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松下さちこ《1》|私のお気に入りの、ほんの一部《1》

 蓋を開けると、ハミングが聞こえる。甘やかな旋律。かすかな声が、だんだんと大きくなる。そして歌になる。はっきりと聞き取れるようになる、魔法の言葉。

 松下さちこさんのイラストは、まるで秘密の菓子箱のよう。鏡台の引き出しにひっそりと仕舞ってあるとっておき。それもひとつではない。「これは私のお気に入りの、ほんの一部」。さちこさんは、私たちにこっそりウィンクする。

 「喜びにも悲しみにも、花はわれらの不断の友である。」

岡倉覚三、村岡博 訳『茶の本』

 花だけでは足りない私のもとに、純白のお菓子がやってくる。耳元で歌を歌い、目の前で踊りを踊ってみせる。いつか古い映画の中で見かけた道化師のように。

 私はしばし泣き止む。それから、少し微笑む。お菓子のほうは、うれしいときも悲しいときも、顔色ひとつ変えないけれど、私の話をすっかり聞いてくれているのがわかる。なぜなら、うれしいときはいつもの二倍、悲しいときはその三倍、心までほぐれる甘さでしっかり抱きとめてくれるから。

 さちこさんは一流のパティシエで、私もいつかそんなふうに、それか、大切な誰かのお菓子になりたいと思う。

 毎日が一個のお菓子だったら、一年で365個もある。

 どれもスパイシーだったり、サワーだったり、ほんのりビターだったり、とびきりスウィートだったりする。起きて食べてみるまで、どんな味はわからない。確かなのは、必ずフレッシュだということ。

松下さちこ|イラストレーター →Instagram
第187回ザ・チョイス入選(皆川明氏選)。主な仕事に百貨店クリスマスビジュアル、アパレル、音楽関連、パッケージ、挿絵〜装画等。様々な技法で描くイラストレーションと手描き文字で活動する。

高田 怜央 Leo Elizabeth Takada|詩人・翻訳者 X
横浜生まれ、スコットランド育ち。上智大学文学部哲学科卒。言葉の秘密を探っています。第一詩集『SAPERE ROMANTIKA』、対話篇『KYOTO REMAINS』。翻訳に映画『PERFECT DAYS』など。2024年、霧とリボン コラボZINE 詩と短編小説『黎明通信』(川野芽生 共著)を刊行。



作家名|松下さちこ
作品名|嬉しいも涙の時も

インク・色鉛筆・紙
作品サイズ|25.7cm×18cm
額込みサイズ|28cm×20.4cm
制作年|2024年(新作)
[手描き文字]
Beautiful flowers and my sweetness will ease your pain.
美しい花と私の甘さがあなたの傷みをやわらげます。

作家名|松下さちこ
作品名|Every day is special
 
インク・色鉛筆・紙
作品サイズ|15.2cm×10.2cm
額込みサイズ|17.2 cm×12.3cm
制作年|2024年(新作)
[手描き文字]
Every day is special
毎日が特別。

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