【第二回】デジタル社会への希望を込めて。電磁戦隊メガレンジャーのEDより #IT化 #SDGs
①はじめに
「デジタルは人を幸せにするものだ」|きっとそんな希望が込められていたはず。
前回記事では、SDGs目標における女性の社会進出の社会課題について関連するティガについて執筆しました。
「ネット上の誹謗中傷やいじめ」ばかりが取りだたされる現代ネット社会。
インターネットという存在自体を当時の子供達に意識させた(かもしれない)「電磁戦隊メガレンジャー」について今回は考えていることを執筆します。
主にメガレンジャーのEDテーマ楽曲「気のせいかな」を後半で主軸に置きます。
②電磁戦隊メガレンジャーとは
1997年放送。大きな特徴として、1995年ごろから一般的に急速に普及が進んだインターネットやデジタル携帯電話、パーソナルコンピュータ、衛星放送など、いわゆる「デジタル」な要素が多く取り入れられた。卒業を1年後に控えた"等身大の"高校生5人組がドラマの主軸となり敵と戦う特撮ヒーローである(Wikipediaより抜粋ならびに編集)
「デジタル」×「高校生」を全面に押し出していた作品でした。当時の実際の高校生は携帯電話より前のPHSやポケベルが主流でしたでしょうから、設定自体は先見の明があったように思えます。
またチームの1人、メガレッドがゲーム好きというのも当時としては珍しいです。eスポーツの社会的位置付けが変わった2021年現在と違い、ゲームに否定的な社会だったでしょうから。
③EDテーマ楽曲「気のせいかな」から感じる未来への『デジタル化への希望』
まず感じて、考えてみたい。デジタル化が進んだ社会で私たちはより幸せになれているのか。
この楽曲で強く感じられるのは「デジタルが友情から生まれる他者への優しさを補助するツールになっている」
是非歌詞を読みながら、聞いていただけたら幸いです。
https://open.spotify.com/track/14xXGAc60SskxNRyFyGAjO?si=V_A535_aS76Pb50_eo403g
90年代と比べ、デジタル化が大きく進んだ21世紀の現代。当時のデジタルへの希望は「人とのつながり」が多くの人を救う。そこに着目していたのではないかと考察しています。
しかし、実際にデジタルで人が救われる事例というのはとても少なく感じられてしまう。もしかしたらTVメディアから流れてくるのが、「誹謗中傷」や「イジメ」「ネット犯罪」「お金儲けのために利用されている」「援助交際」等といった悪いイメージが植え付けられていて、「ネット上での救済」が不可視化されている可能性がある。
昨今において、「ネット上での心の救済」でメディアに取り上げられるのは、「オンライン飲み会」や「どうぶつの森」だろう。他にももっとあるはずだ。
デジタル化を効率化だけの観点で捉えるのではなく、
「ゆるやかでgoodなつながり」で人を救うという可能性で捉えて、うまく利用したい。
大事なのは、不可視化されている(もしくは無意識に不可視化してしまっている)可能性を見つめ直して、希望を捨てないことだ。
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