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「想いが叶う」優しい社会とは

はじめまして、たか(Takayoshi)と申します。ソーシャルデザインパートナーズ株式会社(SDP:Social Design Partners)の代表取締役を務めるほか、国立大学法人 東京工業大学(東工大)の特任准教授として活動しています。

現在取り組んでいる各事業が、どんな世界観でもって進めてきたのか、その根底にある思想を少しでもお伝えしたいなと思いnoteをはじめました(初投稿なので読みにくかったら恐縮です、精進します)


はじめに:自己紹介&noteをはじめた背景

新卒入社した金融機関を2016年末に卒業、それ以降は官民ファンドやスタートアップ企業に所属する傍ら、自身の活動を続けてきました。SDPは2019年に自身の活動を一本化するため設立した会社ですが、それ以前も、飲食店に共同出資者として参画したり、友人と会社を立ち上げ飲食店を開業したり、といった背景があります。

最近もまたビストロを開業したこともあり、Facebookで繋がっている知人らは「金融業から飲食業に行った人」と認識しているかもしれません。

2017年に友人と立ち上げた和酒バル「地のものバル MUJO」

そんな私ですが、昨年より東工大の特任准教授に就任し、国のプロジェクトに参画しています。また、SDP設立当初から続けていた地方創生プロジェクト("地方創生"という言葉はしっくりこないので、以降は地域事業と記載しますが)も形になりつつあって、周りからは「節操なく色々手を付けてる」と見えてしまうかなと思います。

SNS(自己開示)が苦手で、TwitterやInstagramも手を付けずに生きてきたことも相まって、周りからも理解しにくい状況だろうなと自覚はあります。以前は割り切っていましたが、手掛けるプロジェクトに関わる仲間が増えていくにつれ「僕らが取り組むビジョンを知ってもらう」のも大事だなと痛感する機会が増えてきたので、重い腰を上げ笑、筆を走らせています。

今日は、私のキャリアの話や思想に至った経緯はさておき、各プロジェクトを通じて実現していきたい世界観の話を中心にお伝えしたいと思います。

強者の世界と優しい世界

まず、目指す世界についてをお話しする前に、今現在に対する私の見え方を簡単にお話しします。

今の社会に対して、私は漠然と「息苦しいね」と感じています。それを、格差社会とかコミュニティの希薄化とか、子育てに厳しいとか年金問題とか、表層化した事象に対するワードはたくさんありますがここでは割愛します。

また、その息苦しさの原因として、政治なのか経済なのか、社会制度なのか国際社会なのか、といった議論もここでは深くは触れません(マクロに話を飛ばしすぎると空中戦の議論になりかねないので)。もし読んでいる皆さんが、漠然としたこの「息苦しさ」に共感があれば、それを一緒に(感覚的、主観的目線で)少し深堀りさせてください。

強者の世界

一言でいえば、今の社会は「強者の世界」だと思っています。ジュラ紀のような、恐竜という強者が支配している弱肉強食の世界。今の時代の強さとは、ジュラ紀とは違い知能や資本力、学歴と複合的ではありますが、いくら多様性が認められつつあるといっても、そもそも構造上の話からして強者を主軸においた社会構成に変わりはないと考えています。

効率的な資本主義社会において何が起こるかというと「全国規模のバトルロワイヤル」への強制参加です。高学歴という武器を手に戦う人がいる一方、経済格差や学歴格差の負のスパイラルで苦しむ人もそばにいます。搾取する側される側という残酷な狩場もあれば、同じ側同士で醜く引きずり落としあうこともあります。それを黙認、推奨するのが「強者の世界」であり、ルール自体も強者目線で作られます。

自己責任な世の中

この強制参加の資本競争社会において、(戸籍制度等とも相まって)身の安全を保障する代わりに奴隷となる制度=終身雇用が加速的に広がりました。会社に奉公すれば年功序列が約束され、命の危険にさらすこともなくなるのです。とはいえ経済成長を前提に成り立つモデルであり、バブル崩壊後に矛盾が露わになるのですが、既得権益が逃げ切るまではゲームチェンジもなく、弱者=後から生まれた世代にしわ寄せがくる構造が現状です。

さらに、私たち世代の中でも、「強者の世界」の理屈が支配しています。起業してチャレンジすればいい、しないやつは社畜として生きればいい、といった具合です。起業しないまでも、自己研鑽してスキルアップして転職を目指しましょう、となるわけです。ようは、弱者が弱者である限り、苦しいのは仕方ないし努力しないのは「自己責任」だよね、がまかり通っています

能力主義は、一見すると努力を前提とする平等そうな議論にも見えますが、そもそも与えられた環境も時代も異なる中で、紐解けば結局は「強者に都合のいい」理屈でしかありません。そんな理不尽な環境において、何を成すにも自己責任とあっては、社会への安心感や信頼性は育ちません。

親世代は既得権益者の価値観を持ち、同世代からは努力しろと追い込まれる中で、自分らしく生きよというのは残酷だと私は感じます。この八方塞がりな状況にこそ、息苦しさがあるのではないかと私は考えているのです。

優しい世界の出発点

社会は、このように弱肉強食であり、強者の論理で回っています。社会の評価軸や判断軸、意思決定は「資本を生むかどうか」のみに依拠する、一次元的な世界です。私は、ここに軸を足していき、多面的な社会になればいいなと思って活動しています。(資本主義上の)弱者も抱擁し、共感や共存という軸が足された社会を、私は比較のため「優しい世界」と呼んでいます

強者の世界では、自己の利益に着目し、競争による勝ち負けが前提となります。よって、他人より優れていることが正となり、勝ちの称号=資本最大化を目指します。マーケティングでは差別化が図られ、また上場や事業売却を通じてキャピタルゲインの獲得が求められます。

一方優しい世界では、地域や社会に着目し、よりよい社会の創出が前提となります。よって、他人とは共存していることが正となり、持続的な地域社会の創出を目指します。共感をベースにした事業展開がとられ、また利益の循環を通じた共栄が図られます。

優しい世界は実現するのか?

実際には、強者の世界と優しい世界、ゼロヒャクの二者択一ではないですが、世の中のゲームがどちらを起点に作られているか、で言えば確実に前者です。逆に言えば、優しい世界の思想を起点に社会や経済モデルを再構築(その中に強者のルールも内包していく)していかなければ、たとえSDGsと叫ぼうとも対処療法に過ぎないと私は考えています。

ただし、こう書くと「そんなものは空想の世界、ユートピアに過ぎない」と言われかねません。

しかしながら歴史を紐解くと、そういった経済モデルを確立し、かつ着実に発展した国が300年以上前に存在していました。その国の首都は当時100万人規模と世界一の都市であり、200年以上に渡り平和を維持しています。そしてその国では、何百年と続く企業も多く輩出されてきました。

これは、どこか遠くの国の話でも、遠い昔の話でもありません。私たちの祖先、江戸時代の頃の日本の話です。数世代、ほんの200年前までは、優しい世界の経済モデルが私たち日本に確かに実現していたのです

江戸時代における優しい社会

傍(はた)を楽(らく)にする

江戸しぐさ(口伝で伝えられてきたとされる当時の行動哲学)によると、当時の「はたらく」は「傍(はた)にいる人を楽(らく)にすること」と解釈されます。

歴史的裏付けはさておき、互助の精神が商売の根っこにあったことは伺い知れます。この「はたらく」の例として良く説明されるのが「朝飯前」です。彼らは、朝食前に地域を回りながらボランティア活動に励みます。一人暮らしの老人や用水桶の様子なんかを見て回っては、お困りごとや故障箇所に対処します。これを「朝飯前」と呼んでいたわけです。

また、彼らは金銭を稼ぐための労働は午前中で終えていたといいます。午後からは、隣人や地域のためのボランティア活動に精を出していたようです。一説によると、財産の多寡ではなく、この「傍を楽にする」働きによって人の評価もなされていたと言います。

彼らは「宵越しのかねはもたない」代わりに、地域社会への貢献に精を出していたのです。今風に言えば、「金融資本」ではなく「社会関係資本」を貯蓄していたともいえます。

江戸時代の経済事情

では、日本人は金銭への関心が低い民族であったか、といえばそれも史実とは異なります。例えば、世界において組織的な先物取引所の誕生は大阪が発祥とされています。言うなれば、当時は世界に誇る金融立国だったわけです。

世界初の先物取引所「堂島米市場」(出所:日本証券所グループ)

また、マディソンデータと呼ばれる、過去2000年の世界各国におけるGDPの推計値があります。推計に過ぎないとの前提はあるものの、1700年当時の日本のGDPはインド、中国、フランスに次ぎ世界第4位と算定されています。

他、当時の経済事情を例えば軍事力等から推し量ることは出来ますが、ここでは一旦割愛します。少なくとも、金銭的な活動以上にプロボノ的な活動が主軸であった当時においても、経済力という面においても世界に誇る水準であったのは史実からも認められる、と私は理解しています。

もっとも、江戸時代の価値観において、GDPの数字がどれほどの意味を持つかでいうとまた別の話ですが。

想いが叶う、優しい世界に向けて

私は決して、江戸時代に戻ろう、を言いたいのではありません。ただ、今の閉塞的な社会を打破するヒントが多く隠されているだろうと考えており、前例として働き方や事業、コミュニティの在り方において参考にすることで、優しい世界の実現に一歩近づくのではないかと考えています。

想いとは、利他的なwill

優しい世界とは、資本という定量的な軸からは漏れてしまう、他の軸も許容する社会だと申し上げました。それらの軸は主観的、定性的なものが多いですが、同時にそれは利他的な価値観であり、それを共感し支えあうものだと思っています。それを言い表すのに、私は「想い」という言葉を使っています。

ここで私がいう「想い」とは「志」とも言い換えられるかもしれません。英語で書けばwillですし、一言でいえば願望、とも言えますが、私はもっと公なものと整理しています。想いは「私心を超えた、ある種利他的なwill」というわけです。

SDPでは、想いを形にするための事業を展開し、東工大では想いが形になるためのコミュニティプラットフォームを立ち上げようとしています。それが優しい社会に繋がる一歩だと信じているためであり、共通して、その判断軸や評価軸は資本効率から切り離されています(* 決して利益が出なくていいという意味ではありません)。飲食店、地域事業と国のプロジェクトの間において、業態は違えど、やっていることは私の中では同じなのです。

muku*roji」:気持ちを込めた丁寧な食事を日常に届けたい、との想いから

想いは非効率

こうした「想い」を形にしていくのは大事だと大半の方は気が付いています。ですが、どうしても「現実は甘くない」となるわけです。

強者の世界と優しい世界は、二者択一ではないと言いましたが、それらの関係は「固有種と外来種」の関係に近いと私は考えています。混ざりあった時、優しい世界の思想は太刀打ち出来ません。なぜなら、簡単な話、想いを叶える過程は「非効率」だからです。プロセスマーケティングのような手法はあれど、本質的には強者の世界において「想い」に向き合うのは極めて非効率であり、かつ事業としての再現性も乏しいものなのです。

一般論でいえば、誰かの想いに沿って事業をゼロからデザインするよりも、儲かるビジネスモデルに人間を当てはめ機能させたほうが早くて確実というわけです。だからこそ資本主義では労働力が数値化されるのです。そこに逆張りするのは、事業展開も資金調達も至難の業です。私は、事業やファイナンスの知識にも助けられ何とか続けてはきましたが、かなりのハードモードだと日々痛感しています。

以前、某政経塾のとある資本家にお会いした際、言われた言葉があります。

あなたの事業計画は今まで聞いた中で一番美しいが、一番儲からなそう

私は、彼がこの世界を変える動きに参加したいのであれば、損はさせないと今でも思っています。ですが、例え資本を供給されたとて(自分自身は元より)彼個人を豊かにするために活動を行うことはあり得ません。私は社会を向いて活動を続けています。残念ながら、物事を考える順番がどこまで行っても逆なのでが、ただ、今の社会ルールにおいて「正しい」ことを言っているのは彼であり、それも私は金融出身者として十二分に理解しています。

強者の世界としてのルールや構造が変わらない限り、情熱ある人達の想いは理想の産物と化すか、「強者」によって搾取されていきます。もちろん、それを避けるのもまた本人の「自己責任」となるわけですが、私はそんな社会に未来はないと思っています。やや暴力的な言い方をすれば、私はこういう「強者のルール」はぶち壊してしまったほうがいい、とさえ思っています。

Wakatsuki:儲からなそうと言われた地域事業(宿泊施設)

最後に

私は、朝飯前が成り立つ経済を実現していきたいという想いがあり、また想いが形になる経済圏こそがポスト資本主義における次世代の在り方だと信じています。正しいかどうかはまだ分かりませんが。

ただ、こうした想いが一つ二つと形になり、点と点が重なり面となれば、そういった経済圏で何が起こるのかが見えてくるはずです。特に今の社会は、想いを形にするのが困難であるからこそ、私はそれが形になるための活動を続けています。

気が付けば長文となりましたが、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。是非、これからの活動も応援いただければ嬉しいです。ここを皮切りに、少しずつ私の想いも言語化しながら、共感してもらえる仲間を増やしていければと思います。


ソーシャルデザインパートナーズ株式会社 代表取締役
国立大学法人 東京工業大学 
たか(Takayoshi)

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