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36年ぶりのW杯出場がもたらしたもの 『ペルーの叫び』≪6/4-10開催!ヨコハマ・フットボール映画祭2022≫

ペルーと聞くと『コンドルは飛んでいく』の印象的なメロディが頭の中で流れます。と同時に、インカ帝国、マチュ・ピチュ、ナスカの地上絵といった古代文明も浮かびます。フォークロアの象徴のような国ペルー。では現代のペルーは?

みなさん、こんにちは。ヨコハマ・フットボール映画祭note公式マガジン第51回を担当します、スタッフのかめです。よろしくお願いします。

2018年、ペルー代表は実に36年ぶりにFIFAワールドカップ本大会に出場を果たしました。ブラジル、ウルグアイ、アルゼンチン、コロンビア。並みいる強豪の中、南米予選を勝ち上がるのは至難の業です。予選を5位で終えたペルーは、出場をかけてニュージーランドとの大陸間プレーオフを戦いました。ワールドカップに出場することは、ペルーの人々にとってどのような意味を持つのか。代表選手を含め、多くの人々の証言をもとに、彼らのアイデンティティに迫った映画が『ペルーの叫び 〜36年ぶりW杯出場の表と裏〜』です。

36年ぶりに出場した2018年FIFAワールドカップ・ロシア大会は、ペルーの人々を熱狂の渦に巻き込んだ。それはサッカーの大会に出場したという事実だけではなく、自分たちのアイデンティティを再考するきっかけともなった。80年代から90年代にかけて、ペルー共和国は未曾有の経済危機を経験し、政治腐敗やテロに苦しんだ。過去を振り返り、これからのペルーを共に考えていくドキュメンタリー作品。

ペルー代表がW杯で残したもの

ペルー代表とそのサポーターは、2018年ワールドカップ・ロシア大会で大きなインパクトを残しました。クスコから全財産をはたいて駆けつけたファン。工夫を凝らした被り物や衣装でペルーへの愛を叫ぶ人々。彼らはこの大会のベストファン賞を受賞しました。選手のプレーに一喜一憂し、ゴールの瞬間に涙する彼らを見ていると、ワールドカップに日本が出場した時の気持ちと重なり、胸が熱くなります。しかし、ペルー代表は果敢に戦ったものの、グループリーグを突破することはできませんでした。

ワードカップに出場したことで、ペルーの人々は抱えてきた苦しみが今だけはつらくないと感じ、ペルー人であることを誇りに思います。と同時にある疑問が頭をよぎります。喜んでいる私たちはいったい誰なのか?ペルーとはいったい何なのか?サッカーを通じて目覚めた感情の正体を、映画はさらに掘り下げていきます。

映画の背景としてのペルー近代史

15世紀に繁栄したインカ帝国は、スペインからの侵略者に滅ぼされました。ペルーがそのスペインの植民地支配から独立したのは、今から200年前の1821年です。ペルーは南米におけるスペイン植民地体制の大きな拠点だったので、スペイン軍を追放するために、近隣国がペルーの解放を支援しました。先住民族の中から自国独立の機運が盛り上がったわけではなく、アルゼンチンやベネズエラの指揮により独立を得たことは、ペルーの国家・国民意識の形成に遅れをもたらしたのかもしれません。

1980年代から90年代のペルーは、アラン・ガルシア大統領のもと、ハイパーインフレによる経済危機を経験しました。さらに武装組織によるテロが、日に日に過激さを増していく時代でした。人々は子供にサッカーを学ばせるどころではなく、毎日の食料を得ることで精一杯でした。誘拐や殺人が頻発し、彼らは徐々にペルー人には何の価値もないと思い込まされていきます。

その後、1990年にアルベルト・フジモリ大統領が就任。強硬な押さえ込みにより、テロは徐々に沈静化しました。一方で彼は議会を無視し、国会を閉鎖、裁判官や議員を勝手に替え、法律や憲法を恣意的に捻じ曲げました。倫理観は崩壊し、人々はわずかな賄賂で法を破ることに疑問を持たなくなります。

料理はペルーを物語る

ペルーは非常に多くの民族から構成される複雑な国です。彼らは人種分離と人種的均質という、二つの相反する経験をしてきました。スペイン人が来た時は、先住民族は向こうへ、スペイン人はこちらへと分離されました。289年後に独立すると、インディオもスペイン人もこれからは同じ市民であると、均質化を求められます。しかし均質化は、先住民族の母語や服装、故郷を捨てることにもつながってきます。多民族が一つの国家で互いを尊重しあって生きる。それはたくさんの香辛料と具材で、美味しく煮込んだ料理にも例えられます。

ペルー料理のシェフとして世界的にも有名なガストン・アクリオは、人々の融合についてこんなエピソードを披露します。

ペルーに住む日本人とイタリア人が恋に落ちた。一緒に暮らしているが、彼は生魚に醤油をつけて刺身で食べたい。彼女は生魚にオリーブ油のカルパッチョが食べたい。そして『ティラディード』(生魚のペルー料理)が生まれた。料理で私たちは互いの違いを認め合い、皿の上で一緒になって世界を魅了する。ではなぜ料理以外でも互いを認め合い、愛することができないのか?

料理でペルーを一つにするというガストンの取り組みは、2015年に公開されたドキュメンタリー映画『料理人ガストン・アクリオ 美食を超えたおいしい革命』でも紹介されています。

作家であり詩人のニコラス・イエロビは、自国のことをこう描写します。

「ペルーの構成はとても複雑で、例えるなら具だくさんの料理だ。ペルーには数えきれないほどの文明があふれている。さらにいろいろな人種も加わっている。それを一つの鍋の中で煮詰めるにはとても時間がかかるのだ。私たちは素晴らしいものを作っている途中。ただ作り終わっていないだけ」

ワールドカップ・カタール大会を目指す

ワールドカップに出場できなかった36年間は、ペルーが政治的にも経済的にも底辺を経験し、苦しみながら上を目指した時代の象徴とも言えます。だからこそ、二度とその時代に戻りたくないという強い思いをこの映画に感じました。人々は自国に対する希望と警告を繰り返し口にします。取り戻したペルー人としての誇りを、再びなくさないように。

ペルーは前回同様、2022年ワールドカップ・カタール大会の出場をかけて、この6月に大陸間プレーオフを戦います。『ペルーの叫び』を見ると、ワールドカップが待ち遠しくなります。そしてペルーのことを知ると同時に、私たちのとってのワールドカップの重みを、一緒に考える機会になればと思います。

『ペルーの叫び 〜36年ぶりW杯出場の表と裏〜』
2019年/ペルー/82分
原題:Identidad
監督:ホセ・カルロス・ガルシア、カルロス・グランダ
出演:ルイス・アドビンクラ、ペドロ・アキーノ、ジェフェルソン・ファルファン

ヨコハマ・フットボール映画祭 2022」は6/4(土)-5(日)にかなっくホール(東神奈川)、6/6(月)-10(金)シネマ・ジャック&ベティにて開催します。

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