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巳之助さんが女優!?ドラマ・リーディング『それを言っちゃお終い』

 先週の水曜日に、平田広明さんと坂東巳之助さんのドラマ・リーディング『それを言っちゃお終い』を見てきました。フランスを舞台に12の短いエピソードをつなげた、連作短編集のような味わいです。六本木トリコロール・シアターの舞台上には5脚の椅子。向かって右奥には電子ピアノが置かれ、ミュージシャンの玲兎さんが場面に合わせた曲を弾き、またスマホの音やドアベルを巧みに再現します。

 平田さんと巳之助さんはフランス人夫婦で、巳之助さんは妻である女優の役。世間からは女性のからだと権利のために戦う女優という見方もされています。私は巳之助さんの女形は見たことがないので、今回どんな女性になるか想像がつきません。なにしろ最近見て印象に残っている巳之助さんは、『新・陰陽師』の平将門や、研の會で見た『夏祭浪花鑑』での義平次。怪演ともいえるこれらのキャラクターがフランスの女優に!?

 ところがほっそりとした巳之助さんが足を組んで椅子に座る姿は、白いオープンカラーのシャツに濃い色のパンツという青年らしい外見にも関わらず、しっかりとフランスの女優を感じさせてくれます。仕草がいかにも女性を演じていますという感じでもありません。声も無理して作っているようには聞こえません。さりげない口調はどことなく中性的で、それゆえに男性と対等にやりあう女性像が説得力を増していたように思います。

 平田さん演じる夫はやはり映画業界で働いていて、俳優かプロデューサーか監督といったところ。それなりにステータスのある男性ですが、巳之助さんは彼が少しでも彼女の上に立つ態度を匂わせるのが何よりも許せない。平田さんはそんなつもりはないと思っているので意見がかみ合いません。そして妻は頭に浮かんだことを場もわきまえずすぐ口に出してしまうタイプ。一方で夫は必ず吟味して、言ってよいこと、悪いことを常に考えて発言している(と自分では思っている)タイプ。ふたりのギャップが面白く、会話は議論になり、平行線どころかどんどん外れていくので、思わず笑ってしまう場面も何度かありました。

 フランスの脚本らしく議論する内容はけっこう攻めています。イスラム教徒の女性がかぶるスカーフに対する見解、エイズ、妊娠中絶、児童性愛、代理出産などなど。

 八月納涼歌舞伎では『団子売』という演目で、 中村児太郎さんと仲睦まじい夫婦を踊ってみせる巳之助さん。 こちらも夫婦の話ではあるものの、歌舞伎座の巳之助さんは杵造という夫の役です。 言葉を交わさなくても息ぴったりの『団子売』 夫婦の舞踊は、ドラマ・リーディングで演じられる夫婦とは対照的です。日仏の違いが鮮やかに感じられ、はからずもナイスな組み合わせだなと思いました。言葉で語らずとも踊りで二人のおしゃべりを表現してみせる歌舞伎。会話だけでさらに行間のニュアンスまで表現するドラマ・リーディング。いろいろな舞台があることを面白く感じます。

 終演後は平田さん、巳之助さんがステージに登場し、ちょっとしたアフタートークがありました。平田さんは本を読んでいる途中で、歌舞伎のように巳之助さんに大向うの掛け声をかけるとしたらどの場面だろうと考えたりするのだとか。そういう集中が途切れたときはスムーズな朗読がつかえることも。さらに中村隼人さんの舞台で、平田さんが初めて大向うをかけたエピソードも披露してくれました。巳之助さんのリーディングはほぼパーフェクトでしたが、一度だけ「ドアのベル」の代わりに「ベルのドア」と言って、すぐに言い直したのがかわいかったです。


 ここまでが水曜日の感想。見に行った翌日に書いたのですが、中村米吉さんが出演した回も見に行ったので、その感想も少し追加します。米吉さんは女形の舞台を何度も拝見し、また新作歌舞伎『ファイナルファンタジーX』のユウナ役でも強烈な印象が残っています。米吉さんの女優役は見る前から想像できる気がしたのですが、実際には思った以上に主張の強い女性の面が出ていて、手強い女という印象を受けました。平田さんは妻との議論をどこかで楽しんでいる夫というより、小うるさい妻の文句にタジタジとしている夫のようにも見え、一対一の相手が変わるだけでこんなに印象が異なるんだなあと、とても面白く思いました。米吉さんはリーディングというよりも、演劇の色合いがずっと濃かったです。巳之助さん、米吉さんのおふたりが解釈し表現した女性が、見事に異なっていたのを嬉しく思いました。演じるって面白い。歌舞伎では得られない体験だったので、またこういう機会があればいいなあと思います。




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