感想文:君たちはどう生きるか
結論から言おう。
私はまあ良かったと思う。
というか私がこの映画にどれくらいの気持ちを持っているかはFilmarksの私の点数を見て貰えばわかると思うのでここに貼っておく。
以下ネタバレあり配慮なし!
そのまあの部分というのは後々語るし世間的に言われ尽くされていることだと思うが、私はまず前提としてメンヘラ文学が好きである。ここでいうメンヘラ文学というのは、作者が作者の体験をベースにして作り上げた作者を象徴するストーリーを含む創作物のことである。メンヘラ文学アニメ監督としての代表は庵野秀明監督!そう私はあのタイプの創作物が好きなのだ。
今回、久しぶりに宮崎監督はメンヘラ文学をやってくれたと思った。紅の豚がおそらく今まであの人のメンヘラ文学だったのだろうが、私はそこのリアルタイム世代ではないのと、大人になってからちゃんとは見ていないのでなんとも言えない。しかし、今回は完璧にメンヘラ文学だったと思う。
そもそも個人的な話だというだけで私には加点なのでまずそこが良かった。あの宮崎監督がそういうことをやってくれるとは思わなかったし、メンヘラ文学とはそれそのものがメンタルが若くないと書けないと思う。最後かもしれない状態でそれを見られて良かったと思う。
語り方とベースに関しては不思議の国のアリスが近いなと思った。悪夢を語るような妙な脈絡のなさとキャラの配置、動物が元の姿に戻るところや、あの世界の液体が全体的に粘度高めなところもそれを感じた。(ディスニーのアリスの泣くシーンの涙もあんな感じのイメージ)
そういう意味では大叔父さんはハートの女王で青サギはホワイトラビットだったと思う。
そしてもう一つ個人的にはETを感じた。
ソースは確かではないが、ETは当時スピルバーグが親の離婚を乗り越えた時の体験をベースに作った物語だと聞いたことがある。つまりあれはスピルバーグのメンヘラ文学なのだが、それと同じような語り方を感じた。ここからは主人公が吾郎監督説なのかやっぱり主人公も駿監督なのかで意見が分かれるところだが私は息子の吾郎主人公映画だったのか?と思った。(あの頃が宮崎駿監督の生まれ年のようなので駿監督本人は後から生まれてくる弟の立場なのか?とも思えるがそこまでの考察は私はまだしていない)
実際私は宮崎駿監督が昔描いた未来予想図的なものに息子の影が全くなかったことに正直引いていたが、ここに来て急に意識したのかなと思ってほっこりした。
そういう意味で良かったな、と思う。
最後に、画面的には今までのセルフパロ祭りだったと思う。もちろん作画は最高に良かったし密度がものすごく高かった。これが現代の密度だなと思った。画面のセルフパロとしては全部の作品の要素入ってるんじゃないかな。そういう意味で本当に人生のまとめに入ってるのかなというのを感じた。
ただそんなに良かったのにじゃあなんであの点数なのかよと思われるかもしれないのでその理由を書くが、私は基本的に脚本の意味が通っているかは軽視する傾向にある。明確に具体的な説明がつかなくても「なんだかわからないがとりあえず良かった」というものが好きだからだ。
かといって脚本の意味がわかるのとわからないのではわかる方がいいには決まっている。なくても私は許容する、というだけである方が絶対にいい。そして私の脚本軽視スタイルはオタクの特殊性癖であり、世の一般の人はまず脚本がしっかりしないと評価しないというのも理解はしている。なのでそう言った観点から見たらもちろん脚本の出来は良くないと思う。脈絡もないし。
だからそう言った意味で人を選ぶとは思っているが…でも、世の中詳しく説明するだけが全てじゃないんだよ。いや詳しく説明されたらもっと普通に面白かったかもしれないが、何よりポニョの監督なんだよ。宮崎駿は千と千尋以降もうエンタメ性より芸術性をとっていると思っているのでそもそも私は意味のある脚本が出て来るとは思っていなかった。
だからラピュタとか魔女の宅急便みたいな完成された脚本を期待している人に不評なのはわかる。わかるが…何十年前の作風だよそれ!
後、個人的に雑多なことを述べると
主人公のキャラデザが良かったし模写したい!
いけめん名高い菅田将暉に汚いおっさんやらせたのウケる
あいみょん声優やれと思ってたからやってくれて嬉しい!
という感じだ。後、これは個人的な趣味なのだが無国籍な地獄みたいな…あの世みたいなものが好きなのでそこが良かった。自分の見る夢もあんな感じだからかもしれない。
そんな訳で総評は「私は良かったし好きだけど大衆にはお勧めしない」です。
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