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歌詞_光と祈
言葉は要らない
気の利いた言葉を吐こうとして
文字数が増えても
何も比例しない
ただ静かに目を閉じて
何かを感じたから
いくつもの祈が生まれては果たされず散ってきたのだろう
億回の日の出を繰り返し様々な感慨を生じさせてきただろう
神はいるのか仏はいるのか
救いはあるのか闇さえ欲しい
それを軽んじる事はとても今風でそして手頃かつ手堅く思え
それを信じてる者はなにか排他的そして押し付けがましく思え
右往左往する間にくたばっていくのだろうか
信じようと信じまいと事実はきっと変わらない
不可知論者は辺獄送りですか
土地によって変わる概念
守らせたいルールの為の権威付け等
一方遠く離れている国々で
共通項が多々見いだせる事例もあり
なんて
小難しい風のことはどうでもいいの
ただ静かに目を閉じて
何かを感じればいい
あなただけの存在であってもいい
形も声も実証も要らない
信じる必要もないのかもしれない
悪魔と同じで不在は証明できない
それがなくとも祈りは現に存在し
超自然的な力なんてなくても
想う心思わせる概念は実在している
ただ静かに目を閉じて
何かを感じればいい
窓の形の光に乗ってあなたのことを祈る
黒い湿った岩を浴びてわたしはまた赤くなる
宗教が必須ではないほどには多くのことは解明されているという
それが面白いか楽しいかは兎も角全くないとする考え方は現実的とされた
確実なことを並べ立てて一体どうしようというのか
音に載せられもしない言葉を綴ってどうしようというのか
”全てのことには意味はありませんなんなら生きてる意味もありません
でも生きますそれもまた自由である筈でしょう”
なんて
気怠い風のことはどうでもいいの
ただ静かに目を閉じて
何かを感じればいい
わたしだけの存在であってもいい
真も偽も正否も要らない
好悪善し悪しも必要ないかもしれない
世界と同じで多様な嚶鳴飛び交い
結論がなくとも祈りは現に存在し
スピリチュアルなんて嗤っても
揺れる心疑わせる枠組みは実在している
ただ静かに目を閉じて
何かを感じればいい
瞼の黒の中にも
光を見出すことはできるが
それは答えではない
答えを求める
判断しようとする
その自動的な思考を
持っているなと知り認めると
やはり
言葉は要らない
気の利いた言葉を書こうとして
文字数ファイル数が増えても
何も比例しない
ただ静かに目を閉じて
何かを感じればいい
ただ静かに目を閉じて
何かを感じればいい
ただ静かに目を閉じて
何かを感じればいい
いい?
それも判断
言葉は要らない?
それも判断
ただ静かに目を閉じて
何かを感じた
それだけだ
ただそれだけだ
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