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ホームセンター戦闘員、浅間! 配達ブラックリスト編 第四話「共闘! 浅間&山尾&買った物が壊れたと言って実物も持ってこずにスマホで撮影した商品写真を見せて無償修理を迫る水畑vs警官隊!」

  【前】

「無駄な抵抗はやめなさい。苦しむことはありません。おとなしくしていればすぐ死ねます」

 「これ以上抵抗するなら射殺します。抵抗しなければ優しく射殺します」

 「よく言うぜ、楽に殺す気があるやつが警官になんざなるわけねえだろ!」

 「下級人類舐めとんちゃうぞ! おどれらこそ穴だらけにしたるわボケ!」

 警官どもの抑揚のない声が、絶え間なく続く銃声の間から聞こえてくる。配達トラックの影に隠れながら、俺と水畑は怒鳴り返した。山尾は鉈を構えてじりじりとトラックの反対側に移動し、警官どもの側面に回り込む機会を伺っている。

 災難もいいところだ。何故、水畑なんぞと一緒に警官どもとドンパチやる羽目になったのか。俺は歯を食いしばりながら、何メートルか先で横倒しになった車からはみ出ている血みどろの中級人類どもの死体をにらみつけた。もとはと言えば、あの連中のせいだ。

 途中まではうまくいっていたんだ。水畑を公道に引きずり出すこと自体は造作もなかった。

 水畑は物をぞんざいに扱う割には所有権に拘る男であり、修理を要求するくせに肝心の商品を決してこちらに預けようとはしない。店に殴りこんでくる時は、カネも持たずにモンキーレンチやらドライバーで武装してやってくる。

 この凶器は自分で修理を試みる時の道具でもあるらしい。当然、自己修理の結果、商品はさらに損壊する。そのことすらも含めて店に難癖をつけ、スマホで撮影した商品写真だけを見せて修理箇所を割り出すよう迫り、挙句に「無償で自分の家に出向いてその場で直せ」などとほざいては暴れ回って、そのたびに店員に死傷者を出す。

 それが「買った物が壊れたと言って実物も持ってこずにスマホで撮影した商品写真を見せて無償修理を迫る水畑」だ。

 つまり、奴を引っ張り出すには要望通りに無償修理する振りをして商品をこちらに渡させ、そのまま公道に逃れて「返してほしければまずは修理費を前払いしろ」と迫れば良かった。もっとも、人に修理させようというくせに自分の物を人の手に触れさせるのは嫌う水畑から物を受け取るまでに、ずいぶんと苦心させられたが。

 「そんな不良品掴ませといて、カネ払えとはどういうことじゃい! 舐めとんかおどれ!」

 「バカ言え! 安物の作業用電動ドライバードリルで人の頭に穴開けようとしたんなら、壊れて当然だろうが! 殺しに使うなら対人殺傷用を買えよ!」

 「その挙句、自分で分解したら戻せなくなっただと!? 舐めてんのはどっちだ、ああ!?」

 「つべこべ言わんと早よ直せや! ワシの買ったもんやぞ! それ返さへんつもりかい、盗人が!」

 俺たちを追って水畑は公道に飛び出してきた。俺はほくそ笑んだ。警官どもの巡回時間を見計らって騒ぎを起こしたのだ。すぐに警官どもが駆けつける。

 目論見の半分は当たった。警官どもはすぐに来た。想定外だったのは、その警官どもはあいつらを追ってきていたということだ。近くの上級人類用日用品生産工場から、待遇に不満を抱いて逃げ出してきた中級人類どもを。草加のところに行く途中で見かけた警官に殺されていた男は、その中の一人だったらしい。

 当然、警官の数は通常のパトロールの比じゃなかった。逃げてきた中級人類どもはハチの巣にされ、奴らの乗っていた車は横転して、殺し合っていた俺と山尾と水畑のすぐ横に転がった。

 警官どもは俺たちを見た。沈黙は一瞬だった。警官どもは俺たちを銃撃し、さっきまで殺し合っていた俺たちは三人揃って配達トラックの防弾車体の影に逃げ込む羽目になったわけだ。

 銃声は間断なく続いている。このままいけば、トラックがもたない。

 「……おい、水畑。山尾の奴が撃ったら、俺はトラックで突っ込む」

 「ワシに指図する気かい、お?」

 「してねえだろ、ただトラックで突っ込むだけだ。盾がなくなった後、てめえがどうするかは知らねえ」

 「……上等や、ボケ」

 水畑とて、このままトラックに縋り付いていても後がないことはわかっている。自分が生きながらえるためなら、何でもやるのが俺たち人類だ。これが出来ない奴なら、とっくに死んでいる。

 水畑は警官どもの気を俺から逸らすために、怒声を張り上げながら山尾とは反対側のトラックの端へと移動した。そして、同時に飛び出した。警官どもが水畑と山尾を狙って銃口を左右に逸らした瞬間、すでに俺は運転席に飛び乗ってアクセルを全開に踏み込んでいた。警官隊に突っ込む寸前、俺が見たのは中央でバズーカ砲を構えた警官だった。

 「マジかよ――――!?」

 あの中級人類どもがどこの工場から逃げてきたのかは知らないが、そこの持ち主はどうやらよほどブチキレていたらしい。追手にあんなものまで持たせているとは。

 俺は運転席のドアを開けて飛び降りた。感覚がスローモーションになる。トラックの向かう先で、微かに目を見開く警官どもが見えた。

 向こうも向こうで、中級どもの追撃による疲弊で判断力が鈍っていたのか、水畑と山尾に向けていた銃を撃つこともなく、トラックの方に顔を向けている。上級人類の「教育」で機械みたいになったあいつらにも、その程度の感情は残っていたんだな。地面に叩きつけらながら、俺は場違いなことを考えた。

 感覚が戻った。勢いのままに走るトラックが警官隊に衝突するのとほぼ同時に、バズーカが火を噴いた。轟音。トラックは爆発炎上し、荷台が車体から外れて転がり、警官を二人押しつぶした。配達トラックの荷台は徹底的に頑丈に作られている。乗員が死んでもあの中の商品は無傷だ。その高いトラックを台無しにした俺たちは、無事では済まないだろうが。

 だが、そんな先のことはいい。人類たるもの、目の前の状況を切り抜けることだけに集中しろ。俺は痛む身体に鞭打って立ち上がり、素早くあたりを見回す。

 警官どもは今のでほとんどが死傷した。左前方では山尾がパトカーの影に隠れながら、殺した警官から奪ったらしい拳銃で、煙の中の警官どもに銃弾を撃ち込んでいる。右前方には傷を負って倒れた警官の目に、マイナスドライバーを突き刺して抉っている水畑。周辺の家々からは、近隣住民が湧き出してきている。警官どもの銃を奪い取るつもりだろう。いい兆候だ。乱戦になるほど、銃で狙われる確率は下がる。

 「が、ぐ……無駄、無駄な、抵抗」「黙れクソが!」「ぐげっ……」「もらった!」「触るな、それは俺のだ!」「なんだと、この野郎!」

 脇腹から血を流しながら銃を持った手を上げようとした警官を金槌で殴り倒し、拳銃を横取りしようと走り込んできた近隣住民と睨み合う。銃を警官から奪える機会は、俺たち下級人類にとっては貴重な機会だ。残りの配達のことを別にしても、確保しておきたかった。

 だが、俺はさっきの飛び降りでかなりのダメージを受けていた。全身に激痛が走り、ふらついた途端、横取り野郎の方が先に警官の死体から拳銃を取り上げた。

 しかし、俺の方が早かった。袖に仕込んでいたカッターナイフを、横取り野郎に投げつけた。喉に突き刺さり、のけぞるそいつに飛び掛かって、頭を思いきり踏みつけてやった。喉に刺さったカッターが重みでさらに深々と刺さり、息絶えたそいつから拳銃を奪うと、俺は同じく奪った拳銃をこっちに向けていた水畑と銃口を向け合った。共闘はもう期限切れだ。

 「……決闘でもしてみるか、クソ小売り野郎」

 「モンスタークレーマーと小売り店員の殺し合いに使うには高尚過ぎるだろ、そりゃあ」

 次の瞬間には、俺と水畑は痛みと怒りに顔を歪めながら、お互いに向かって走り始めた。闇雲に拳銃を相手に向けて撃ちまくりながら。

 水畑は強力なモンスタークレーマーだ。だが、物に執着する。今しがた、自分が手にした拳銃に執着している。それが勝敗を分けた。俺は小売り店員だ。扱う商品の幅広さから来る豊富な武装が、ホームセンター戦闘員の売りだ。使えるものは何でも使う。

 素人の腕でも銃弾が届きそうな距離にまで来たその時、俺は足を振り上げた。駆け出す寸前に脱ぎ掛けにしていた鉄心入り安全靴が、俺の足から飛んで水畑の顔面にぶつかった。奴がひるんだその一瞬の隙に、俺は至近距離からありったけの銃弾をぶち込んだ。

 血まみれになって倒れる水畑が最期に撃った銃弾は、俺の遥か横を飛んで銃を何丁も抱えて家の中に逃げ込もうとしていた、運のない近隣住民の頭に命中した。

 「おい、浅間!」「わかってる、さっさと荷物回収して逃げるぞ!」

 警官どものわずかな生き残りと、近隣住民の小競り合いが続く中、俺たちは必死の思いで荷台の鍵を開け、残りの配達物をどうにか引きずり出すと、どうにか無事だった水畑の車を奪って、その場から逃げ出した。

 「……で、これからどうすんだよ、この有様で」

 山尾は暗い目で俺を睨んで言った。

 「知るか、配達終えてから考えろ」

  俺は吐き捨てた。

 【続く】

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