電話の声のトーンを穏やかにする最新カスハラ対策――「感情キャンセリング技術」とは何か

2024.7/26 TBSラジオ『荻上チキ・Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、AIを利用した最新カスハラ対策の「感情キャンセリング技術」について紹介します。

◾対策が進むカスタマーハラスメント対応

昨今は、「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が大きな社会問題になっています。政府が6月に発表した「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」にも、「カスタマーハラスメントを含む職場におけるハラスメントについて、法的措置も視野に 入れ、対策を強化する」との記載があり、これを受けて厚生労働省でも、法令改正に向けた検討が見込まれているほか、東京都など、地方自治体でもカスハラに関する検討部会などの設置が進んでいます。

https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2024/2024_basicpolicies_ja.pdf

そんな中、ソフトバンクは2025年5月、カスハラ対策として、電話業務対応にAIを導入する取り組みをはじめていると発表しました。HPには以下の記載があります。

「コールセンターの電話応対業務では、AI(人工知能)を活用した感情認識・音声加工技術により、お客さまの通話音声を穏やかな会話のトーンに変換して、オペレーターに届けることができるソリューションの開発に取り組んでいます」

というものです。こちら、具体的には「感情(エモーション)キャンセリング技術」と呼ばれるものです。

◾最新カスハラ対策の「感情キャンセリング技術」

ソフトバンクはカスハラに対する基本的な方針を発表しており、暴言や脅迫、差別発言等をカスハラと定義しています。とりわけ電話などの窓口対応では、オペレーターの心理的負担が重くのしかかります。

朝日新聞によれば、3年前に社内起業制度に応募した社員の方が、AIの音声加工技術を利用して、怒鳴り声などの声を、言葉遣いはそのままに、しかし声の高さや抑揚を穏やかにする「感情キャンセリング技術」の研究をはじめたということです。

怒りや怒鳴り声のデータは少ないため、実際に10人の役者に100以上の声を、様々な感情を乗せて表現し、合計で1万以上のデータをAIが学習したといいます。

この新しい技術は、例えば高い声の怒りはトーンを下げて、逆に低い声は声を高くして柔らかい表現に変換します。一方、声がマイルドになりすぎると、顧客の怒りを認識できなくなってしまうため、怒りの要素はわずかに聞こえるようにしたといいます。

また、会話が長すぎたり乱暴な表現が多いとAIが判断した場合は、警告メッセージが流れる仕組みにもなっているとのこと。ソフトバンクによれば、これらの仕組みは2025年度中の事業化に向けて、研究や検証を進めているとのことです。

一方、技術的にはAIが代わりに電話対応もできるのではないでしょうか。この点についてソフトバンクの担当者は、無理ではないものの、怒った顧客が求めるものは人間の謝罪だとして、基本的には人間のオペレーターが業務に当たります。したがって、今回の技術は、人間の精神の盾として機能することになります。

◾声が与える印象

みなさんは、こうした技術をどのように捉えるでしょうか?おそらく賛否の分かれる技術であるように思われます。ここでは考えたいのは、賛否ではなく、人の声が相手に与える印象は、声色だけでなく、環境要因などによって様々に変化する点です。

例えば、以前も紹介したように、人は相手の感情を認識する際、映像と音の両方がある時よりも、音だけの方が感情認識の精度が高いことが、1800人以上が参加した実験からわかっています。

このように考えれば、確かに人間のオペレーターが、人間のダイレクトな感情に対応するのは、精神的に負荷のかかる業務であると言えるでしょう。技術は使い方次第であり、活用すべきシーンとそうでないシーンがあります。感情キャンセリング技術の使われ方にも、今後は注目していくべきでしょう。

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