唱祭の拍手、「曲名は…」
→「紅だーーーーーーーーーッ!!」
の流れ、本当に美しくて大好きなシーン。
ラストシーンの導入として10000000000点。
これ以上の演出はないと思った。

そして『紅』の『俺が見えないのか すぐそばにいるのに』という歌詞が、狂児のカラオケシーンでは流れず聡実くんの『紅』で初めて歌われるところには「ウワ~~~~~~~~~~~~~~ッッッ……………」と思わず頭を抱えた。とんでもなすぎ……こんな歌詞やったんやな…………


原作を読み返してから2回目に挑んだのだが、出てくるエピソードに映画オリジナルの部分が多く盛り込まれていてびっくりした。
ここまで映オリを入れても原作の空気感と行間そのままに『カラオケ行こ!』を体現出来ているの、何が起こっているのか全く分からん……
映オリの傘のシーンで、シアターから絶対に小さい笑いが起こっていたことが忘れられない。


2回目を観た後、綾野剛モバイルに入会し『ファミレス行こ。』の10話を購読。
そして翌週に3回目のチケットを予約したのだった。
完全なる沼落ちである。


3回目を観ているときに、私は自分の手のひらを強く握りしめていたことに気が付いた。
聡実くんの『紅』だ。
あのシーン、私の心も一緒に燃えるみたいだった。熱くて、今にも走り出したい衝動の渦に飲み込まれた。
そんな気持ちが轟々と湧き上がってくるから、私はぎゅっと手のひらを握りしめていたのだ。

『紅』を絶唱する聡実くんの皮膚の下にはかんかんに燃える真っ赤な血潮が透けて見えて、その命の輝きに自分も中てられた。
映画だから自分がそのストーリーに参加しているわけじゃない、言ってみたら第三者なのにここまで突き動かされるのかと立ち尽くすしかなかった。


映画ではたびたび「愛」についてのシーンがあった。
愛と直接言葉で表す場面もあれば、これが愛かと示唆するような場面もあった。
聡実くんが狂児を想って走り、歌ったこと。
こんなにもまっすぐでぴかぴか眩しくて、なのにどうしようもなく熱くて涙が零れそうになる気持ちを愛以外で何と言おうか?


1回目に観た時の「すっごいふわ~っとした気持ちだけどなんか良いのは分かる」が、3回目には「めちゃめちゃめちゃめちゃ良い」という確信になった。
3回観た中で3回目の余韻が一番長くて、素晴らしい作品なのだと心から思った。同じ作品で回を増すごとに新しい感動を享受できるって早々出来る体験じゃない。


人生の中で言葉に出来ない瞬間がどうしてもある。
それは自分の中にこの感情を形容できるだけの語彙と力がないからなのだけれど、言葉にしてしまうことによって平坦で均一になることをもったいないと思うような。
そういう類の言葉に出来なさがある。
そのくらい大きくて鮮烈な感情をこの映画を観て抱いたのだ。




映画の全国での公開は3月半ばで終わった。

しかし、聡実くんと狂児の誕生日にそれぞれ「岡聡実大生誕祭」「成田狂児大生誕祭」と銘打って復刻上映が行われた。
「青春も延長できたらいいのに。」というこの映画のキャッチコピーが、現実で叶っているのは夢の中にいるみたいだった。
私はご飯を食べているときに復刻上映のニュースを見たのだが、本当にご飯の味がしませんでした。
ちなみに成田狂児大生誕祭の入場特典はポストカードと「聡実タトゥーシール」だった。
この特典がヤバい!2024ノミネート案件である。

延長に延長を重ねた上映期間。
第一弾から始まり最終的に第六弾まで配布された入場特典。
キャラクターの誕生日に全国での復刻上映とそれに合わせた特別映像。
映画で受けた愛を映画で返す姿に感動した。
全員が全員に対して誠意を持っていて、作品に対してもチームに対しても敬意と愛を持ちながらその足で立っている、その身体で動きその心で話しているように感じて、愛以外のなにものでもないわと心の底から思ったのだ。

1月28日から始まり成田狂児大生誕祭まで、最終的に9回映画館に足を運んで映カ!を観た。
自分に一番びっくりしている。
回を増すごとに新しい発見があって、愛おしさは増した。
瞬く間すら惜しかった。
映像を観るのが苦手な私が、こんなにも最後までずっと楽しく見続けられたのはこの作品だからだ。
配信サービスで手軽に映画を観られる時代になったけれど、あの『紅』はきっと映画館の大音量と大きなスクリーンで観たからこそ、こんなにも心が震えたのだと思った。
映画館で観ることが出来て本当に良かった。




映像を観るのが苦手だ。
なんでこんなに苦手なんだろう?と考えたときに、「間(ま)」かもしれないと思った。

キャラクターが話す速度や掛け合いの時間、呼吸、その場の空気の流れが速すぎたり遅すぎたりすると観ているのがしんどくなるのだ。
本だと自分の読むペースや拍を置きたいところで話の速度を決められるが、映像はそうもいかない。
特に原作があるものの実写化に対しては、原作の間の取り方で慣れているので余計にセンサーが反応する気がする。

映画『カラオケ行こ!』に対してはそれが一切なかった。
全ての台詞、呼吸、空気がそこにあるべきものとしてあり、ぴったりとパズルのピースのようにハマっていた。
なにひとつ余計なものも足りていないものもなかった。
いつまでもどこまでも豊か。
観ている間に感じるノイズがひとつもなく、大切に丁寧に作られたのだと感じた。


映カ!の公開が終了してから人生で初めて配信サービスに登録し、『アンナチュラル』『MIU404』を観た。
自分の住んでいる県内では上映がなかったので、他県に足を延ばして『瞼の転校生』を観に行った。
このnoteを書いている今も、映カ!をBGMにしている。今3周目。
「カラオケ行この映画、配信で観た。めっちゃ良かった」と数人の友人が伝えてくれて胸があたたかくなった。
「デッデッデッデッデッデッデッデッ」というサントラと『紅』は、あの日からずっと私の頭の中で鳴り続けている。

映像を観ること、少しだけ前よりもハードルが下がったかもしれない。


私にとって映画『カラオケ行こ!』に出会えたことは間違いなく光だった。
この先生きていく中で、私はこの作品を心の底からぎゅっと抱きしめて生きていく、そんな風に思います。



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