「音声では嘘をつけない?ーー音声による感情伝達について考える」
放送の様子はこちら(下記サイトでは音声配信も行っています)。
「音声はウソをつけない!?〜視覚メディアとの比較研究で明らかになった音声メディアの特質」(Screenless Media Lab.ウィークリー・リポート)
2019.4/12 TBSラジオ『Session-22』OA
◾音声は嘘をつけない?
音声をコミュニケーション・メディアとして捉えた時に、他のメディアと異なる、どのような特徴があるのかについて考えることは非常に重要です。音声メディアは、テキストや動画といった視覚メディアと比べて、どのような特徴があるのでしょうか。
ひとつ、面白い研究を紹介したいと思います。イェール大学の心理学者マイケル・クラウスの研究です。彼は、音声は発話者の感情を隠すことが難しいと主張します。どういうことでしょうか。
(この研究に関して、日本語の解説記事もあります)
クラウスは次のような実験を行います。まず、複数の友人たちが互いのニックネームについてからかいあっているビデオがあります。1800人以上の実験参加者は、このビデオをみて、そこに映る人々がどのような感情をもっているかについて答えるというものです。
ここでクラウスはビデオを3つのバージョンに分けます。ひとつは「映像と音声」があるもの。もうひとつは映像はなく、「音声だけ」のもの。もうひとつは音声はなく「映像だけ」のものです。参加者は3つのバージョンのいずれかをみて、感情を当てます。
多くの人々の予想は、映像と音声があるビデオをみたグループが、一番的確に感情を当てる、というものではないでしょうか。しかし実験結果は、なんと「音声だけ」のグループが、一番的確に感情を当てたのです。つまりこの研究では、人は声だけの方が他人の感情をよく理解できる、ということを示しています。
これまで、感情を表現する手段として、「表情」に関する研究が様々に行われてきました。その結果、表情が様々な感情表現の機能を持っていることが分かると同時に、表情は実際の感情を欺いた表現、すなわち、嘘をつくことも非常に上手な表現メディアであることも分かってきました。
しかしクラウスの研究からは、音声は表情よりも実際の感情を伝えており、これを意識的に欺くことが難しい、ということがわかります。つまり、私達が相手の本当の気持ちを知りたいのであれば、声が頼りである、と言う訳です。
◾なぜ振り込め詐欺に騙されてしまうのか
では、相手の本心を知りたければ、表情に惑わされないよう、電話で話を聞けばよいのでしょうか。しかし本当にそうならば、振り込め詐欺のような事案がこれほど横行してしまうのはおかしいように思われます。
とはいえ、これは音声ではなく、電話というメディアの特徴が原因となっています。実は電話は、相手が誰であるかを識別しづらいメディアなのです。電話の周波数帯では「何を言っているか」はわかっても「その人らしさを表す声の特徴」を示す高周波帯は取り除かれてしまいます。そのため、電話の声では、その人であるかどうかを判断するのが難しいのです(川原繁人『音とことばのふしぎな世界ーーメイド声から英語の達人まで』岩波書店、2015年)。
私達は電話から聞こえる声を、相手の声だと信じていますが、実はその確信は音声以外の、通話に至るまでのプロセスに支えられているのかもしれません。振り込め詐欺は、嘘を付くはずのない相手だと信じ込ませてしまうことで、欺くことが苦手な音声であっても、相手を騙すことができてしまうわけです。
この2つの例が示しているのは、音声にはテキストに書き起こすことの出来る内容以外にも、実に多くの情報を含んでいるということです。そしておそらくは、そうした情報は私達がリアリティと呼ぶような、日常の認識に大きな影響を与える要素なのです。
ここで便宜的に、メッセージとは、テキストとリアリティをそれぞれ伝える2系統の情報が合わさったものと考えてみましょう。こうした見方は、例えば人々の話し方の違いについても教えてくれます。テキストは少なく、リアリティによって伝えようとする人もいれば、なるべくリアリティを廃して、情報のすべてをテキストで表現して話そうとする人もいます。これらの違いは、どちらが優れているというわけではなく、「いかに情報を伝えるか」という工夫の違いだという見方は、私達の相互理解を促進させるかもしれません。
またこうした見方は様々な分野の活動を、テキストとリアリティを用いた表現形式の違いだとみなすこともできます。例えば、文学はリアリティをテキストにしようする試みであり、アートは、リアリティをテキストを使わずに取り扱おうとする活動だと言えるかもしれません。科学的な態度がテキストのみを取り扱うことで普遍性を目指すことは、言うまでもありません。
このように音声は、テキストに加えて非常に大きなリアリティに関する領域を備えて、私達に影響するメディアだということができるのです。それだけに、こうしたメディアを適切にデザインできる技術を開発することは、私達の「ウェルビーイング」に貢献する重要なテーマであると言えます。
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