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カナエちゃんのこと②(交換ノートとユナちゃん)

カナエちゃんについて二つ目。

前回も書いた通り、カナエちゃんは社長令嬢でお金持ちの家の一人っ子の小中の同級生だ。

カナエちゃんとは小学二年生のとき、仲良しグループだった。小学二年生なので、「グループ」もわりと希薄な感じだと思う。それなのに仲良しグループであったと思うのは、カナエちゃん含めた数人と交換ノートをしていたからである。

まりもこちゃんの交換ノートだ。なぜかそんなことまで覚えている。というのは、その交換ノートが小学五年生の時に発掘されたこともあってだ。

交換ノート。ファンシー文具屋さんで、専用のノートが何種類も売っていた。わたしと同世代の女性ならわかるだろうが、ただ日記を書くだけでなくて、テーマが決められたコーナーがあるのだ。「質問コーナー」「○○BEST3」「ここだけの秘密」。自分の番が回ってくるごとに、このコーナーを埋める新しい話題を出さなければいけない。わたしは、「ここだけの秘密」に、「ユナちゃんは○○くんのことが好きなんだって!意外!」と書いていた。

ユナちゃんとは家が近くて、同じクラスでその当時わりと仲良くしていた子だ。カナエちゃんとの交換ノートのグループにはいなかった。ユナちゃんは明るくて気が強くて、悪く言えば自分勝手な感じだけど、いっしょにいると元気で楽しい。今思えばわたしとは全然性格の合わない子だった。

わたしはわりと交換ノートが好きだったんだと思う。コーナーにはきちんと埋めて答えないと!という義務感と、そっちのほうが楽しい交換ノートになるだろうという気持ちで、たぶん誰よりもしっかり楽しく書いていたんじゃないだろうか。適当に埋めたり、空欄のまま回された読み応えのない内容が回されるとがっかりして、そうならないように自分は書かないと!と思っていたと思う。

だからわたしはユナちゃんの秘密を書いてしまった。

というか、やっぱり大した秘密じゃないと思ってた。想像力や思いやりが人一倍あるような気がしてるわたしなのだが、「わたしに話したことはみんなに話してること、つまり誰にでも話していいこと」と思ってしまう節があるのだ(20歳くらいのときの失敗でやっとちゃんと自覚できたと思う)。

ユナちゃんはわたしと、もうひとりの仲良しハルカちゃんをひきつれて、○○くんのところへバレンタインチョコを渡しに行った。放課後、○○くんの家まで行って、インターホンを押して、渡した。渡したときのことはあまり覚えていない。ただ、渡し終えてしばらくしてから、部屋の窓から顔を出した○○くんが「チョコおいしかったよー」と言っていたのを覚えている(そのときは習い事か何かでいなくて、親に預けたのだったんだろうか?)。

ユナちゃんが○○くんを好きだと知ってるのは、わたし、ハルカちゃん、○○くん。当事者の他に3人も知っていること。でも「秘密ね!」とユナちゃんは言っていた。うん、これはとってもすてきな「ここだけの話」ですね。しかも、女の子が大好きな恋の話。そのときわたしには好きな男の子はいなかった。「ユナちゃんは○○くんが好きなんだって!意外!」

しかし徐々に、交換ノートで悪口を書いたりして、トラブルの元になるから、という理由で先生たちからやんわりと禁止され始め、だんだんと交換ノートブームは終わっていった。そのノートも、最後までいったんだろうか?覚えていない。

それが、小学五年生のとき、発掘されたのだ。カナエちゃんが持っていたのだ。

わたしとカナエちゃんとユナちゃんは、そのとき同じクラスだった。わたしが教室に入ると、なにやら女の子数人がワイワイしていた。「昔の交換ノートだって!」「えっ!『ユナちゃんは○○くんが好きなんだって!意外!』だって!!」

時を超えて、わたしが秘密をバラしていたことが、本人にバレたのだ。

「ちょっと〜!ナル〜!秘密って言ったのにバラしてるじゃん!サイテー!」

笑いながらユナちゃんに言われた。カナエちゃんも、みんなも笑っている。わたしも笑いながら、「あはは、ごめん」と返した。だけど、確かに書いたかもしれないそのことを思い出して、激しく後悔していた。

秘密をバラしていたことが本人にバレた。なんでそんなこと書いてしまったんだろう?たかが交換ノートに、他人の本当の秘密を書くことなんてなかったじゃないか。つまらなくても自分のどうでもいいことをかけばよかった。嘘でも、空欄でもよかった。バカ正直に本当のことを書く奴があるか?

「サイテー!」

最低な人間のわたしを嘲笑っている。数人で集まって、一人でいるわたしを責めている。最低なわたしを晒し者にしている。

でもそもそも、それってそんなに大事な秘密なのか?わたし含めて数人知ってたことだし。だいたい、小学二年生なんて大昔のこと。小さい頃のこと。そんなときの好きな人なんて、どうでもいいことじゃないか。それなのに、なんでこんなにこの人たちはわたしを責めるんだ?カナエちゃんは、なんでこれを持ってきたんだ?だいたい交換ノートは、グループ以外の子には門外不出がルールじゃないか。だからわたしは書いたんじゃないか。グループの子を信頼しているからこそ、書いたんじゃないか。

いやでも、たしかに、秘密を書いたのはわたしだ。わたしが悪いのだ。わたしが、たしかにサイテーなのだ。ああ、わたしは真面目にやってたつもりだったが、やんちゃで勉強ができないユナちゃんより、サイテーなのは、たしかにわたしだったんだ。

わたしは、笑うことができずに、泣いた。堪えようとして、できず号泣した。

先生が来て、わたしがなぜ泣いているのか、と誰かに聞いた。ことが説明された。「だから交換ノートは禁止って言ってるのに」わたしもそう思った。交換ノートは、ケンカのもとなのだ。

わたしが号泣したせいで、ケンカのようになったこの事件は、どうやって収めたんだったろう。仲裁に入った先生は、「交換ノートを持ってきたカナエちゃんが悪い」と言っていたら気がする。お金持ちで勉強もできて優等生のカナエちゃん。そんなカナエちゃんが悪いとは思えなかった。わたしはユナちゃんに「サイテー」と言われたことがショックだったのだ。わたしも頭が良くて優等生だったから。そして、自分が最低なことをしていたことは事実だと思ったから。だからわたしは泣いたのだ。

だからユナちゃんが悪いんじゃない。小学二年生のわたしが悪いのだ。だからわたしはユナちゃんに号泣しながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝ったと思う。それを見てユナちゃんはひいていたと思う。ただ数人で昔の思い出を話題に笑っていただけなのに。わたしは「サイテー」の一言で、心底傷つく人間なのだ。

大人になって思えば、たしかに悪いのはカナエちゃんだったと思う。でも、わたしもカナエちゃんも真面目で他人にきつい言葉を言わないところが同じだったから、わたしたちは大の仲良しではなかったけど、その後もそれなりに仲良しだったんだと思う。

小学五年生後期、児童会の副会長(カナエちゃん)、書記(わたし)として、仲良く『六年生を送る会』に向けて準備をした思い出があるから。


○○くんだけ○○くんなのは、秘密はバラしてはいけないからだ。


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