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マリオネットの回想録 〜骨董屋で

月はすっかり西の山々の尾根に重なって空はひどく暗くなった。と同時に、数多くの1等星、2等星、3等星は天球上に蘇った。
マリオネットと時計は親友だ。プラハの骨董屋のショーウィンドゥで出会った瞬間から、決まっていたようなものだ。
「そこでだ」マリオネットからの提案である。「骨董屋で僕らの間に起きたこと、その他君が諸々目にしたものをすべて、ここにいいるモノたちに説いてほしい」
私は勿論正確に考えることは得意だ。しかしこれからマリオネットが引き起こす様々な言動、それが奇怪であれ正義であれいちばん論理的に説明するのは得意だ。私は自らの正確な鼓動を一度ピタリと止めて、それから3つの針を逆方向へと進めていった…


劇場を離れたマリオネットは街の骨董屋に売られた。それはパッサージュの交差点の一隅にあって、古めかしく褪せた木のつくりの構えをしており、しかし間口に比して割と大きなショーウィンドウがあり、店内の白熱灯のあかりが垣間見えている。
骨董屋にはあらゆる種類のものが集められていた。おそらく半世紀以上前に印刷されたような聖書や百科事典、今となっては役に立たないような地名も国境も昔のままの世界地図、アール・ヌーヴォーの宝飾の類が、黒ずんだ木棚に無秩序に並べられている。ここに置かれているものはおおよそ役に立つ代物ではなく、かといって美術館に保蔵されるような希少なものでもないけれども、ほとんどがその昔プラハの地でつくられたものである。自分たちという民族を愛する市民たちにとって、骨董屋は街の記憶の倉庫ともいうべき存在だった。時好がもてはやされるパッサージュで、これまで多くのブティックやカフェテリアが入れ替わってきたが、この昔ながらの骨董屋はガラス屋根がかけられる前から続いてきた数少ない店舗の一つだった。
多くの店の立ち並ぶパッサージュの中でも目を引くように、ショーウィンドウの中は色とりどりに飾られ、古めかしい雰囲気の店内と対照的だった。高級な素材を使ったもの、緻密な細工を施されたもの、店が新しく仕入れた掘り出し物などが並べられ、さらに見栄えがするように飾りの赤い箱がいくつか置かれていた。劇場の人気者だったマリオネットは、チェコ最古の機械時計のわたしとともに、店に売られるなりショーウィンドウの中に飾られた。
マリオネットは、もっとも「操り人形らしく」見える格好であった。右手の糸は天井に据え付けられ、左手の肘は曲げられた。体が浮いているように見えるように、両足の先は地面から少しだけ離れていた。

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