365日の紙ヒコーキから読み取る課題探究(後編) ~中学理科授業での探究(inquiry)~
この記事は 理科教育 Advent Calendar 2020 の20日目の記事です。
前編では、学習指導要領での新しい授業のカタチについて、365日の紙飛行機の歌詞に喩えて述べました。また、後半にA先生についての課題を提案して終わりました。
今回は、「課題探究的な学習」にチャレンジするA先生を通して、中学校現場における探究(Inquiry)について述べたいと思います。
【再掲】中学理科教師A先生に関して
【問い】次の文章は、ある中学校の理科教師A先生の「授業の様子とA先生の教科授業に対する考え」を記述したものである。よく読んで次の問いに答えなさい。
(1)あなたなら、A先生の授業に「どのようなツッコミ」を入れますか
(2)A先生が課題探究的な授業を目指しているとして、あなたなら「どのような助言」を行いますか。
《A先生に関するプロフィール》
・40代半ば(教員キャリア20年)
・指導教科は理科
・校務は生徒指導部、生活係
・男子バスケットボール部顧問
・勤務校は、かつては荒れていた。
《A先生の授業の様子とA先生の教科授業に対する考え》
教室でA先生の声が響いている。生徒は静かにA先生の話を聞いている。
A先生はテンポ良く生徒に語りかけ、生徒のつぶやきを上手に拾いながら授業を展開している。時に、冗談を言って生徒を笑わせる。
A先生は講義ノートを手に黒板にどんどん書き込む。生徒はこれを熱心にノートに写す。A先生は説明がわかりやすいことで評判である。A先生は生徒がつまずきそうな箇所では、あらかじめそのことを伝えて、説明にICT(図や動画)を活用したり、たとえ話をしたりして、理解を促す工夫をしている。その間、生徒はほぼ無言でA先生の話を聞き理解につとめている。A先生は、よく「質問があれば聞いてください」と呼びかけるが、これまで質問が出たことはない。
A先生はよく問題集(ワーク)の課題を提出させる。学習したことを定着させるためには問題練習に数多く取り組ませることがよいと考えている。
A先生の作成するテストは、評価観点に忠実に作られる。全体的な難易度や出題数と試験時間に配慮しており、選択式解答と記述式解答のバランスも良い。A先生は、思考力を求めるテスト問題を考える場合、複数の基本的な知識を組み合わせたり、総合判断したりして解答させる出題を心がけている。日常の授業でこのような思考力を身につけさせる工夫として、生徒に特に理解して欲しい内容については、丁寧に授業で説明して、記述する内容についてはキーワードを与えたり、模範文例を示したりしている。
テスト後の採点で、重点指導した思考力に関する設問が、ほぼ教えたとおりの正答記述が多数であることに安堵しつつも、何か物足りない思いを持っている。それは、これだけ教えても正答できない生徒がいることである。だからといって、教えた生徒全員が正答することは期待していない。ただ、普通の思考力があれば、もう少し多くの生徒が正答するはずなのにと感じている。
A先生には最近気になることがある。それは最近の生徒の勉強方法のことだ。テスト前になると一問一答式の練習問題に取り組む生徒が多い。生徒同士で問題を出し合う姿に微笑ましさを感じつつも、一方で、生徒たちは「暗記して得点をとる」勉強方法だけを取り入れている気がしている。
A先生は自分の教科は、暗記だけで得点をとれるような教科ではないと考えている。だから、生徒のテストに向けた勉強方法が違うことを伝えたいと感じている。もっと、教科のもつ面白さや楽しさを味わいつつ勉強して欲しいと願っている。
以上のことが最近のA先生にとって、うまく説明ができないけれども悩んでいることである。
(1)A先生の授業にツッコミを入れてみる
【課題探究的な学習の授業イメージ(理科編)】を参照して、A先生に、あえてツッコミを入れてみましょう。(ただし、あくまでもA先生は架空の人物として扱います。また、たとえ似ている人物があなたの周辺にいたとしても、以下のような直球勝負を挑むことは、その後の対人関係に影響を及ぼす可能性がありますので、十分ご配慮願います。)
・理科授業はすべて教室でやるのですか
・観察や実験が必要な授業は理科室で行うのですか。
・どのような工夫(導入の工夫、動機付け)で生徒は授業を静かに聞くのですか
・静かではない(落ち着きがない集団)の場合は、どのような対策をしますか
・その授業での「目標」「めあて」は誰が決めていますか
・生徒の授業記録はすべてノートなのですか
・授業で、過去に学習したことを参照するときは先生が伝えますか。それとも、生徒に振り返りを促しますか。
・「生徒のつぶやき」は、挙手発言では無く、あくまでも「つぶやき」ですかだとすると、先生の指導するすべてのクラスに「つぶやく生徒」がいるのですか
・「生徒のつぶやき」は、つねに「先生の意図するつぶやき」なのですか
・「意図しないつぶやき」は授業でどのように扱われますか
・すべての学級で同じ板書で同じ授業展開をするのですか
・説明はわかりやすいと評判ですが、自分では何か工夫している点がありますか
・「質問が出ない」は、質問の出る余地が無いほどのわかりやすい説明なのですかそれとも、他の要因が考えられますか
・先生の授業は説明中心で、生徒はそれを理解するために聞くことに重点が置かれますか
・先生は、生徒に「本質的な問い」を質問したときに、生徒の応答がすぐに無い場合、先生が「本質的な問い」に対する回答をすぐに伝えますか
・「生徒がつまずきそうな箇所」は、何を根拠に決めていますか
・あらかじめキーワードを与えたり、模範文章で指導したりすることで生徒の思考力はつくのですか
・ワークなどの問題に多く取り組ませることで、どのような力が身につくのですか
・ワークなどの課題提出は、観点別評価にどのように位置づけられていますか
・先生は、思考力を試すテストで得点をとらせるための授業をしているのですか
・「教えた通りの思考力」というのは、「先生と生徒」との間だけのやりとりですか
・授業の中で、「生徒どうしの言語活動を通した議論」や「他者の意見を聞く機会」あるいは、「自分の考え方を振り返る機会」はあるのですか
・生徒は、自分の意見や考えを安心して述べられる集団の雰囲気の中にいますか
・間違った意見や考えを表明しても、仲間が受け入れるような雰囲気がありますか
・誤概念を持った生徒には、先生だけが正しい概念を伝える役割だと思っていますか
・先生は「得点のとれる生徒を育てたい」のか、「思考力を身につけさせたい」のか、どちらを重視したいのですか
・先生にとって、扱う題材のひとまとまりは1時間扱いが基本ですか
A先生、「課題探究的な授業づくり研究会(仮称)」に参加する
「課題探究的な授業づくり研究会(仮称)」で配付された資料の抜粋
「課題探究的な授業づくり研究会(仮称)」にご参加いただきありがとうございます。本研究会は、「日常の授業で、もっと生徒の主体性を育みたい」という主旨のもと開催されています。次の文章は「課題探究的な学習の授業づくりのイメージ」を示しています。普段の自分の授業と比較して考えてみましょう。それでは一緒に楽しく勉強しましょう!
【課題探究的な学習の授業イメージ(理科の例)】*新学習指導要領対応
□学習課題は、生徒が設定する(あるいは、課題に必然性を持たせる)
*動機付けのための授業導入が鍵となる
*導入で用いる現象・事象に対する問いから学習課題を設定する
*学習課題の共有は、題材によって「個人の課題」「集団の課題」と異なる場合がある
*「教師が一方的に与えた課題ではない」ことが、学習の動機付けとして重要
□学習課題によっては、条件制御を加味した仮説をたてる場合がある
*「仮説」と「予想」のちがいに留意する
□課題解決のために「見方・考え方」を働かせる
*新学習指導要領において「働かせるべき見方・考え方」を整理する(伝える)
*学習指導要領解説(理科編)に掲載されている例
〔見方〕
「エネルギー」を柱とする領域:主として量的・関係的な視点で捉えること
「粒子」を柱とする領域:主として質的・実体的な視点で捉えること
「生命」を柱とする領域:主として多様性と共通性の視点で捉えること
「地球」を柱とする領域:主として時間的・空間的な視点で捉えること
〔考え方〕
・比較したり,関係付けたりするなどの科学的に探究する方法を用いて考えること
□教師の指導スタンスは「指導者ではなく支援者」「考えさせるための支援」
*教師は指導的・説明的発言を極力避ける
*教師は生徒が思考に没頭する際の「沈黙の時間」に耐える
□課題解決のために「過去の学習の振り返り」が用いられる
□課題解決のための「個人の試行錯誤(仮説の見直し・再実験など)」がある
□課題解決のための「他者との協働(交流・傾聴)」がある
□最終的な課題解決は、極力生徒の言葉を大切にして全体共有する
□授業時間の制約はあるものの、必ず「生徒にゆだねる時間」を確保する
□扱う題材にもよるが、ひとつの課題探究的な学習に2~4時間あたりの時数を想定する
(学びの連続性、継続性を勘案すると、週あたりの最大授業時数が適当と考えられる)
(2)A先生に助言を行う
(同僚性の発揮と校内研修での主題)
A先生は、「課題探究的な学習の授業イメージ」についての研修を受けて、自分の授業を改善したいと思い、同じ会場にいたあなた助言を求めてきました。あなたは、課題探究的な学習の経験があります。あなたなら、A先生にどのような助言を行いますか。A先生の授業スタイルを知っている先輩教師の立場で助言する内容を考えてください。
○「学習指導」と「学習方法の指導」を区別するとよい
○これまでは「学習指導」に重点を置きすぎていたかも知れないね
○授業導入で「不思議さを感じる事象・現象」から素朴な問いが生まれるといい
○その事象・現象について「生徒がもっと知りたい」と感じるような工夫が必要だね
○知りたいことを明らかにするための本時の課題をたてる支援をしよう
○学習課題の解決の見通しを持つための予想や仮説も大切にする。ただし、予想と仮説は違うので気をつけること
○学習課題が明確になり、見通しができると、子どもは「解決する方向へ動き出す」ものだ
○ここまでくると、教師があまり、あれこれ説明する必要がなくなるよ
○課題解決のために使う実験器具や装置はすぐに使えるように準備しておこう
○安全面の配慮は忘れずに、多少の失敗はやり直すように呼びかけるといい
○子ども同士の会話に注意深く耳を傾けて、共有すべき情報は全体に伝えよう
○子どもは、間違える。それを教師も学級の仲間も受容する関係を大切にしよう
○課題解決直前では、熟考して全体が静まる時間あるかもしれないけど、沈黙に耐えよう
○授業時間終了間際だからといって、結論を教師が言っちゃダメ
○テスト得点だけでなく、「教科の楽しさ」を伝えたいのなら、「先生が動機付けの方法を考える」「生徒に学習方法を教える」ことを大切にするとよい
○特に「課題探究的な学習の方法」を教えることで、自分の学習の段階がわかり、解決するための方法を知ることで、主体的に学習に関わろうとする態度に少しずつ変化する
○他の学級の仲間も同じ視点で取り組んでいるのだから、話し合い活動も自然に活発になるよ
○教師の指導よりも「友達の言葉」の方が理解につながることも多いよ
○子ども同士の仲間との協働的な学び自体が思考力を育むことにつながることもあるよ
○このような学習を繰り返すと「考えることを楽しむ」ことにつながるので、「教科の楽しさを味わえる」ようになり、テスト勉強に取り組む姿勢も変わってくるかも知れない
○けれども、今までやってきた基礎を定着させるための講義形式授業も大切にして欲しい
○ワークなどの提出課題も「何を目的に、どのように取り組むか」を教えるとよい
○そうすると提出課題の取組で「評価として何を見取るか」が教師も生徒も明確になる
○ただし、提出課題で見取ることができるのは評価の一部だと言うことを忘れないで
「課題探究的な学習の授業イメージ」は、教科特有の知識を伝達する指導(コンテンツベースの指導)ではなく、学習方略(コンピテンシーの指導)なので、理科に限らず全教科に共通した「学び方、学習方法」を対象としているので、教科に関わりなく、「授業方法や方略に関する校内研修」が成立しやすいと考えます。
A先生への助言も他教科の立場でも伝えることができると考えています。
いわゆる、カリキュラム・マネジメントの視点なのでしょうか。
「授業をする」と「授業をつくる」
「授業をする」(現場理科教員の実情)
前項では、これまで、一般的な中学理科教師のA先生が、いわゆる「主体的・対話的で深い学び」へ向けた授業改善に向けて一歩足を踏み込むまでの過程を記述しました。
ただ、現場ではA先生のように授業改善の必要性を感じて行動を起こし、校外の研究会に参加したり、先輩理科教員から助言を受けたりするのは稀なケースだと言えます。担任業務や校務、部活動指導に追われて、教科授業への教材研究ですら満足に行えないのが現場の実情です。ですから、多くの理科教員は、自分の意思で研究会や学会に所属しない限り、最新の教育情報を入手する機会は少ないかもしれません。さらに、授業実践(教材や教具)に関する情報を得ることや研究授業を行う機会は少ないと言えます。ましてや、理科教育学に関するエビデンスを得ることはありません。
さらに、今年度はCOVID-19感染防止に伴い校外における研修の中止もあって、現場理科教員は、自ら手を伸ばさない限り「新学習指導要領の理念から評価の在り方の適切な理解」や「主体的・対話的で深い学び」に関わる正確な知見を得ずに次年度の学習指導要領全面実施を迎えることになるのです。
私はこのことに強い危機感を感じています。
ともすると「4(または5)つの観点別評価」から「3つの観点別評価への変更」のみがクローズアップされて、従来の評価観点からの「安易な置き換え」が起こらないことを願っている一人です。
ぼんやりとした「主体的・対話的で深い学び」
「主体的・対話的で深い学び」という言葉を聞くようになってかなりの時間が経過しました。(これ以前は「アクティブ・ラーニング」が有名でしたが…)学習指導要領改訂に向けたワーキンググループの資料では、主体的・対話的で深い学びの実現の見出しがあり、「主体的な学び」「対話的な学び」そして「深い学び」について解説が記述されています。これは「主体的・対話的で深い学び」の意図について理解できる内容になっています。しかしながら、この部分だけ切り取ると、目的としての「主体的・対話的で深い学び」と捉えられる可能性があります。
今回の学習指導要領の要旨は、「各教科の見方・考え方をはたらかせて、資質・能力を育む」ことにあります。「主体的・対話的で深い学び」はその際の、授業改善の方向性であって目的ではありません。「主体的・対話的で深い学び」は「手段」だと考えています。
しかし、現場では「主体的・対話的で深い学び」を目指した授業を構築することが目的となっているような教員の受け止め方や校内研修が散見されます。
「主体的・対話的で深い学び」は「手段」なのですが、教師が実際の授業展開でどのような具体的な手立てを取るべきかが明確ではありません。理念は伝わっても授業場面での具体的なイメージはあまり伝わってこない気がするのです。手段としての文言だとしても、その輪郭がぼんやりと見えるだけです。
「授業をつくる」中学校現場における課題探究
課題探究のおさえ
教育現場において、探究(Inquiry)という言語が使用されることが多くなりました。しかし、「そもそも探究とは何か?」について、概念的な理解と実践する上での押さえが曖昧になっていることが多いと思います。
探究および課題探究の概念については、理科教育Advent Calendar2020の4日目のDaiki Nakamura氏の記事に掲載されています。
この記事は「オンライン読書会Science Education Book Club in Japan」で読んだ本の内容と参加者による議論をまとめています。学術誌の内容を日本語でわかりやすくまとめています。ですから「探究とは何か」を知る上で、是非ご一読ください。
ここで紹介するのは、このオンライン読書会で議論された本の著者が記述している内容の引用と抜粋になります。
Bell(2005)によると、探究に基づく科学教育(Inquiry-based science education:IBSE)は以下の4つのレベルがあるとされています。
1.知っていることを1つずつ確認
2.構造化された探究
3.教師に導かれた探究
4.自由な探究
としており、「教師が教師主導の探究から始め、少しずつ学習者に任せる部分を増やしていくことで、自由な探究を実現することが理想です。」とあります。
中学校理科でIBSE導入を考えるとき、私自身の経験で「課題探究的な学習による授業」では、主に「2.構造化された探究」「3.教師に導かれた探究」の2つを用いていると思います。
特に、中学1年生では「1.知っていることを1つずつ確認」した上で、「2.構造化された探究」を年間で2~3回実施することが多いかもしれません。
これが、2年生になると、「2.構造化された探究」の割合が少し減って「3.教師に導かれた探究」が増えていくイメージでしょうか。
3年生では、ほぼ「3.教師に導かれた探究」になります。
少し余談になります。
「4.自由な探究」については、前々回の学習指導要領で「選択理科」があった時代に、これに近い取組をした記憶があります。当時は、「自分が興味を持った理科的な課題について観察・実験を行う」機会を3年生で年間10時間ほど設定していた記憶があります。ここでは、まず「不思議に感じて調べたいことについての教師との面談」を行い、「観察、実験が理科室で可能なこと」「既存の実験器具、薬品の活用」「安全管理事項」などの条件を満たすような計画をたてて取り組ませました。人数が多い場合の監督指導や安全管理は大変でしたが、一つのことに没頭する子どもたちの姿を見ることのできる有意義な時間でした。
ここからは私見ですが、「4.自由な探究」は学習者が自主的に問いを生成し、検証を計画し実行することなので、ひとつの問いが解決しても、さらに別の問いが生成されるようなイメージを持ちます。ひとつの条件制御から、別の条件制御で検証した場合に別の結果が得られることも充分に考えられますので、広範囲に渡る様々な問いから、さらに検証して解決したい要素がどんどん狭く、深くなるイメージがあります。そして、このあたりが「研究」への入口になり得るのではないか。と勝手に考えています。
本題に戻ります。
「探究に基づく科学教育理科授業」の記事中で、IBSEが普及しない理由として、IBSEへの懸念を4つ指摘しています。
1 時間がかかる
2 探究の複雑さによる混乱
3 職業からの要請
4 経済性
しかしながら、「IBSEがその他の指導法に比べて相対的に高い効果量が報告されており、IBSEが有効であることについて比較的強いエビデンス」というのは、これまでの私の課題探究的な学習の授業展開からも確かなことだと考えています。
そこで、次からは、ぼんやりした「主体的・対話的で深い学び」の要素をより、具体的に明確に示した「課題探究的な学習」について述べます。ここ述べる「課題探究的な学習」は、「2.構造化された探究」「3.教師に導かれた探究」のいずれかであると捉え、中学理科の「探究のひとつの方法」として述べます。
中学現場での「課題探究的な学習」
筆者の勤務校のある札幌市では、教育委員会として「課題探究的な学習」を推進しています。具体的には「主体的・対話的で深い学び」と「課題探究的な学習」を同等に位置づけています。これにより、具体的な授業作りに役立てることをねらいとしています。基本的な学習の展開例を示し、さらに各教師が「課題探究的な学習」をつくる場合の留意点を「セルフチェック」としてまとめています。(図A)
(図A)
さらに、「令和3年度 札幌市教育委員会 教育課程編成の手引き(理科編)」において、課題探究的な学習の展開例について、新学習指導要領に準拠した形式へ改訂を行いました。
改訂版では、「課題探究的な学習」の展開のプロセスに「理科の見方・考え方」を働かせることで、資質・能力を育むことをイメージした図となっています。
中心にある「探究のプロセス」の左に「主な見方・考え方」そして、右側に「育まれる資質・能力とその例の概略」を記述しています。この図で伝えたいことは、「課題探究的な学習」が成立することで、はじめて「資質・能力」に相当する「知識・技能」「思考力・表現力・判断力」「主体的に学習に取り組む態度」の3観点の評価を見取ることができるということを説明しています。(図B)
(図B)
課題探究的な学習の方法のとらえ方
理科教育AdventCalendar2020の3日目 Daiki Nakamura氏の「理科による科学的推論の課題とメタ認知」記事中の著者は「個々の探究プロセスは独立したものではない。」としており、「相互に関係するもの」であるとしています。ですから、図Bのように「探究のプロセス」が一方向の矢印で示すような捉え方は、「科学の分野やアプローチの多様性を考えれば、科学的探究のプロセスを固定的なものとして扱うのは相応しくないかもしれない」としています。
私自身も、課題探究的な授業を計画して実践する時に、この考え方が当てはまる場面をしばしば経験しました。これは、中学生の場合、2、3年生の授業で起こりやすいと思われます。主に、既習事項である程度解決の見通しがもてる場合や、再現性の高い仮説が考えられる学習項目です。この場合、例えば、図Bの探究のプロセス「①自然事象に対する気付き」を飛ばして②、③に移行するときがあります。また、「⑤観察、実験の結果の分析・解釈」後に、別の「②課題の設定」に向かう場合もあります。
このように考えると図Bの「探究のプロセス」の①~⑧を方法として辿るような学習方法は、「課題探究の初歩の段階」といえるかもしれません。中学校であれば、1学年の入学後最初に取り組む観察、実験あたりで「探究のプロセス」の①~⑧の「基本的な流れ」についてあらかじめ指導してから、「①~⑧の通り」になるように授業展開をしています。
図Bの「探究のプロセス」の指導は、前述した、「探究に基づく科学教育(IBSE)の4つのレベル」でいうと、「2.構造化された探究」「3.教師に導かれた探究」に相当するのではないかと思います。中学校理科の学習での探究の位置づけとしては、「探究学習の練習の要素」が強いと思われます。
私の場合は「中学理科は探究の入口」という意識で課題探究的な学習を計画しています。
そして、ささやかな願いとして、「課題探究的な学習の方法」が科学的な思考(科学的推論に基づく学習)を育む訓練の一部として、理科以外の論理的な説明に役立てて欲しいと考えています。
少しだけ余談になります。
さらに、もっとささやかな願いとして、教えている生徒の一部が「研究者」となったとき。学問の領域を問わず、「教えた知識」よりも「教えた方法」が少しは役に立って欲しいと考えています。
どこかの大学の大学院まで進学して、学問を究める立場になる子どもたちを想像します。
先行研究がわずかに行き先を照らすものの、未知の領域を拓く研究者のこと。(特に基礎研究の領域で苦労されている方々のことを、私は知っています)その歩みの1丁目1番地を私ども中学理科教員が担っているという、ほんのカケラほどの自負はあります。
そして、ここからは理科教育AdventCalendar2020の3日目のUnzai Hiroshi氏の「研究をモンハンに喩えるとこうなる」の世界を紹介します。
探究を下支えするもの
これまで、中学理科における「探究(Inquiry)」としての「課題探究的な学習」について述べてきました。
最後に、「探究(Inquiry)」する活動は主体的な学びであるとして、その主体的な学びの原動力となる「動機付け(学習意欲)」の重要性について述べます。
この「動機付けmotivation」という概念は、教員養成大学(もしくは教員免許を取得する課程)の教育心理学等の講義で一度は聴いて知っている内容だと思います。そして、学習者が何かを「習得」するために「動機付け」が重要であることも知っていると思います。
ここで、理科教育AdventCalendar2020の2日目の原田勇希氏の記事を紹介します。
私がこの記事中で改めて再認識する必要に迫られた内容は、興味価値と利用価値と学業達成の関係性です。以下、記事中の文章を引用します。
“「理科に対する興味価値が低い子どもの興味価値を伸ばせば学業達成は上がるし,またそもそも興味価値が高い子どもの興味価値をさらに伸ばしても,学業達成は高まる」可能性があるといえそうです。やはり興味価値が持つパワーを感じます。”
“一方の利用価値ですが「理科に対する利用価値が低い子どもに対してそれを高めてやると学業達成は上がるが,そもそも平均以上くらいの利用価値を持っている生徒のそれをさらに伸ばしても,学業達成はあまり上がらない」可能性があるといえそうです。この結果を見たときは,私はなるほどと思いました。”
“「理科ができたって自分の将来には何も関係しない」と公言するほど,全くと言っていいほど理科に利用価値を見いだしていない子どもに対しては,理科を学ぶことで得られる入試やキャリア上での有用性を説くことは,意義深いのでしょう。”
“一方で,平均的な水準まで,理科の学習が自分の将来と関係すると考えている子どもに対して,さらに「これを学ぶと将来の道が開けるぞ」と説いたところで,学業達成はそれほど変化しないのかもしれません。”
私ども現場の中学理科教師は、しばしば無意識に「理科好き生徒」向けの授業構想をしがちだと思います。(私自身がそうであったように)
特に、日常の「授業をする」(ここでは「授業をする」です)段階では、教科書に準じた学習指導として、「動機付け」を義務的に授業の最初に教師が生徒に対して一方的に植え付ける場面があることは否定できません。
例えば、「混合物の蒸留についての実験」の授業を行うとして、「今日は、水とエタノールを沸点の違いで分けることができるか確かめます」「◯ページの実験器具を準備して手順通りに実験をしましょう」というイメージです。実験を行う主体は生徒ですから何の不自然さもありません。
理科の教科書には「料理のレシピ本」と同様の使用器具と薬品の分量、手順が丁寧に記述されています。安全配慮事項や起こしやすい事故事例の記述もありますから、指示通りやると、ほぼ「想定通りの結果」が得られます。何の不都合も無く学習が進められます。
興味価値が高い「理科好き生徒」にとっては、自分だけの仮説の基に実験に取り組めるので、これでもよいのかもしれません。けれども…。
けれども、理科授業への興味価値がそれほど高くもなく、教師の指示通りに実験を行う生徒に、このような学習はどのような価値を持つのでしょうか。
「この実験は、何を確かめるために行うのか?」「これまで学習した何に関わりがあるのか」「この実験器具を用いる根拠は何か?」「この学習を終えるとどのような力が身につくのか?」などという、「そもそも、どうして?」という点に子ども自身の思考が及んでいない段階では、観察や実験は「活動」として成立しても、「検証するための試行」としては捉えられません。
さらに「真の知識の定着」では無く「(学びの連続性ではない)いずれは忘却される一過性の経験の集積」になるのでは無いかと思われます。(この部分、学会エビデンスがある気がします)
実験結果を得て、考察を行うとしても「教科書通りの内容理解」だけが残ります。
せいぜい、ガスバーナーや電源装置、駒込ピペットなどの実験器具を操作するという実技技能習得の機会を得たことは間違いないのですが…。
いっぽう、「授業をつくる」場合、動機付けはどのようなものになるでしょうか。
(※この部分、本主題とは別に項を起こす必要があります。少し、省略します)
その単元(あるいは章)の学習の開始時に「興味価値を高めるための導入」を充分に吟味し、慎重に準備しておく必要があります。そして、授業の導入では、「教師と子どもの間」で問いを共有し、子ども自身が解決するべき「学習課題」をつくることが重要です。
「なぜ、どうして」という問いから「◯◯だから、△△ではないか」という暫定的な予想。
そして、条件制御を考慮した「学習課題の設定」と「仮説」の検討。という、確かな「動機付け」を促す過程を大切にします。このような、堅牢な「学習課題」を持つと、その後の子どもの学びは、探究的な学びへシフトすることが多くなります。
観察や実験を行いながら、他者との協働的な学びを支援する授業展開が定着すると、次第に「今日の理科は何をやるの」という期待感を持つようになります。いわゆる「興味価値」創出の一歩なのでしょうか。
「課題探究的な学習」の構築する重要なポイントは、この「授業導入での動機付け」と「興味価値の創出」だと考えています。
私は、理科授業実践研究団体に所属しています。この組織の重要な活動に「課題探究的な学習」の授業の実践交流があります。公開授業後には、【課題探究的な学習の授業イメージ(理科の例)】(前述)に沿って、討議が行われます。この討議の場で「課題探究的な学習がうまく機能した授業」を見たあと、参会者の発する言葉の中に「オートパイロットに入った」とか「自動操縦に切り替わった」という喩えを使うことがあります。
これは、「課題探究的な学習」の授業で「動機付け」がしっかりと根付いて、授業導入からの課題設定が子ども一人一人に内在化された結果、教師の支援が無い状況でも「子どもたちが主体的に学習を進めている状況」のことをいいます。
教師の立場を航空機パイロットに見立て、「学習者を指導する(つねに操縦桿とエンジン推力を駆使して飛行機を飛ばす)」のではなく、「授業導入(離陸)時の動機付けや課題把握に十分留意した結果、学習者は主体的に課題解決に向けた学習を開始(巡航高度でのオートパイロット)する。そして、授業終盤で教師は課題解決の支援を行う。(着陸時はオートパイロットをOFFにして、風向きなどの気象状況に合わせます)」
つまりは、学習者(子どもたち)自身が飛行機をコントロールして飛ぶ感覚を身につけていることのメタファー(隠喩)です。
「課題探究的な学習」の一場面では、たまに、教室(理科室)が「しーんと」静まりかえることがあります。
これは、課題解決の場面で、子ども自身が事象・現象の解決の糸口に気づき、思考に没頭する姿だと思われます。この時、教師は「声をかけない」ことにどれだけ耐えられるか、というのも大事なことです。我々現場の教師は、ついつい喋りすぎます。ですから、沈黙の間に耐えられず、つい言葉を発声します。これを、耐えることも大事だと思います。
以下、勝手な想像です。
大空を自由に飛ぶ感覚を経験すると、また、どこかを飛びたいと思う子どもの姿。
これを、次の学習動機につながる興味価値の成立要素と考えていいのかどうか。
また、航空力学上の揚力(翼にはたらく上向きの力)は、基本的に進行方向と逆向きの空気の流れが原因となります。いわゆる、逆風です。一見、条件が悪そうな逆風ですが、逆風が強いほど、飛行機は高く飛ぶことができるのです。
昔のTVドラマ「ミス・パイロット」の一場面
この逆風の強さは、与えられた「学習課題の困難さ」なのでしょうか。でも、「解決したときの達成感の大きさ」に関係するのでしょうか。
教師は、高度を上げて、巡航に移ったら、じっと計器をモニターする。
気象レーダー分析で乱気流発生要素が無い限りは、オートパイロットは切らない。
若干、センチメンタルになって参りました。
エピローグ~365日の紙飛行機~
(引用はじめ)
365日の紙飛行機(一部抜粋)
人生は紙飛行機 願い乗せて飛んで行くよ
風の中を力の限り ただ進むだけ
その距離を競うより どう飛んだか どこを飛んだのか
それが一番 大切なんだ
さあ 心のままに 365日
(作詞:秋元 康 歌:AKB48)
(引用おわり)
今回の「365日の紙飛行機」に見る課題探究
本記事でも、歌詞の3、4行目をメタファーとして扱いました。
(メタファー1)「その距離を競う」
・教師主体の座学授業
・理科教科書をなぞる観察、実験
・導入から結論まで教師のコントロール下で行う
・最短距離で、少しでも早く目的地へ
(メタファー2)「どう飛んだか どこを飛んだのか」
・教師は、離陸(導入)と着陸(解決支援)だけコントロール
・逆風があるからこそ、高く飛べる
・「課題探究的な学習」の過程でのオートパイロット(自動操縦)
・巡航では、機内は静かになる(思考過程で訪れる集団の静寂)
以上。思うに任せて、書き記しました。
理科教育 Advent Calendar 2020の記事を提供していただいたみなさまには、大変興味深い内容で、毎回楽しく拝見させていただきました。ありがとうございました。
特に、本記事を書く「動機付け」を与えてくださった、Unzai Hiroshi氏、Daiki Nakamura氏、そして、原田勇希氏に感謝申しあげます。随分とnote参照をしてしまいました。
それでは、理科教育学Slackのみなさま
よいお年を!
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