見出し画像

あのスティークを切り開き 第9章「ハサミ」

 たっちゃんさんと腹を割り合ってからの一週間、俺は、ルイへのたっちゃんさん通信をお休みした。たっちゃんさんはいつも通りだけど、俺が、たっちゃんさんの一挙手一投足を見るにつけ、あの告白を思い出し、面白とかほっこりとかいう気分にはなれなかった。
 完全なる推測、しかも邪推だけど、もしあの話が小説で、模試の国語、現代文パートで題材として取り上げられ
「達海の独白を読み、達海が初対面の人にも『たっちゃん』と呼ばせる理由を書きなさい」
と出題されたなら、俺はスラスラとその解答欄を埋めるだろう。

 たっちゃんさんは、一馬さんが怯えていた、と言った。でも俺には、そうは思えない。一応たっちゃんさんと友達である者として、彼が、振られた相手に強引に関係を迫るような人ではない、と断言できる。六年間も成長を見守った一馬さんなら、なおさらそのことは理解してたんじゃないだろうか。一馬さんも、これまでの関係や、たっちゃんさん自身を大切に思っていただろうし、それが壊れてしまわないよう、この先どうすればいいのかを悩んでいたんじゃないか、と、俺は思う。これは推測だけど、きっと邪推ではない。
 ただ、俺がその考えを伝えたところで、たっちゃんさんの心の奥にまでは届かないし、何の救いにもならないだろう。

「元気なの。市原君も、たっちゃんさんも」
店に来たルイに聞かれた。俺は連絡をしないし、たっちゃんさんの店のインスタも、以前のようなほっこりコメントが添えられることはなく、淡々と写真を載せているだけだと言う。
「元気じゃない、訳じゃない。でも、それぞれ、ちょっと気持ちが落ちてるかもな」
「それを元気じゃないって言うんだと思うけど。でも、私には立ち入れない事情ってことね。何も出来ないけど、二人の気持ちの整理が付くことを願ってるから」
 ルイの願いは、堅実だ。人間、いつまでも落ち込んだり憎んだり悲しんだりは出来ない。根本的に消すことは出来ないけど、じきに、心の底にそれは沈んでいくだろう。それを整理と呼ぶかは分からないが。

 ルイの「烙印めいている」という言葉を思い出す。たっちゃんさんの左腕が止まり木であるかのように、羽を休ませているあの白い鳥は、たっちゃんさんが自分に押した烙印だ。それをどこかに放つことができればいいのにと願った。その手掛かりは、今のところ俺のフェアアイルしかない。

 俺の出来ることに気が付いてからは、取り憑かれたように編んだ。春先に編み始めたのに、もう11月。俺はずいぶんと編むことから逃げていた。その時間を取り戻すために時に徹夜して編む。間違いのないようにとか、編み上がったらバディじゃなくなるとか、そんな事はどうでもいい。たとえ編み間違えたとしても、大きな何かを欠いている俺達にはピッタリだ。とにかくこれを編み上げて、俺たちは、それぞれの腹の中の憎しみや後悔を納めに行かなきゃいけないと思った。
 エンジンがかかれば、袖のないベストなんてあっという間に編み上がった。首元だけわずかに休み目のある、カラフルな大きな袋。V字の襟と、両の袖ぐりはスティークで繋がったまま。あとは、スティークを切り開き、端のゴム編みをするだけだ。このスティークが開くのを見届けるのは、俺だけじゃダメだ。俺たちはバディで、共に同じ島を目指している。その出口は、二人で開くべきだと思った。

 急いてどんどん編み進めたけれど、これを今、切り開くか否か。それを決めるのは俺だけじゃない。たっちゃんさんは、このベストが今どういう状態にあるか知らない。最早俺たちの意思で切り開くだけの段階にあることを、知らない。
 話すことがあれば、さっと隣の店に行けば顔を合わせられる。でも、俺は、久しぶりにたっちゃんさんにLINEした。しっかりと、心の準備をして話すべきだと思った。

「大分長くかかったけど、フェアアイル、編みあがったよ。来週のたっちゃんさんとこの定休日に、スティークを切りたい。どう?」
「うそ、俺後半ほぼノータッチじゃなかった?!大丈夫だったの?」
「すごい勢いで編んだから、色は間違ってるかもしれない。でも、編み落として穴が開いてるとかはない。大事なのは、編み上げて、旅に出ることだと思ったから」

既読が付いてから、一時間くらい返信はなかった。

「急がせてしまってごめんね。ありがとう。明日まで、考えさせて。来週切るか、切らないか。レオのフェアアイルなのに、俺が決めてごめん」

 戸惑うのも無理はない。俺が勝手にラストスパートをかけて、たっちゃんさんには寝耳に水だったんだから。
「こっちこそ、びっくりさせてごめん。明日じゃなくていい。ゆっくり考えて」
 そう返信して眠りについた。勝手にスマホが振動したような気配を感じ、夜中2~3度目が覚めた。
浅い眠りを繰り返して、6時ごろ目を覚ました。スマホには、たっちゃんさんからのLINEが届いていた。送信時間は、5時18分。たっちゃんさん、ちゃんと寝たんだろうか。

「だいぶおはよう。切ろう。定休日に、レオの家に行こうか?」
「おはよ。ありがとう。いや、たっちゃんさんの店にしよう。定休日に悪いけど」

 場所は、それ以外ないと思った。フェアアイルの両袖を、そして胸元を切り開くのなら、俺たちが腹を割り合った、あの場所しかない、と。たっちゃんさんの指定で、集合時間は17時。
 当日16時半、服を着替え、ハサミをカバンに入れた。家を出しなに、リビングを見渡す。応接セットのローテーブルの前、ドアに背を向けて、紙吹雪の中で涙を流す、中学一年生の俺が見える。俺はもう、お前を連れていくための出口を知っている。今からそれを、開きに行くから。

 たっちゃんさんの店のドアを開いた。
「あ」
「うわ」
 思わず声が出た。たっちゃんさんも俺も。俺は、ダンガリーシャツの上に、たっちゃんさんに高円寺で買ってもらったベストを着ていた。たっちゃんさんは、あの日着ていたガンジーニットを着ていた。
「わー、これすごい照れ臭いねぇ……」
「マジでそう。同じこと考えてんじゃん」
「大丈夫?フェアアイルさん同士喧嘩しない?」
「いや、多分、新入りに優しくしてくれるかなって。こっちへおいで、って言ってくれそうだと思った」
優しいたっちゃんさんが選んだ奴だから、と、心の中だけで言った。

 俺が編んだフェアアイルを、たっちゃんさんの両手の上に乗せる。まるで、人間の赤ちゃんを渡すみたいに、まだベストになっていない、フェアアイルの赤ちゃんを渡す。
「すごい、キレイ。同系色が少し続いた中に、いきなり赤とか緑の強い色がパッと出てくる。レオみたい。今着てるそのベストより、ポップで、若くて、強めで全然一筋縄じゃ行かない生意気そうな感じ」
「後半俺に引っ張られすぎだろ」
 でも、多分言い得て妙だと思う。明度と彩度の強弱が、かなりはっきりしているのは分かる。黄色の面積の多さも、多分伝統的なフェアアイルとは違う。少なくともこれを着ている人を、大人しく淡々とした人だとは思わない。母さんが「はっきりしてるけど落ち着く」って表現したのも納得だ。

 カバンの中からハサミを取り出した。ゴシック様式みたいに曲線がいくつも連なる、複雑な輪郭をした、金色のハサミ。ドイツ製のアンティークのものを、母さんが譲ってくれた。
 ハサミを持っただけなのに、手が微かに震える。傍らに開いた本には、「反対の身ごろを切らないよう、注意してスティークを切る」と書いてある。そんなことしないだろう、と思うけれど、こうしてしっかり注意書きするくらいだから、きっとよくある失敗なんだ。想像するだけで心臓が痛い。
 裾から手を入れ、前後の身ごろにしっかり空間を作り、胸元のスティークにハサミをあてがう。この右手に力を込めたら、スティークは切れる。もし、スティークが切れるとともに、本体までバラバラにほどけてしまったら。俺とたっちゃんさんの数ヶ月も、決着を付けたい過去も、切り開きたい未来も、全てがバラバラにほどけてしまうような気がする。力を込めなければと、そう思うけれど、手は震えるばかりで、どんどん力が抜けていく。

「俺、無理だ。切れない」

 ハサミを一旦テーブルに置いた。ドアのガラスから射し込む西日で、冬なのに左頬が仄かに暖かい。ハサミが反射して光り、いつもの何倍も鋭く見えた。
「切るんだ。レオしか、切れない」
「でも、もし失敗したら?全部ほどけてしまったら?」
「大丈夫。思い出してよ、レオ言ってたじゃん。毛糸同士しっかり絡み合っているから、切ってもほどけないんだって。万が一、万が一スティークがほどけたって、本体部分が一瞬にしてほどけたなら、それは魔法だよ。レオは魔法使いじゃない。ひと目ひと目編み続けないと完成させられない、人間だ」

 そう。俺はこの数ヶ月、怠惰に任せたり、たっちゃんさんとの関係が切れることを案じたりして、ぐずぐずとこのニットを編んだ、弱い人間。だからきっと、編み物の本にすら載ってない超常現象は起こせない。もう一度ハサミを手に取り、そして言った。

「たっちゃんさん、お願いだ。一緒に切って。ただ、手を添えてくれるだけで、いいから」
「レオ……『左手は添えるだけ』ってやつだね」
「知ってんだ」
「流石に有名だからねぇ」
「そうじゃなくて。いや、そういうこと。左手を添えるだけでいい。力を入れなくていい、だから、一緒に切って欲しい」

 たっちゃんさんは、すうっと息を吸い込み、分かった、と言って俺の右側に立った。
「ほんと添えるだけだからね!正直俺もすっごいすっごい怖いから!絶対力入れないからね、急に大声出したりしないでよね!」
 さっきめちゃくちゃ冷静なことを言っていた割に、俺よりビビっていて笑ってしまった。そう、フェアアイルの赤ちゃんが、ちゃんとフェアアイルになる最初の一歩は、ガチガチにこわばった顔で踏み出しちゃいけない。目はしっかり、カラフルなスティークを見据えて、でも口元は緩んだまま、たっちゃんさんの体温が乗った右手に、力を込める。
 シャキ。
 柔らかな編地は、驚くほど呆気なく、二つに切れた。呼気が俺の口を飛び出そうと、喉の奥で渦巻く。でも、興奮して手元が狂ってはいけないから、息を止め、一気に四度、右手に力を込めた。
「切れた……」
「すごい、本当に、ほどけないんだね」
 ゆっくりとハサミを置き、まだ震える手で、切り口を触る。柔らかく儚げな手触りのくせに、ちっともほどけようとしない。俺は、間違いなく、スティークを切り開いた。
一度切ってしまえば、あとは容易い。もう手を添えてもらうことなく、両の袖ぐりを切り開く。たっちゃんさんが呟いた。
「レオ、これ、もうベストじゃん」
 ただスティークを切っただけなのに、あっという間に、袋がベストになった。たったこれだけのことで。まるで魔法だと思った。俺とたっちゃんさんが、数ヶ月かけて習得した魔法。俺たちは、カラフルに絡み合った、このどうしようもない袋小路に風穴を開けた。
 さっきまで止めていた息と共に、言葉が溢れ出した。
「出来た。すごい、出来たよたっちゃんさん。ありがとう、本当にありがとう。絶対に、俺だけじゃできなかった。俺達は、大丈夫だよ。俺たちは、進めるよ」
「お、おお、ありがと。レオ今まで見た中で一番テンション高い……」
 スティークに意味を持たせすぎた俺と、そんな思惑を知らないたっちゃんさんと。温度差はあるけれど、多分オレンジの西日が俺たちを等しく、暖かく照らした。

 スティークを開いたことで完全に完成した気になっていたが、フェアアイルの裏側には、糸を変える度に出来る糸端が百五十本近く、フリンジのように並んでいる。これを一本一本処理していくという、果てしなく面倒でテンションがさして上がらない作業が待っている。ひたすら無になり、特に頭も使わずやる作業だから、カフェに持ち込んで淡々とこなす。それが終われば、袖ぐりを、伸縮性のあるゴム編みで仕上げていく。全てを終えて、最後に優しく洗いをかけて干したら、ようやく、本当に俺達のフェアアイルのベストは完成した。

 乾いたベストを、あまり見ないようにさっと紙袋に移し、たっちゃんさんの店まで持って行った。完成品を見せたいから、と言って、いつもより早めに店に来てもらった。
「いいの?これ取り出していいの?」
テーブルの上に置いた紙袋を見て、たっちゃんさんはそわそわしながら聞いてきた。
「見よ。俺もまだ直視してないから」
 たっちゃんさんが、袋に手を入れ、そっと、ゆっくりとベストを取り出した。
「うわーすごい、この前よりもっと馴染んだ感じだ!柄もはっきり見える。ほんと売り物みたい。レオ、すごいもの作ったね」
「いや、たっちゃんさんのおかげだよ。……でさ、世話になるついでに、もう一個お願いしていい?タグ、付けたい。その図案を考えて欲しいんだ」

 俺たちで作った、という事が分かるように、付けておきたいと思った。それにふさわしい図案は、たっちゃんさんに考えてほしい、とお願いした。
「いいよぉ、ルイちゃんのアップリケ用に買った布あるし。でもデザインお任せって結構ハードル高いな」
「期待してるから。俺じゃ思いつかないような最高の図案上げてくれるって信じてるから。このベストの、画竜点睛だからさ、よろしくね」
「えー、がりょう転生?異世界転生みたいなやつ?よく分かんないけど、めっちゃ圧かけようとしてることだけは分かる。俺、のびのびやらせた方がいいの作れるタイプだからやめてよー」
 やたらプレッシャーかかる言い方をしたけど、たっちゃんさんを信頼しているのは本当のことだし、どんな変化球でも、たっちゃんさんが与えてくれたものなら受け止めるつもりで頼んだ。

 数日後、たっちゃんさんがカフェに、小さなタグを持って現れた。
「まー、これしかないかなって」
 そう言って見せてくれたタグの絵柄は、あの日スティークを切り開いた、流線型でできたハサミだった。
「ハサミのタトゥーは、古い関係の終わりと、新しい関係の始まりを示してるんだってさ。諸説ありですけどねぇ」
 俺達のバディは一旦これで終わるけれど、フェア島の旅の最後に、新しい関係に到達できるんだろうか。生まれたてのベストは、ハサミ柄を烙印ではなく刻印され、「古い関係を終わらせ、新しい関係を始める」という役割を与えられた。

 ベストが完成したからと言って、即フェア島に行ける訳じゃない。俺は母さんに相談して、悔しいけれど旅行費用を出してもらわなきゃいけないし、たっちゃんさんはお店を休むために予約を調整する必要がある。それに、夏でもニットを着るくらい寒いフェア島に、冬に行こうとは思えなかった。たっちゃんさんの店で、予約表を見つつ諸々考えて、4月末の3泊4日で行くことにし、その場で母さんに電話した。

「お疲れ。フェア島行くわ」
 横でたっちゃんさんが小声で、レオまた全然言葉足りてないからびっくりさせちゃうからー、と言っていた。日程は4月末のゴールデンウイーク中希望だから、と言うと、母さんは
「あんたってほんと勝手に全部決めるのね」
 とため息をついた。また、誰に似たのかなと言いそうになったが、スポンサー様なので堪える。母さんは呆れはしたが
「友達にガイド頼んでみる、一応このへんの時期がいいみたいだけどって聞いとくわ」
と言って電話を切った。

 後日、母さんの友人の町田さんという女性から連絡があり、幸い俺たちの希望してた日程で大丈夫ということになった。20時間かけてフライトし、現地時間で7時ごろにエディンバラ空港に到着、そしてすぐにプロペラ機を乗り継いでフェア島まで行くというかなりの強行スケジュールになった。
「ねえ大丈夫?フェア島で爆睡しちゃわない?」
 とたっちゃんさんが不安げに聞いてきた。俺も自信はない。
「まあ、あっちで一泊するし、一応時間はあるから大丈夫じゃん?」
 住人わずか70人のフェア島にホテルなんかないけれど、野鳥観測所のロッジに泊まることが出来る。結構ワイルドな旅な気がするが、町田さんは何度かアテンドした経験があるらしい。いよいよ旅が現実のものになろうとしている。

 そして俺は、別の現実に向き合おうとしていた。俺は、フリーターみたいな今の生活を終えよう、と思った。フェアアイルを編むという、ひとつの目標を達成し、同級生だったルイも、受験への備えを始めている。今後大人になっても、優しい二人の店長のもとで働くと言うのは、現実的じゃない。身内を離れて仕事に就きたいなら、中卒のままよりは、高卒であるほうが選択肢は確実に多い。
 そして、たっちゃんさんが語ったこと。一馬さんとの出来事に衝撃を受けた一方で、将来を切り拓こうと、バイトも勉強もこなしていたたっちゃんさんの高校時代、そして修業時代の話を聞いたら、俺はこのままでは居られないんじゃないか、と思った。
 だから、俺は、たっちゃんさんの後輩になろうと、この近くの定時制高校に入学しよう、と、またしても勝手に決めた。でもこの「勝手」に文句をつける人は居らず、むしろ一様に「良かった、ホッとした」という顔をしていた。あるべき子供の枠に、俺は戻り、大人たちを安心させた。

 パスポートの申請やニットカフェの繁忙期、入学の準備などに追われている間に、俺は17歳の誕生日を迎え、そして4月になった。
 俺は無事たっちゃんさんの母校に入学した。母さんは式には来ない。
「高校生、しかも二回目の入学式に、親が出ることもないでしょ」
 と言って。俺も全面的に同意だ。だが、俺の元バイト先の店長たちは過保護だ。ばあちゃんもたっちゃんさんも、わざわざ店を空けて出席した。
式の後、たっちゃんさんと二人並んで写真を撮った、いや撮らされた。たっちゃんさんはさすがにスーツは着ていない。そして二人とも何も言わないが、多少バランスが悪くても、看板を挟んで立ったりしない。

 誕生日祝いと入学祝いしてあげる、と言われ、俺とたっちゃんさんは一年ぶりにジンギスカン屋に来た。
「今年はもう、俺が全面的に肉も野菜も面倒見るから。レオに任せたら野菜さんたちがかわいそう」
「了解、俺玉ねぎはちょっとシャキっとしてるくらいが好きだから、よろしく頼むわ」
「レオ、この一年でますますふてぶてしくなったね……」
「気を許したんだよ」
 あっそうなの、それは嬉しいなぁ、とニコニコしている。この人、何でこんなに俺に優しくしてくれるんだろうな。やっぱりたっちゃんさんが大人で、俺が子供だからなんだろうか。来年18歳の誕生日を迎え、一応大人同士対等な立場になったら、こういう振る舞いをしていると「友達」で居てくれなくなるだろうか。
「旅行、あと一ヶ月切ったねぇ。羊さんのいる島目指してんのに、こんなにラム肉食べてていいのかな」
「ま、あちらさんは知らないしいいんじゃね?」
「お母さん、全面的にバックアップしてくれたね、良かったねぇ」
 悔しいけれどその通りで、旅行費は出してもらい、ガイドの手配までしてもらった。
「それ、気にしてるから言わないで」
 身内というものに頼らず、手に職付けて経営者になったたっちゃんさんの前で、こんな甘ったれた姿で居るのは恥ずかしい。
「一個歳取っても、俺まだ親に甘えてんだって思うと、すげー嫌だ」
 ふーん、と言って、肉をひと切れ咀嚼した後、たっちゃんさんが言った。

「ねぇ、今からいいこと言ってもいい?」
「ダメ」
「レオはさ、セブンティーン知ってる?アイスの自販機の」
「ダメって言ったのに」
「セブンティーンって、甘いアイスの商品名になるくらいの年齢なんだよ。あとほら、雑誌とか。レオはさ、まだ、大人に甘えてても全然いいんだ。お母さんに渡航費出してもらったり、学費出してもらったり、それは全然、恥ずかしいことじゃない。これから大学出て、新卒で就職する人たちの中には、あと五年は、親に学費も生活費も出してもらいつつ、バイト代で遊んだりする人も珍しくない。そういう年齢なんだ。急いで大人になろうとすんなよ」

 アイスクリームなんかに喩えられても、全然嬉しくない。でもたっちゃんさんは、うわぁ俺オトナしちゃったわー、と嬉しそうだ。
 酒飲んでこういうこと語って喜ぶのが大人だし、語られてムカつくのが子供。俺達の間には、まだ線が引かれている。あと一年後には、数字上はその線を越えるけれど、俺達の気持ちの上ではどうなんだろう。
 とりあえず身体だけでもでかくなりたい、と肉を3枚確保したけど、俺がどうあがいてもこの人よりでかくなることはない、と気づいて、またムカついた。


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?