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パートタイム・オブ・ザ・デッド


 「行け、友井! 俺達の未来を頼んだぞ!」

 私をヘリの中に押し込みながら、西広議長が叫んだ。背後に迫る非正規労働者の群れに飲み込まれる議長を振り返り、飛び立つヘリの中で私は涙を絞った。これをもって経営者円卓会議の本部は陥落した。

 「畜生、何でこんなことに……」

 「泣き言を言うな、坂野! 御自分の身を投げ出された議長に顔向けできんぞ!」

 言いつつも、私も心中は坂野と同じだった。世界非正規労働者組合が発足した時、私も鼻で笑った一人だった。経営者と役員以外の全員を非正規とした今、世界規模の労働者組合などすぐに瓦解する。個々の能力やそれまでのキャリア、何もかも違う奴らが立場やプライドを優先し合うばかりだと。

 だが、奴らはSNSを媒介にウイルスの如く拡大した。自分に出来ることをやり、一人の問題に全員で立ち向かうと嘯き、個人としての欲を捨てて大勢で一個の生物の如く振る舞う。

 そうして待遇改善などとほざき、経営者達に大群で詰め寄る様はまるでゾンビだ。彼らが持っていた謙虚な姿勢は、努力を重んじる美しき自己責任精神はどこへ消えた? 最早、正気なのは我々経営者だけか? ようやく強者が搾取され得ない、経営者夢の時代が来たはずだったのに。

 眼下には、非正規労働者が我が物顔で生活する街が広がる。あそこで、どれほどの罪なき経営者達が組合に要求を飲まされ、節税やリストラや移民雇用で必死に稼いできた内部留保を、不当に搾取され続けているのか知れない。激しい義憤が胸中に渦巻く。

 「必ずや、正しい資本主義社会を取り戻すぞ! まずは秘匿部隊『最後の正社員達』と合流する!」

 ヘリに乗り込んだ僅かな生き残り経営者達を鼓舞し、私は視線を前に向ける。この事態を引き起こした忌わしきSNS「スクラム」の本社ビルが見えて来た。その傍らの雑居ビルに『最後の正社員達』がいる。

 しかし、降下し始めたヘリの窓から見えたのは、雑居ビルの屋上に掲げられた組合の旗だった。

【続く】

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