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ユナちゃんのこと -のび太の気持ちがわかるか?

小学生の時、近くに住むユナちゃんと仲良くしていた。ユナちゃんは元気で明るくておもしろい女の子だ。グイグイ友達と仲良くするタイプで、いっしょにいると楽しい子だった。

だけど今思えば、わたしとユナちゃんは、ジャイアンとのび太みたいな関係性であったのかもしれない。数年前に母親が言ったことを発端に十何年越しにやっと気づいたことであった。


先生の鼻毛

わたしは小学生のとき、中学受験をしようと小学三年生から受験用の塾に通っていた。小学校のテストはほぼ満点で、三段階評価ならほぼ◎の成績で学校の授業を難しいと思うことはなかったし、小学三年生用の塾の時間割は、隔週国算の二時間で、どちらかといえば楽しく通っていたと思う。だが、小学四年生になると、毎週国算理社の四科目になる。クラス分けテストでうっかりいい成績をとり、いちばん難しいクラスに入ってしまってから徐々に勉強が大変になっていた。授業は毎回まずテストを受けて、終わった後その問題を使いながらその章の解説をしていく形式だった。毎日学校から帰って学校の宿題をして、晩ご飯を食べたらその週の課題を母親といっしょに勉強した。ものすごく長い時間勉強していた気がしていたが、今思えば毎日2,3時間しかしていなかったと思う。それでもわたしは精一杯だった。

そして五年生になったときにもギリギリの成績でいちばん上のクラスに入ってしまったわたしは、苦手な算数で2週連続0点をとってしまった。毎回テストの最初の問題は、基本の難しくない問題が用意されているのだが、それすらも計算ミスで間違えてしまっていた。わたしは週3でそろばん教室にも通っていたのに。

連続で0点をとった後、直で話したことなどない算数の先生のおじさんに、「このあと先生のデスクまで来い」と呼び出された。そして、「たまにはそんなときもあるから、めげずに勉強がんばれ、毎日がんばってるんだろう?」と励まされた。

わたしはその状況が少し不思議だった。厳しいが、笑いを交えて授業をするフランクな先生で、活発な子とはコミュニケーションを取っていたりして、それをわたしはそれまでは黙って見ているだけだった。こんなに大人しい生徒に、ほぼ喋ったこともないのに、たかが塾の先生なのに、こんなふうに励ましてくれるだなんて、いい先生だなあと思っていた。そんなふうにいつのまにか俯瞰していた。とてもありがたいけれど、わたしは先生が思ってるよりがんばれてるとは言えないし、だってそんな夜中まで起きて勉強したりできてないし、どんなにがんばってもすぐ計算ミスるし。ダメなんです。理科だって難しいし。そして先生、鼻毛が出ていますね。髪の毛といっしょで白髪まじりの鼻毛が。ああ、二本ぐらい出ています。真面目に話してくれてるのに。鼻毛が。ああ、こんなに真面目に励ましてくれてるのに、わたしは鼻毛が出てるなんてことを考えてしまっているのです。先生、ごめんなさい。ありがとう。

わたしはいろんな感情が混じって、泣いた。

「ママといっしょに働きたいでしょ?」

そして、その後のクラス分けも兼ねた模試のようなテストでは、結局クラスを下げることになってしまったのだ。そうなったほうがほっとするだろうと思っていたが、やはり落第したようなショックを感じた。もともと塾のクラスに馴染めていないこともあって、さらに下のクラスに行ったとわかったら知らないところでバカにされるのかもしれないと思ったし、新しいクラスにも馴染めないだろうと思い、わたしはそれをきっかけに塾を辞めたいと母に言った。

もともと、中学受験しようと言い出したのは母で、それは「お医者さんになったらママとずっといっしょに働けるよ、いいでしょ?」という誘い文句からだった。母は看護師として働いていて、医者になれば同じ職場で働ける、ということであった。わたしはママとずっといっしょにいたいと思うかわいい子どもだった。「うん、いっしょに働きたい!お医者さんになる!」

母はもちろん、医者になれば高給で安泰だから、そういった職について欲しいと思っていたのだと思う。医者でなくとも、医者になれるような学力は無駄にはならないだろう。だが小学二年生のわたしは、本当に心から、母親とずっといっしょに楽しくいたいから医者になろうと思っていたのだ。それは本当に、塾を辞めるまで思っていたことだと思う。大人になった今では、あまり想像できないと思う。でも子どもの頃は、こんなに純粋に親といっしょにいることがうれしくていちばんだったのだ。今考えたら、絶対医者になんて向いてないのに。ほんとは漫画家やファッションデザイナーになりたいと思っていて、学校の休み時間はずっと自由帳に絵を描いていたのに。でもそれは子どもには矛盾なく両立することだった。「大人になったら、何になる?」というのは本当に子どもにとっては「夢」のようなことなのだ。

「友達ともあんまりうまくいってないんじゃないかと思って」

そう、わたしはあの頃母は、向いてもいないのに、勉強をさせて高給な医者にさせようとしていたのだと思っていた。本当は一個上のお兄ちゃんのほうが理系の頭だったし、成績もお兄ちゃんのほうがもう少しいいことが徐々にわかって、わたしは「母は投資する人材を見誤ったな」と思っていた。わたしじゃなくてお兄ちゃんを塾に通わせていたら、今頃ほんとに医者になれてたかもしれないのに、と思っていた。

わたしが「塾を辞めたい」と言ったとき、母は一言目から「辞めようか」と言ったと思う。たぶんそれまで辞めたいとはっきり言ったことはなかった。だから、「なんで?」とか「もうちょっとがんばらない?」とか言われるかな、とうっすら思っていたと思う。けれど、すんなりと塾を辞めることになり、そのクラス分けのテスト後、わたしは一度も塾に行かなかった。少しして、「あのときほんとに、鬱みたいに見えたから」と母は言っていた。自分ではそこまでの状態になっているとは思っていなかったけれど、そう思われるぐらいに疲れていたのか、思っていた。「母がわたしを医者にしたいばかりに始めさせたことだから、責任を感じていたのかなあ」と、思っていた。「だけど母も塾の手配とか、送り迎えとか、勉強だっていっしょにやっていたのに、悪いことをしたなあ」と思っていた。

それが数年前、何かの話の流れで母が小さく言った言葉で覆った。「友達ともあんまりうまくいってないみたいだったし、学校でも浮いてるっぽかったからさ。勉強ができる子たちの行く学校に通えば友達とも合うかもしれないし、いいんじゃないかと思って」みたいな内容だった。

わたしはそのとき初めて、小学生低学年の頃から友達とうまくいかず浮いていたかもしれないことを知らされたのだった。公立の中学校は、ほとんど小学校からの持ち上がりで、そのまま行けば9年間同じ人間と付き合っていかなければならない。小学生のうちからうまくいってないと思った母は、もっと娘にとってうまくいく場があるのではないかと思っていたのだ。話しているときには衝撃すぎて、すぐ反応できなかったくらいだ。

わたしは何年も、母はただわたしが勉強がちょっとできたから医者にするか、と思っていただけだと思っていた。

そして何より、「わたしって小学校低学年の頃から浮いてたの!?」という衝撃だ。わたしは小学五年生のとき、クラスの中で誰も仲良しがいなくて、果ては去年までは仲良くしていたはずの子にめちゃくちゃ嫌われていたことはしっかり自覚していた。だがそれは、塾に行っていたせいで頭が良くなりすぎてしまったり(勉強ができるのはもちろんだが、なんとなく他の面でも他人より成熟していたような気がした。それは勉強で他の子より頭を使っていたからではないか…と思っていた)、母の言う通り気が病んでいたせいだと思っていた。「塾に通う前から、わたしはおかしかったのか!?」とびっくりした。

ミカンを食べに行こう

小学二年生のとき、ユナちゃんとハルカちゃんと仲良くしていた。ユナちゃんは前述した通り元気、ハルカちゃんも元気な子だが、家が少し離れていて、わたしはどちらかといえばユナちゃんとのほうが仲良しであまり「どんな子」とも言えない。見た目で言うなら細身で出っ歯だった。ハルカちゃんと二人で遊ぶということはなかった気がする。

二人から放課後遊ぼうと誘われたら、たまに遊んでいた。たまに、というのは、わたしは小学一年生の頃から、放課後に友達と遊ぶのがあまり好きでなかったからだ。これは、別にその子たちが嫌いだからというわけではない。ただ学校でも遊んで、その後もなんて何するんだ?と思っていただけだと思う。それよりもお兄ちゃんと遊んだり、テレビを見たり漫画を読んだり、お兄ちゃんの友達に混じって遊ぶほうが好きだった。毎日遊ぼうと誘ってくる友達を、どう断ろうか悩んでいた(そろばんが平日週3日だったことは救いだった。こういうところが親に友達とうまくいっていないと思わせていた一因かもしれない)。わたしが断っても、ユナちゃんとハルカちゃんは二人だけでよく遊んでいたと思う。

ある日、ユナちゃんとハルカちゃんに遊ぼうと誘われた。

「あそこに、ミカン畑があるじゃん?あそこ、ハルカの親戚の畑だから、好きなだけ食べていいんだって!いっしょに行こう!」

「え?ほんとに?」と思った。そんなことは初耳だった。だけど、ほんとだってほんとだって、と言われればそれ以上疑うこともできず、わたしはのこのことその日ついて行った。そして、

「でも、もし通りすがりの人に食べてるところが見つかったら、ただ盗んでるって思われるといけないから、人が来たら隠れなきゃだめだよ!」

たしかに、そうかもしれない。少し不思議に思ったが、もうここまで来てしまったし。わたしたちは、ミカンをもぎって、食べた。そして、たまーに人が通るときにはかくれんぼのようにミカンの木の後ろに隠れて、人が去るのを見てウシシと笑った。わたしたちは、お腹いっぱいになるまでミカンを食べた。ユナちゃんとハルカちゃんといると、こういった少しスリリングな遊びもできるのだ。

帰って、今日遊んだことをおばあちゃんやお母さんに話した。

「それって、ほんとにハルカちゃんの親戚の畑なの?」

やはりそう聞かれた。わたしも、

「うん……わかんないけど、ハルカちゃんはそう言ってた」

わたしもそう言うしかできないし、わたしたちの家族は数年前にここに引っ越してきた人間だったので、それなりのご近所付き合いはあるにせよ、その土地にあまり詳しくなかった。だからことの真相は、今でもわからない。ただ、「人に見つからないようにしないといけない」というのは、どうにも怪しい。本当なら、通りすがりの人に何を言われようと「うちの親戚の畑です」と胸を張って言っても問題ないだろう。母親は、当時のわたしよりも怪しいと思っていただろう。

けれど、その日はやや疑問を残しつつも、わたしにとってはわりと楽しい日ではあった。というのは、わたしにとって楽しくない日もあったのだ。なんやかんやでわたしはそういった押しの強い二人に嫌なことをされる日もあったのだ。その内容がどんなものだったかはあまり覚えていないが。二人だけが楽しそうにして、わたしだけが楽しくなくなる、ということがあったんだと思う。そういったことが続いて、わたしは泣いて家に帰り、「もうユナちゃんたちと遊ばない!」と言った日があったんだと思う。

一度、ユナちゃんとハルカちゃんが家の前まで来て、「ごめんね。これからもいっしょに遊ぼう」と言った日があったのをかすかに覚えている。そこまで言われて、小学二年生で本当に絶交なんてできない。わたしたちは、クラス替えまでケンカしたり仲直りしたりを繰り返していたんだと思う。そしてそのケンカはいつも一方的で、「ユナちゃんたちが何かわたしに嫌なことをして、わたしに謝って、わたしが許す」というものだった。

お母さんは、ユナちゃんたちとわたしの関係を見て、「こりゃいかん」と思い至ったのではないかと思った。小学三年生より前の時期で、「友達とうまくいってなかった」だなんて、これのことじゃん、とわたしは十数年越しに思い至った。

わたしは当時は、「やなこともあるけど、なんだかんだ仲良くしてしまうユナちゃんたち」と思っていたので、そこまで深刻に捉えていなかったのだ。何より小さい頃のわたしは寝て起きたら昨日のことは忘れているタイプだったから(高校生あたりからそうできなくなって驚いた)。だから気づいていなかったのだが、わたしたちの関係は、もしかして、ジャイアン(ユナちゃん)とスネオ(ハルカちゃん)とのび太(わたし)だったのではないか。


のび太の気持ちがわかる人はいるか?

わたしはずっと不思議だったし、今でも不思議に思っている人はたくさんいると思う。「のび太って、いっつもジャイアンたちにいじめられてるのに、なんで仲良くしてんの?」と。

その謎が、ユナちゃんたちのことを思い出して、わたしには解けたのだ。きっとのび太もこうだったんだね、と。

ジャイアンとスネオは、嫌なときもあるけど、基本明るく楽しい人間なのだ。押しが強くても、「野球しようぜ!」「空き地に集合な!」と楽しそうな提案をしてくれるのだ。そう言われれば「楽しいかも」とひょいひょい行ってしまうのだ。昨日やな思いをしたことを忘れて。「今日は楽しいかも」と出かけてしまうのだ。子どもは昨日のやなことは忘れて、今日を楽観的に生きることが大人よりは得意かもしれない。大人はこういった子ども時代からの経験を積み重ねて楽観に耐えられなくなる。そして、その期待は子どもにとっても例外なくやはり裏切られ、泣いて帰る羽目になるのだ。

だけど、たまにはのび太もジャイアンたちと楽しく過ごして帰ってくる日もあるんだろう。フライが上がってうまくキャッチできた日には、笑顔で褒めてくれるんだろう、ジャイアンは。そんな日もあるから、ジャイアンたちとつるむことがやめられないんだろう、のび太。

なんとなくDV味も感じられてきて、これはもっと深い問題があるような気もするが、わたしの体験から言えることは以上だ。

はからずしも、ユナちゃんはちょっとポッチャリで、ハルカちゃんは細身の出っ歯で、見た目までジャイアンとスネオのようだったな、と思ってしまったのは、二人に少し申し訳ないと思っている。

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絶対幸せになれる
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オンラインポエマーで、オフラインでは演劇をやったりアルバイトをしたりしていました。最近は主にキムチを食べています。

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