見出し画像

さようなら、もう帰らぬ私のすべてよ

春風が吹き 期待と不安に溢れた顔の若人が行き交う季節が来た
わたしはそれをただ一人見送っていた

少し昔は彼らと同じような道を歩いていた
着慣れない服と緊張気味の表情でね

月並みだけどまるで昨日のことのようだ
今はもう何も見えない 何もかもが失われて ただ佇んでいることしか出来ない

あの時に戻れるものなら戻りたいと願った
しかし同時に何度やり直してもわたしにはもう無理だと思った


共に生き 共に戦った仲間たち みんな先へと行ってしまったよ
わたしだけがまだいつものたまり場に留まってアルバム開いてるよ
そろそろ出ていかないと新しい誰かの邪魔になるよ

あの日 漫画が散らかった狭い下宿で交わした何気ない会話忘れないよ 一生の思い出だよ
下らない事で満たされていて嫌になるときもあったけど
それこそが大事な事よりも本当は大事だったって今になってわかったよ

喧嘩したことすらいとおしい
あの頃はまだ知らなかった 喧嘩する相手がいるだけ有り難いということに
分かち合わないと同じ茶色のコートを着ていても震えるんだよ
缶コーヒー飲んでも吐く息が白いよ あの壊れかけの安っぽいストーブの赤い熱が恋しかったよ

でもありがとう あの写真の中の日々だけが心の支えだよもう
一緒に観た映画見返してるよ あの日気づけなかった優しさに今更気づいてるよ
ごめん 誰も恨んでないよ応援してるよただ寂しいだけ


「やり残したことがある」そう言って走り出したあの日のわたしは
あるはずのない希望にすがっていた

取り戻そうとしていた
全力を尽くせばタイムマシンにだって乗れると信じていた

それはまるで過激なカルト宗教にすがりつくようだったよね

心のどこかでわかっていたのかもしれない
でもどうしても認められなかったんだ

傷つけてしまってごめん すがってしまってごめん
息も出来ずにただ溺れていたんだ
せめて残された日々を大切に過ごすべきだったよね

やり直せるものならやり直したいけど無理だよねうんわかってる
もう別々の場所で別々の日々が続いてるんだもんね

今はもう目に映る景色の全てがわたしを傷つける

過去に憧れ思いを馳せ
すがればすがるほど棘は深く刺さり赤い血が流れていく

それもそのはず 時はどうあがいても戻らない
そのひずみが押せば押すほど強く返ってくるんだ


目の前には

嫌になるくらい平和で雲一つない空が広がり

世界は微動だにせず流れていく

どこかへと向かうにぎやかな若人の群れ

行き場のないわたし

空っぽのまま答えを出せずに

ただそれを眺めていた


ただ一人見送っていた

頂いたサポートは無駄遣いします。 修学旅行先で買って、以後ほこりをかぶっている木刀くらいのものに使いたい。でもその木刀を3年くらい経ってから夜の公園で素振りしてみたい。そしたらまた詩が生まれそうだ。 ツイッター → https://twitter.com/sdw_konoha