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絶対トトロじゃない

犬のための山のお家、略して犬山家に移って一週間が経った。

荒れ放題の雑木林(庭)を開墾した話でも書こうと思ったけど、やめた。あれをもう一度反芻する気力がない。たかが200坪と言うなかれ、どこまでもヘタレ。

今太郎は、初日の夜にいきなり開墾前の庭の藪の中で行方不明になるという小事件があったものの、順調に新しい家や環境に慣れている。

しかしここへきて、全く想定外の新たな課題にぶち当たってしまった。

犬山家は一応管理別荘地の敷地内なのだが、その一番端っこのヘリのところに建っていて、200坪の庭部分は境界なしに、そのまま原野へと続いている。

原野に出てすぐのところは少し開けていて、その先は深い藪と傾斜地、藪の向こうは浅間山の裾野に続く森林、そのまた先に白根山系が望める。

借景としては申し分ないのだが、どうやらすぐそこに、何やら濃厚なケモノの気配があるらしいのだ。

6月に初めてここを訪れた時も、今太郎は建物やぼうぼうの庭には見向きもせず、 一目散に原野の藪へと突っ込んで行き、この先は人間にはむーりーーというところまで来ると、リードをいっぱいに引きながら聞いたことのないような声でピーピーと鳴いた。

捕獲される前は茨城の田舎を放浪していたらしいから、その時の記憶が蘇るのかね?などと話していたんだけど、、どうやらそんな生易しいもんじゃないっぽい。

野生が、呼んでいるっぽい。

ジャック・ロンドンかよ…

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傾斜地の深い藪は、いかにもなんらかのケモノが巣穴にしていそうな穴がぽかぽかと開いているところがあって、絶対この先に大トトロがいるな…と誰しもが考えそうなところだが、現実はトトロなんかじゃない。絶対、タヌキかキツネ。もしくはイノシシ。最悪、クマ。

そこに今太郎は、未だかつてない渾身の力でリードを引っ張って突っ込んでいこうとする。こんなこと、引き取ってから一度もなかった。

祖母の家の広い庭でオフリードにしていて、入り込んだネコを全力で追いかけた時に見せたダッシュが、たぶん同じ動きなんじゃないかと思う。

ただ単に藪で遊びたいのではなく、何らかのケモノの気配に興奮して我を忘れているのだと気づいたのは、リードで制御をかけている私を振り向いた時の目の輝きが異常だったからだ。

そしてようよう説得して家に連れ帰っても、間断を置かずすぐに外に出たがる。デッキから一心に原野方面を見つめて動かない。

ヤバいでしょこれは完全に。

リスちゃんやウサギちゃんじゃないでしょあそこにいるのは。てかおまえ、もしあそこから怖い系のケモノが怒り狂って出てきたら、絶対私を置いて逃げるよね?おかしゃんは今ちゃんより速く走って逃げる自信ないよ…

そして一昨日の夜。犬山家チムメンがデッキに出て静かに煙草を吸っていたら、出た。トトロじゃないやつ。多分イノシシ。

原野と犬山家の庭の境目の、ちょうどドラム缶焼却炉を置いたあたりの藪がガサガサと動き、ブヒ、ブヒ、というような、フンガフンガ、というような鼻息が聞こえてきたそうな。ぎょえー

夜中にブヒブヒ言うやつって、なに?トトロなの?アナタはトトロなの?(錯乱)

ということで、昨日からは今ちゃん庭から原野に出て行くの一切禁止令発令。もっぱら玄関から出て別荘地の敷地内を散策する散歩に変えた。

が、すきあらば山林方面に入って行こうとするし、帰宅して家に入る前に一度は原野方面に向かおうとする。基本的に、野生みのある興奮を伴う散歩だ。

仕方ないので、緩めもせず張りすぎもしないリードワークをキープしながら、ゆっくり手繰って今太郎の近くに寄り、私が先に座って言い聞かせる。

あのね、あの先には今ちゃんが関わっちゃいけない子たちが、気分良く昼寝しているんだよ。今ちゃんが行ったらみんな怒るし、困るんだ。彼らと関わるってことは、おかしゃんとはもう一緒にいられないってことだよ。おかしゃんと暮らしたいなら、あそこに立ち入ってはダメだ。

もちろん通じているとは思わない。だけどそう話して背中を撫でているうちに、今太郎も私に背を向けたままおもむろに座り込み、じっと原野を見る瞳が少しずつ穏やかになってくる。

そうして『帰ろう』と言って立ち上がると、そのまますんなり踵を返して、その辺を嗅ぎ嗅ぎしながらスムーズに戻ってきてくれた。

やれやれ。

やはり犬は自然と調和したものではないのだとつくづく思う。人と共にあり、ケモノたちの距離感や約束事を守る術を失ってしまった。

それは決して不幸なことではなく、彼ら自身が何万年も前に選び取ったことで、私たちの幸せでもある。人間には託された責任がある。

今ちゃん明日も原野には行ってもいいけど、手前までだよ。キミにはそのことを理解するのは難しいと思うけど、おかしゃんは絶対にそこは譲らない。

そしておとしゃん、早く柵作ってください。




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