頭の中で響く自分の声が聞こえない――「アネンドファジア」研究の紹介

2024.6/28 TBSラジオ『荻上チキ・Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、人間の頭の中で鳴り響く音と、そうした音が聞こえないことなど、脳内の音に関する研究を紹介します。

◾音が脳内で鳴り響く

音は実際に音波が発生するだけでなく、私たちの頭の中でも鳴り響いています。

以前も紹介した通り、特定の歌や音楽が頭の中で鳴り響いた、という経験はないでしょうか?この現象、欧米では「イヤーワーム(耳の虫)」と呼ばれたり、「Involuntary Musical Imagery: IMI(付随意音楽心像)」などと呼ばれ、研究対象にもなっています。

こうした音は、テンポがはやく、いきなり曲調が変化する音楽等が、ランニングや歯磨き時などに流れることが多くあることが、3000人以上を対象とした研究でわかっています。研究者によれば、イヤーワームが発生しやすい人は、感情や記憶、聴覚に関わる脳の領域が関係していることもわかっています。

一方、就寝直前や寝起き時に脳内で大音量の音がかけめぐるなど、脳内の音で苦しんでいる人々もいます。この現象は「頭内爆発音症候群(Exploding head syndrome)」と呼ばれ、米ワシントン州立大学の研究者が211名の学生に聞き取り調査をしたところ、18%の学生が経験があると答えました。原因はわかっていないものの、脳の覚醒状態をオフにする過程で生じるのではないか、といった指摘をする研究者もいます。

◾頭の中で声が聞こえる

もうひとつ、頭の中で聞こえるのは音や音楽だけでなく「声」も挙げられます。ウェブ上のQ&Aサイトを調べた研究者によれば、正式な調査ではないものの、黙読の際に声が聞こえるという人は多くいます(8割以上)。

こうした声の中には、自分の独り言や、自分自身と対話する声もあります。2019年のフランスの研究では、頭の中で聞こえる声を「内的発話(インナー·スピーチ)」と呼び、他者との対話ではなく、自分自身と対話しているものと考えられます。

◾心の声が聞こえない「アネンドファジア」

一方、デンマークのコペンハーゲン大学と米ウィスコンシン大学の研究者二人が2024年5月に発表した論文は、頭の中で響く自分の声、あるいは自分の「心の声」が聞こえない人について詳しく研究しています。研究者はこれを「アネンドファジア(anendophasia:無内言症・無内声症)」と呼んでいます。

https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/09567976241243004

研究では、心の声がよく聞こえる人(言語性因子得点が比較的高い)を46人、逆に心の声があまり聞こえない人47人を対象に、主に4つの課題に向かってもらいました。

様々な課題があるのですが、一例を挙げれば、「bought(買った)」と「caught(捕まえた)のような、音も綴りも似ている単語を並べ替える作業があります。これについては、やはり心の声があまり聞こえない人には難しい、という結果が出ました。他にも「rough(荒い)と「cough(咳)」といった単語の並び替えがありました。頭の中で声に出すことがないため、イメージが難しいということです。(とはいえ、苦手とはいっても、日常生活では気付かないレベルのものとのことです。)

一方、作業に際して、実際に声に出しても良いとする条件を出した場合は、得点に大きな差はありませんでした。声に出すことで、音や韻を比較する作業ができるからです。

研究者によれば、アネンドファジアの人は韻律の判断や単語のリストの記憶が苦手といえますが、似た図形の区別等では、正確さが低下することはないとも述べています。研究者はこれに関して、アネンドファジアの人は心の声が聞こえる人とは別の方法・戦略を用いていると解釈します。(研究では、猫と犬を区別する際に、猫は人差し指を、犬は中指を使うとのことで、課題に対するアプローチを変化させているというのです。)

したがってアネンドファジアについては、必要以上に問題視するのではなく、私たちの多様なあり方を知るための知識として受け取るべきでしょう。いずれにせよ、頭の中のことは外からは見えませんが、私たちは実に多様なあり方をしているのです。

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