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匍匐前進処刑人

 俺は石段を匍匐前進しながら上り下りするのが好きだ。あのひんやりとした硬い感触が、俺の肌を伝う瞬間。ゴツゴツとした容赦ない段差の角にぶつかりながら、俺は悦に入る。

 その日も、いつものように職務質問されないよう、深夜に一人で近所の石段を匍匐前進していると、突然耳元で声がした。

 「助けてください」「ひぃッ!?」

 消え入るようだが、確かに聞こえたそれは女の声だった。俺は恐怖の叫びをあげた。深夜に一人で匍匐前進をしている時に、突然耳元で声が聞こえれば、たいていの人間は同じ反応をするだろう。

 「どうか逃げないで。助けてください」

 しかし、その声のあまりの悲痛さに、俺は惹きつけられるように再び石段に身を伏せた。そうして話に聞き入るうちに、俺の心に沸々と義憤が沸き上がってきた。

 死者は天に昇るのではなく、地面に還る。月まで行った宇宙飛行士が、神も死人も見なかったことからもわかるだろう。死者の声を聞こうと思ったら、墓に祈るのでも天を仰ぐのでもなく、地面に耳をつける必要があるのも当然だ。

 さらに言えば、望まずして死を迎えた者がほとんどであり、特に他の何者かによって命を奪われた者たちの多くは、こうして地面の中から日々うめき声を上げ続けている。無念のあまりに、土に還れないのだ。

 「任せろ、あんたの無念は俺が晴らしてやる」

 俺は力強くそう言った。最初はビビったが、話してみればあまりに気の毒だ。無残に踏みにじられて死んでいった女。この理不尽な世の中、死者の望みを聞いて邪なる生者を殺す者がいてもいいだろう。

 「だが、一つ問題があるな。匍匐前進しながらでないと、あんたの声を聞けないし俺もやる気が出ない」

 声の主の女は絶句していたが、やる気は何事においても重要だ。俺は二本足で歩くと途端に無気力凡庸に逆戻り。死者たちの仇を討つには、ずっと這いつくばっていなきゃならない。

 「とりあえず、下段攻撃の練習をしよう」

【続く】

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