猫の音には人間を引き付ける効果がある?――「猫の音」研究の紹介

2024.7/19 TBSラジオ『荻上チキ・Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、当ラボでも度々取り上げている、猫の音に関する情報をお伝えします。

◾猫と音の関係

猫と音については、当ラボで何度も言及してきました。

猫は飼い主と知らない人の声を区別できたり、人間の声と表情と一致させることもできます。また猫のゴロゴロ音に含まれる微細な振動が、人の骨の骨密度を上げることもわかっています。さらにゴロゴロ音は、リラックス効果があるホワイトノイズと比べても、より人間にリラックスをもたらすことが、実験で明らかになっています。このように、猫と私たち人類は深い関係にあるといえるでしょう。

◾なぜ猫は人間に向かって鳴くのか

そんな中、北アイルランドのクイーンズ大学ベルファスト校で動物行動学・福祉学の講師を務めるグレース・キャロル氏が、様々な先行研究を紹介しながら、なぜ猫が人間に向かって鳴くのかについて、解説しています。(ニュースサイト「GIGAZINE」が日本語でも解説しています)

キャロル氏によれば、人類と猫の出会いはおよそ1万年前、人類が定住をはじめた頃です。定住によって人間の住処に寄ってくるネズミを食べるために、本来は孤独に生きる猫が人間と共存をはじめます。さらに猫は、自らを人間と共存するために、自ら「家畜化」していったとキャロル氏は指摘しています。その方が繁栄できるということでしょう。

こうして人間と共存していく中で、猫は「ニャー」と鳴き始めます。以前も紹介したように、猫は母親と子猫の一時的な関係を除いて、むやみに鳴くことはありません。なぜ猫は鳴くようになったのでしょうか?

一つは、やはり人間との共存・共栄です。1950年代にソ連の科学者がシルバー・フォックス(ギンギツネ)を用いて行った実験では、シルバーフォックスの中から人間に恐怖心を抱かない個体を選んで交配させていった結果、通常なら何千年もかかる身体的変化が、数十年で起きたといいます。世代が下るについて、キツネはより人間に懐いていき、ペタペタした耳など、家畜化された犬に似た特徴を持つようになり、攻撃的だった鳴き声は「キャッキャッ」と、人間の笑い声のようなものになったといいます。

これを踏まえた上でキャロル氏は、猫の鳴き声は人間の赤ちゃんの鳴き声を真似たのではないかと指摘します。赤ちゃんの声は、いわば救難信号であり、これを真似れば人間が助けてくれる、というわけです。

例えば、それを傍証する研究として、英サセックス大学を中心とする研究チームが2009年に発表した論文があります。

https://www.researchgate.net/publication/26671018_The_cry_embedded_within_the_purr

https://www.cell.com/current-biology/pdf/S0960-9822(09)01168-3.pdf

この研究では人間の参加者50人に、10匹の猫の音を聴いてもらいます。内容は、食べ物をねだる時の猫のゴロゴロ音(喉鳴らし:purr)と、そうではない時のゴロゴロ音の2種類で、各々10匹分を聴き比べてもらいました。その結果、多くの参加者は、食べ物をねだる時のゴロゴロ音の方を、緊急性の高い、あまり心地の良い音とは評価しませんでした。

一方、食べ物のねだる時のゴロゴロ音は、実は赤ちゃんの鳴き声に似た「高音の成分」と似た音が含まれていたことがわかりました。ゴロゴロ音は基本的に低い音ですが、この音にはさらに、鳴き声やニャーを思わせる高い周波数の音声成分も含まれていました。これは人間が持つ、苦痛を示す音に対する反応と同じで、無視することは難しいことを意味します。どういうことでしょうか。

以前もご紹介したように、赤ちゃんの泣き声は、赤ちゃんを育てたことのない人でも、一度聞こえると反応してしまうもので、実際に赤ちゃんの泣き声を聴いた後には、注意力が一定時間高まるということがわかっています。つまり、猫は選択的に赤ちゃんの声の成分と同じ音を出すことで、人間に注意を向けさせていると言えるでしょう。

このように考えると、猫のニャーやゴロゴロ音の一部には、人間を本能的なレベルで引き寄せ、お世話しようとさせる音であり、自己家畜化した猫は、自らそれを選ぼうとしてきたとも言えるでしょう。もちろん、こうした説はあくまでも仮説にすぎず、学問的に確立されたものではありません。とはいえ、猫と人間の関係史において、「音」は重要な意味を持っていると考えることはできそうです。

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