ぼっちこわくない②

①の続き。

そんな感じで、給食を食べるとき誰と食べるか悩むこともないし、修学旅行の班分けは、他のクラスも合同だから、小学生のときからの仲良しの子と組めばよかったし、学校生活になんの問題もなかった。

中学は、わたしの通ってた小学校は全員プラス隣の小学校から少し、という割合で構成されていたから、ほぼほぼみんな小さい頃からの付き合いで、小学生の頃何度か放課後も遊んでいた子たちもいた。だから、グループに属さなくても全く仲良くないわけじゃないという自信がわたしにはあった。同じようにグループだとちょっと気を使うのかなぁという子が、時々わたしと休み時間を過ごしに来た。それくらいでわたしは本当にちょうどいいと思っていた。

何より、中学のみんなは本当にいい人が多かったんだと思う。そりゃ仲には「性格悪いな…」と思うような子もいたけど、それよりもいい人の割合が高いからなのか、全体的なムードが本当にいい学年だったと思う。

たぶん、よそだったら、ちょっといじめられちゃうかもなあ、という女の子がいた。太っていて、ちょっと暗くて、人とのコミュニケーションが苦手そうな子。でもそういう子がひとりでポツンとしていると、気づいた子が「ちょっとA子〜!」と明るく絡みに行ってあげるのだ。だから本当に、いじめらしいいじめはなくて、みんながみんなを認め合っていたんだと思う。

小学生のときからいっしょの男の子で、たぶん少しだけ知的障害があるけど、ギリギリ同じ教室に通えるかなあ、というような子がいた。小学生のときはよく自分勝手な行動をしたり、癇癪を起こしたり、鼻くそをほじっては机の裏につけまくったりしていたので、よく男子でケンカも起こっていたが、徐々に「あいつはそういう奴だから」とみんな気づき始めた。だからといって冷たく突き放すんじゃなくて、ある程度みんなで楽しいところまでは盛り上がって、その子が変な行動を起こしたときもみんなでまあまあと収めるようになっていったのだ。

そんな学校だったから、わたしは仲良しグループに参加できなくてもまったく平気だった。おんなじように、ナルはそういう子だよね、と思ってくれてるという自信があった。

当時も、「みんな優しいし賢いなあ」と思っていたけど、今はもしこの学校・学年じゃなかったらと思うとゾッとすることがある。

ただ、卒業するときに同じクラスの子たちと離れることが別にそんなに悲しくなかったことだけはちょっと寂しかった。卒業式で涙する子たちを見て、なんだかうらやましいなあと思った。家も近い、別のクラスの仲良しの子といっしょに帰ったと思う。

だから、高校三年生になって「ヤバイ、このクラス、ほんとに仲良くなれそうな子が全然いない!」と思ったときは、「最後だし仲良しグループにいたほうが楽しいかも!」と思ってちょっとがんばってグループをやったりした。高校時代も一度も遊びに行かなかったあの子は、あのときわたしのことをどう思っていたんだろう。

そんなわけで、中学三年生で、クラスでぼっちなのは全然辛くなくてむしろ楽しくないグループにいるほうが嫌!と思うように至るわけなのであった。だから、「クラスでひとりなのが不安!」とか、それに対して「ひとりでも大丈夫!」というアドバイスだとかが、いまいちピンとこないのだ。わたしはとても幸運だったと思う。

ぼっちになることで、いちばん嫌なのは白い目で見られること、いじめられるのではという不安があることだろう。そうならないであろうということが、周りの人たちの成熟度、そしてそれにもよるわたしのなぜか確固たる自信。その両方がなければ、「ぼっちでも大丈夫!」とは、軽々しく言えない。がんばってグループにいるのは、辛いこともあるが、それよりは辛くならないための防御だ。だから、もしそういう不安があるけど、なんとなく違和感を感じてる子は、今は耐えて欲しい。次のクラス替えを希望に、違うところで楽しいグループを見つけて欲しい。たぶんわたしたちはマイノリティだから、なかなか見つけられないかもしれないけど、今はネットも普及しきってるし。

いちばん辛くないところで、ラクしてたのしく生きようね。



余談

わたしは小学生時代に学級委員や児童会をやってたりしたので、その流れでしっかりしてるという印象があった事・真面目な性格が抜けなかったこと・それゆえ男子を名字にくん付けでしか呼ばないこと(他の女子は全員名字呼び捨て)・ぼっちだったし本とか読んでたことでわたしだけ「名字にさん付け」で呼ばれるというポジションを手にしていた。別に美人なわけではないが、その印象ゆえに男子から高嶺の花的ポジションに見られてたのではないかと勝手に思っている。だからこそその変も自信は揺らがなかった。ちなみに、別に告白されたこととかはない。勘違いだったカナ…??



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