ノイズキャンセリング機能と聴覚の関係とはーー「聴覚補助機能」の紹介

2022.12/09 TBSラジオ『荻上チキ・Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、聴覚補助機能を持つイヤホンの性能に関する研究を紹介します。

◾AirPodsの聴覚補助機能

当ラボはこれまで、難聴が認知症のリスクになることや、それを防ぐための補聴器が、欧米と比べて日本では普及が進んでいないこと等をお伝えしてきました(2018年の調査では、自己申告した難聴者全体における補聴器所有率は14.4%)。

補聴器は重要なツールですが、日本では平均して15万円程度であり、また高い性能を求めれば数十万円が必要になる等、値段の課題があります。他にも、使いづらさやデザインなど、普及には多くの課題があります。

そんな中、台湾の病院や大学からなる研究チームが、市販の補聴器と、Appleのワイヤレスイヤホン「Air Pods」の聴覚補助機能(ライブリスニング)の比較を行う実験を行い、2022年11月15日に論文を公開しています。

台湾ではスマホ所有者のうち5割がApple製品を利用していますが、AirPodsの聴覚補助機能は、iphone等のApple製品をマイクとして利用し、そこから得られた音に加工を施してユーザーの耳に伝えるものです。

また前提として、AirPodsは補聴器とは異なります。補聴器は医療機器であり、専門家による聴力検査や音質調整等が必要になりますが、Air Podsのような市販の電子機器は、日本では「集音器」や、あるいはアメリカでは「Personal sound amplification products:PSAP(個人用音響増幅製品)」とも呼ばれるものです。

研究では、AirPods第2世代(台湾市場で129米ドル)、およびAirPods Pro第2世代(同249ドル)、としてベーシックタイプの補聴器(同1500ドル)とプレミアムタイプの補聴器(同10000ドル)の4つの性能を比較しました。

実験は、軽度から中等度の難聴を有する21名を被験者に、読み上げられた文章の聞き取り能力等をテストしました。

◾聴覚補助機能の性能とは

結果、静かな環境で行った実験では、一番高額なプレミアムタイプの補聴器の性能が高かったものの、AirPods Proとベーシックタイプの補聴器の機能はそれほど変わりませんでした(AirPodsも、何もない状態よりは高いスコアを出しています)。

次に、騒音環境における実験では、被験者の横から発生する騒音に関しては、AirPods Proがプレミアムタイプの補聴器に匹敵する性能を持っていることがわかりました。ただし、正面(前)から発生する騒音に対しては、AirPodsでは聴力改善に貢献できませんでした。こうした結果から、少なくともAirPods Proは価格と比較しても高い性能を有していることがわかります。

AirPodsには音声増幅機能がありますが、Proにのみ、一部の音声を遮断する「アクティブノイズキャンセリング機能」が備わっており、この機能の働きの有無が聴覚補助機能の性能に関わっていることがわかります。

研究者たちは今回の結果を受けて、AirPods Proは、軽度から中等度の難聴のための聴覚補助デバイスとして機能する可能性があると指摘します。自身が少し聞こえづらい等の症状を感じる場合、医師との相談の上ではありますが、補聴器を利用する前の手段として、場合によってはAirPodsのようなデバイスを利用することも、一つの手段にはなり得ます。

すでに述べてきたように、補聴器には値段等の課題があることや、軽度の段階でも、難聴は認知症等のリスクを高める可能性があるという観点からみれば、アクティブノイズキャンセリング機能などを積極的に利用することで、こうした聴覚補助機能システムに慣れるという意味もあるように思います。とはいえ、自身の症状には十分注意し、症状が重くなるようなら、医師等にも相談し、補聴器へのシフトを検討する必要があります。

こうした点には十分注意が必要ですが、いずれにせよ、補聴器以外の製品の技術は注目に値します。特にイヤホンは、高音質を求める側面に加えて、こうした聴覚サポートの側面からも、今後はさらに注目を増すでしょう。こうした音をめぐる技術についても、引き続き動向をチェックしたいと思います。

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