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宮下草薙に救われた「お笑いの女性ファン」の話

私は宮下草薙が大好きだ。

センターマイクの前、やたら鋭い眼光を秘めた男の左隣にもじもじと立つ、少しカピバラに似た男が、海外で騙された自分が紆余曲折ののち、ついに競売にかけられるという空想をつぶさに語り、そしてちょっと珍しいカブトムシよりも安値で競り落とされるところまで思い描いたあとに、

「俺っ…ちょっと珍しいカブトムシよりはっ…高いと思ってっ…やらしてもらってるしっ…」

と慟哭しているのを目の当たりにして以来、宮下草薙が大好きだ。

アルパカカピバラ

ファーストインプレッション


そして、彼らがMCを務めるラジオ番組「文化放送 宮下草薙の15分」を毎週欠かさず聴取している者である。

金曜深夜1時45分からたったの15分、二人があるかなきかのトークテーマを掲げてただしゃべるだけ、というこの番組がなかなか面白い。

例えば、テレビに出たての頃に、「何にでもネガティブなことを言ってくれ」と要求され、本当は非常に戸惑っていた草薙の内心の話。

「ネガティブな奴って、「これを言ったら人に悪い風に思われるんじゃないか」って心配するのがネガティブなんであって、お店の人に「これホントに無農薬ですか?洗いました?」みたいなのは…ネガティブでもなんでもなくて…「デリカシーない奴」じゃん笑

2021年6月8日 「#74 親父の倒し方」より


二人が楽しげに出演していたバラエティの裏話、二人の趣味や最近あった出来事などがざっくばらんに語られる。
まるで二人の楽屋トークをおすそ分けしてもらっているような、より宮下草薙のことを身近に感じられるようなトークプログラムになっている。

進行のしかたもかなり自由で、時に二人のガチ喧嘩がそのまま流れたりする。

朗読劇の仕事で、緊張するとつい漫談をする時のような口調になってしまう、という宮下のエピソードトークに、草薙が「漫談口調、ちょっとやってみてよ」と言うところから雲行きが怪しくなり、急に大声を出す草薙、珍しく静かに怒り出す宮下、やがて静寂(ラジオなのに)、という異色の回だった。

2021年1月16日 「#54 漫談口調」より


あの間と笑いかたは台本じゃなかったと思う。台本にしては怖すぎた。

あと台本だったらもっと面白くすると思う。

生放送のラジオでお笑いコンビが本当に喧嘩をして話題になる、ということは過去にもあったが、この番組の恐ろしいところは生ではなく「収録」である点だ。

この喧嘩は、きちんと大人の会議や厳重な取捨選択を経て、満を持してお届けされている喧嘩だ。

深夜、満を持してリスナーを包み込む気まずい空気。

ふいに、昔喧嘩したっきり別々の中学に入って会わなくなってしまった幼なじみのアキちゃんの思い出などが蘇ってきたりする。

そして深夜なので誰にも相談できない。


スタッフの肝の据わり方が尋常じゃない。

ディレクターさんどんな人かな。牛久大仏みたいな感じの人なんじゃないかな。

なんとなく。

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牛久大仏


とにかく、一番素に近い二人のやりとりが味わえる番組ではないかと思う。

(誤解のないように補足しておくが、この放送ののち二人は仲直りをしている。
「俺がちょっと言いすぎたね」と言う宮下の大人っぷりに多くのファンは痺れ、そして「…漫談口調やって」とこの後に及んでまだ甘える草薙の無邪気さに多くのファンは癒されたことであろうと思う。その様子もラジオでちゃんと聴くことができる。
それから、宮下草薙がお互いに忌憚のない本音をぶつけ合う様子は、宮下草薙ファンにとっては通常運転だ)


「女性のリスナーも嬉しいけどね」


7月17日の放送「#80 お渡し会」で、とても嬉しい言葉を聞いたのが、この文章を書こうと思ったきっかけだ。


オープニングトークで6月度の番組聴取率の話題になり、30代男性の聴取率が1位だったそうで、男性のリスナーが増えて嬉しい、と言う宮下に、草薙が何度も咳をしたり言い淀んだ後、遠慮がちに

「…女性のリスナーも嬉しいけどね」

と言ったのだ。

まさに女性のリスナーである私は、宮下草薙への好き度が天元突破し、この思いを言語化しておきたい、と思うに至った。



あ〜あれですかあ?ヒトヲキズツケナイオワライとかですかあ?
ウェ〜フェミニズムとかですかあ?ジェンダービョウドウ?ウェ〜

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ウェ〜


と思った方、多分こっから先読んでもあんまり面白くないと思うので、この先を読む代わりに、ぜひSpotifyに登録して、「宮下草薙の15分」を聴いてみて欲しい。

人生の時間は、各人にとってなるべく有意義に使うべきだ。

アーカイブが全て残っているので#1から全部聴けます。しかも無料。めっちゃおもろいよ。



はい。席に戻ってくださった方ありがとうございます。

トイレ行きたい人いる?大丈夫?

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おかえりやす


宮下はもちろん「もっといろんな層のリスナーに聴いてもらいたい」ということを話しており、その前提には「二人のファン≒お笑いファンには女性が有意に多い」ということがあると思われる。

ことさら男性ファンの方を優遇する、という意図はその語り口からは全く感じられなかったし、それは草薙もリスナー以上に十二分に分かっていたのだと思う。

それでも草薙は、つっかえつっかえ、「女性のリスナーも嬉しい」と「言葉」にした。

これは私にとって衝撃だった。

なぜなら、お笑いの女性ファンは歓迎されないのがデフォルトだからである。


お笑い芸人が「女性ファン」をどう思っているか(あるいはわれわれが「芸人は女性ファンをどう思っていると思わされているか」)、が簡潔にまとまっていると思ったのが、こちらの番組での爆笑問題の発言である。


「爆笑問題のシンパイ賞‼」︎ テレビ朝日 2020年3月14日放送回より

太田 デビューした頃っていうのは、けっこう女の子がね、すごいきたよね。
でもそういう時ってツッパるじゃん?で、なんかワーキャーファンばっかりでね、そんでもう俺さ、「来んな」つってさ、俺たちは「お笑い」やってんだと。男を笑わすためにやってんだよ、と。女子供に用はねえんだよ、と。さんざん放送でもなんでも、全部言ってたの。
そしたら本当に誰も来なくなった(笑)。すごい後悔したね。で、男ばっかり来るようになっちゃったら、ぜんぜん、ウケてんだけどさあ、男の笑い声ってさあ、なんかハデじゃないじゃない。「デュフフフフ」みたいな。なんかぜんぜんつまんない。

(中略)

田中 やっぱいいのよ。若い女の子が「キャー」が、一番盛り上がんのよ。

番組中では、男性ファンは大抵腕組みなどをして「さあ、どんなネタを見せてくれるのかな」と言わんばかりに待ち構えている「めんどくさい客」として語られていたが、同時にそういう客を笑わせられたら本物(「お笑いやってんだ」「男を笑わすためにやってんだよ」という発言にもつながる)、つまり「お笑いの見巧者は常に男性」というニュアンスが多分に含まれていた。

つまり、男性ファンに認められることが芸人にとっての誉れであり、女性ファンが多いような芸人は本物ではなく、しかしキャーキャー声がないと寂しいので、にぎやかしとしてライブには来てほしい。

けっこうこれ、いろんな芸人が有形無形にいろんなところで言っていないだろうか。

いわゆる「顔ファン」と言って、芸人の外見に惹かれているとおぼしきファンを、ひいては「顔ファン」の多く付いている芸人を揶揄するようなことも日常茶飯事だ。

また芸人がMCをやる深夜ラジオなどで、リスナーを明確に男性と想定し、「こんなラジオを聴いているのは変わった女の人」という話し運びをされることがある。

また、いわゆる「女性が引いてしまうような下ネタ」などをあえてやることが「トガっている」「わかる人にしかわからない」ともてはやされるようなことも。

それがいいとか悪いとかではなく、とにかくそういうことを私はけっこう見聞きしてきた。

「女性ファン」とは、芸人の「顔ファン」で、真のお笑いを理解せず、ライブに寄り集まってはキャーキャーと黄色い声を発する者の集合体。

そんなのに囲まれて喜んでるようなのは、女にモテたいから、女に媚びて鼻の下伸ばしてるだけのみっともないやつ。

芸をきちんと正当に評価するのは常に男性ファン。

したがって、男性ファンが多いことは「誉れ」、女性ファンが多いことは「恥」とみなされる。


そして、それでも草薙は、「女性のリスナーも嬉しいけどね」と言ったのだ。


実際にラジオを聴いてもらえればわかるが、流れ上、女性にあえて言及しないことはいくらでもできた。

前述の通り、何かを排除したりするような、ましてや「炎上」しそうな雰囲気など全くなかった。

だから何かをフォローする必要もない。

それに、深夜ラジオで(深夜ラジオだからこそ)、宮下が持っていなかった、もっと明確な意図を持って「男性に聴いてもらいたいですねー」と話す芸人やミュージシャンはこの日本に百億人はいる。

ヤバいところはなにもなかった。

どうしても何か付け加えたいなら、単に「いろんな人に聞いてもらえて嬉しいね」と言えばいいのだ。「女性ファンに媚びやがって」と言われるリスクをわざわざ取る必要がない。

ラジオのアーカイブでは、宮下が男性リスナーについて話す間、草薙が頻繁に咳払いをしたり、うう、とうめいたり、宮下に割り込んで何かを言いたそうな音声が、けっこう長い時間確認できる。

ひどく逡巡しているようにも聞こえる。

無理もないことだと思う。

「女性ファンがついて嬉しがるようなのは恥」という空気を、実際にお笑い界に身を置く草薙はそれこそ、毎日酸素と同じくらい摂取しているに違いないからだ。


よく、宮下は草薙のことを「とにかく炎上を恐れている。発言も必要以上に慎重」と評する。

下記のインタビューに、二人のいわゆる「炎上」に対するスタンスが最も良く表れているように思うので、少し引用させていただく。

宮下 草薙はどの芸人よりも炎上を恐れているので(笑)。

草薙 恐れているというか、面倒くさいからね。

宮下 それで気を使い過ぎて疲れてるよね。下ネタが出ないのも、草薙が苦手だから。僕は、例えばトム・ブラウンさんのラジオ番組に出してもらったとしたら、ガンガン下ネタを言いたいくらいなんですけど(笑)。

草薙 あまり下ネタを面白いと思ってないんですよね。そう思ってるやつが無理やり言っても面白くないだろうし。受けたことも無いし。あと、“気にしぃ”なんで、自分が言われて嫌なことは言わないようにしてます。気を使う仕事をこれまでたくさんしてきて、渡辺謙さんや加賀まりこさんみたいな大物とロケに行ったり、大企業の社長に年収を聞きに行ったりとか(笑)、そういう中で、自然とすごく気を使うようになりましたね。

宮下 でも草薙はSNSをやってないので、もし炎上するようなことがあったとしても、燃える家が無いんですよ(笑)。だからそんなに炎上を恐れて気を使わなくてもいいのに。

草薙 もし僕に、「炎上するかもしれないけど、一定数の人にどうしても届けたい」というくらいの話があれば別ですけど、そこまでしてしたい話も無いので(笑)。何か話したいことがあったら宮下に話すくらいでいい。

出典:日経クロストレンド   宮下草薙  深夜15分の”ぐだぐだ”ラジオで人を惹きつける手腕
https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00362/00017/


もしかしたら、ラジオでの発言も、慎重すぎるほど慎重な草薙が「炎上しないように」一生懸命言い足したものに過ぎないのかもしれない。

(もちろん、それでも全く構わない。)

真意は、本人にしかわからない。

ただ、私は他にもっと大きな理由があるような気がしている。

なぜか。

それは私が、二人がMCのテレビ番組「スイモクちゃんねる」をこれまた毎週欠かさず、約一年間見守ってきたことに起因する。


あるがままの宮下草薙が面白い


「スイモクちゃんねる」は、BS-TBSで毎週水曜・木曜の夜11時から放送されている、「20代〜30代の「見たい」「知りたい」「聞きたい」などに応えるバズ探検バラエティ!」(番組公式ツイッターより)である。


水曜日のMCを、宮下草薙が担当している。

いわゆる「世の中の若者に流行っているモノ」を紹介したり、実際に体験したりする番組だ。


全体の色合いなど見てもらえばわかると思うが、非常にポップで明るく、いかにも若者向け然としている。

ぜひ、「宮下草薙の15分」の武骨なサムネと見比べてみてほしい。


サムネだけ見ればタピオカミルクティーと大五郎ほどの違いがある両番組だが、私はある共通点を感じている。

それは、

スタッフの肝が据わっている

という点だ。


「宮下草薙の15分」は、二人が持ち寄ったトークテーマを(たまにリスナーのお便りを)好きなように話し、それが最低限の調整だけでほとんど誰にも阻害されず(というようにリスナーには感じられる)、そのままリスナーに届けられる。

それはつまり、番組としての基本姿勢は「二人があるがままに過ごしている姿」がいちばん面白いはずだ、そこに需要があるはずだ、ということだ。

スタッフによる、二人のセンスへの絶対的な信頼がなければ、これは成立しないのではないか。

そうじゃなければ、散見される変な間はもっとカットされていると思うし、あの喧嘩回はそもそもお蔵入りになっていると思う。


宮下草薙の笑いは「変な間」が特徴だ。

「あちこちオードリー〜春日の店あいてますよ?〜」(テレビ東京 2020年7月7日放送回 ゲスト:宮下草薙、ファーストサマーウイカ)でオードリーの若林が看破していたが、二人の漫才の重要なポイントは、宮下がその変な間を「待てる」というところにある。

漫才で草薙がネガティブなセリフを展開する際に、確信的にか緊張してなのか、あるいはその両方か、言葉をやっと絞り出すようにしながらゆっくり喋り、時に頭をかきむしりながらうめき続けたりするので、観ている客が「え、これ大丈夫なやつ?」と思わず心配するような不自然な間が生じる。

一方で、傍に立つ宮下は、焦って何か口走るようなことはせず、観客の「これ大丈夫なやつ?」が「あ、これ笑っていいやつだ」に変わるまで、泰然と待っている。

宮下草薙の漫才は、草薙の個性=ネガティブなキャラクターが鍵だ。草薙が作る「変な間」こそ、草薙の個性を形作る重要な要素だ。自分が今テレビに映っているとか、漫才をしているとかを思わず忘れてしまうほど、「草薙のネガティブは深刻なものなのだ」。

観客は「変な間」を見せられることで、草薙のキャラ造形をより理解し、草薙の一挙手一投足に「ネガティブすぎて逆に面白い人」という物語を見出す。それはまるで漫画のキャラクターのように分かりやすいものとなる。

言葉で「こいつはネガティブなやつなんですよ〜」と100回説明するよりも、リアルな体験として観客の心に直接訴えかけてくる。

観客は「変な間」の間じゅう、「誰かコイツに「こんなネガティブに考えなくていいよ!」ってツッコんでくれねえかなあ!」と強い臨場感をもって思いつめることになる。

そこで宮下が、観客全員がめちゃくちゃ思ってることを言葉たくみに代弁してくれる。

だから「変な間」をひとつ乗り越えるたびに、宮下のツッコミが観客の内心とより共鳴して、面白くなっていく。

宮下が「間を恐れない」様子を、若林は「若者らしからぬふてぶてしさがある」と、肯定的に評していたと思う。

たとえば草薙が「変な間」に陥っている最中に、「何かネガティブなこと言ってください!」「何かツッコんで!」などとカンペが出れば、普通のバラエティらしいにぎにぎしさは演出できるかもしれないが、「宮下草薙の面白さ」はかなり損なわれてしまうのだ。


「二人があるがままに過ごしている姿」への信頼。

「スイモクちゃんねる」の番組作りからも、それが実に色濃く感じられるのだ。

「スイモクちゃんねる」で二人は、さまざまなことに挑戦し、ひたすら楽しんでいる。

その様子が、ひたすら垂れ流されている(ように視聴者は感じる)。

ある日の二人は、ボードゲームカフェに行く。

宮下がボードゲーム大好きだからだ。


宮下は、カフェでお気に入りのボードゲームを見つけるたびに草薙に説明する。その説明は数分にも及び、草薙はとっくに飽きているのに宮下は構わずしゃべり続ける。

宮下は自分の好きなことにいつだって一生懸命なのだ。もっとわかりやすく言うと筋金入りのオタクなのだ。

番組サイドは「宮下さんもうそろそろ…」などと野暮な事は言わず、草薙も強いて止めるようなことはせず、ひたすら見守っている(ように見える演出がなされている)。

そうしてようやく二人はボードゲームで遊び始める。

宮下に負けた草薙は「もう一回やりたい!」と癇癪を起こす。

成人男性が出す癇癪の声はとても大きいので、youtubeを観る際には是非音量に気をつけて観てほしい。

宮下は何も言わずツッコミもせず、ひたすら草薙の癇癪がおさまるのをじっと見守っている(というように見える)。

宮下にとって、草薙が癇癪を起こすのは日常茶飯事なのだ。

癇癪を起こしている成人男性と、それを黙って見ている成人男性がひたすら映っている「変な時間」がしばし流れる。

画面はフェードアウトし、なんか落ち着いたらしい草薙と宮下が、なんにもなかったみたいな顔をして再び会話を交わす様子が映し出される。

この「見守り型編集」がとても面白い。


ここにも「二人があるがままに過ごしている姿」へのスタッフの絶大な信頼が感じられる。


スイモクちゃんねるはyoutubeチャンネルを持っており、すべての放送の抜粋がいつでも観られるようになっているが、コメント欄には「なんか仲の良い兄弟が仲良く過ごしている様子を見ているみたいで面白い」というコメントがとても多く見られる。

「二人があるがままに過ごしている姿」への需要は確実にあったのである。


私が特に白眉だと思ったのは、草薙が「地雷メイクで原宿に繰り出す」という回である。

草薙が「なぁたん」になった日


草薙が「地雷メイクまたやりたい」というところからこの回がはじまる。

スイモクちゃんねるの中で宮下草薙揃って「今女の子に流行の地雷メイクをやってみる」という回があり、二人で女装をしてみたところから端を発している。

「男性が地雷メイク」というのはyoutubeで何人かの芸人がすでに実行してある程度流行っており、そこを踏襲した形と思われる。

そこで草薙がメイクをすることにちょっとハマって、もう一回やってみたい、という回である。



草薙がたどたどしく化粧品の説明をしながら、先生にメイクを教わり、ボブのウィッグに可愛いらしいスカートを履いて、おしゃれなスイーツショップや一人プリクラに挑戦していく様子が描かれる。

メイクの間じゅう、草薙は自分に満足しているようで「わあ〜可愛い!」「先生、可愛いですよね!」とはしゃいでいる様子はそれだけでこちらの心を和ませる。

Youtubeではカットされているが、本放送ではそのVTRをスタジオで宮下草薙がゲストのゆんちゃん(youtuber・ヴァンゆんのゆんちゃん)と共に見ている様子があった。

宮下はずっと、地雷メイク草薙が原宿を楽しむ様子を見ながら、いいじゃん、よかったね、いいじゃん、と言っていた。

草薙はずっと、俺可愛くない?可愛いよね、いいよね、可愛い!と言っていた。

ゆんちゃんは、「んーー、「なぁたん」て感じ♥」と、草薙に可愛い愛称をつけてくれた。

あれ、と思った。

一般的なバラエティ番組であれば、「芸人が女装する」ことはイジられて笑われる合図だ。

あまり露骨に気持ち悪いとか言われる演出はなされなくなったかもしれないが、それでも、この時の草薙のように自信たっぷりでいれば「なんでやねん!」「誰が可愛いねん!」とツッコまれたりするだろうし、女装する側は必要以上にいわゆる女言葉に徹したり(一昔前の「オカマ」みたいな感じに)、とにかく場のコンセンサスは固まっていただろうと思う。

草薙は不自然な女言葉を演じなかった。単純に、やりたかったことにトライして、可愛くなった自分に満足していた。

そして宮下は、いろいろツッコんでも、一言も「可愛くない」とは言わなかった。

ましてや「ブス」とか「気持ち悪い」とかは口が裂けても言わなかった。

やがてゆんちゃんにより、地雷メイクをした、ちょっと恥ずかしがり屋だけど時に大胆なあの子は「なぁたん」というあだ名に決まった。

そして、番組は大変面白かった。少なくとも私はめちゃくちゃ笑った。

いっぱしの美容系youtuberを気取って、やったこともないのにメイク道具をぎこちなく説明する草薙はすごい面白かったし、プリクラでいろんなポーズにトライする草薙は文句なしに面白かった。草薙のぎこちなさをツッコんだり、草薙のメイクへの熱量にちょっと戸惑ったりしている宮下も面白かった。

そして、引っ込み思案な草薙がメイクを通じて人格まで大胆になっていくさまに、一種のビルドゥングス・ロマンを見る様な感慨を覚えた。

いずれも女装した人をブス、と笑う笑いとは一線を画したものだ。


宮下は、「養成所に入る前すでに漫談を100本持っており、その後さらに100本を作成し、そのうちの3本は全長180分の大スペクタクル漫談である」と(草薙が)豪語するほどのお笑い好きだ。

お笑いに全く興味のなかった相方を自室のテレビ前に軟禁し、相方への教育として「芸人の出囃子でコンビ名を当てさせるイントロクイズ」を施したとも伝えられる。

真偽はともかく、「お笑い界」「バラエティ」を熟知しているはずの宮下なら、当然「相方が女装をした時に取るべき態度」はよく見知っているものだったと思う。

曰く、似合わねーよ、と笑う。曰く、気持ちわりーよ、と嘲る。曰く、何でわざわざ化粧なんてやりたいんだよ、とツッコんでやる。

女装した本人の方が、より笑いにつなげるためにそれらを望むということだってあり得る。

宮下はどのカードも切らなかった。ただ、相方がなりたい自分になれた様子を、よかったじゃん、いいじゃん、よかったね、と祝福していた。

もちろん「スイモクちゃんねる」という番組のカラーを尊重した、ということは充分にあるだろう。

「スイモクちゃんねる」において、トラウデン直美がMCを務める木曜日は、いわゆるLGBTや多様なライフスタイル、SDGsについてなど社会的な問題も扱っており、その文脈でも、宮下草薙がMCをする回だけ一般的なバラエティノリが持ち込まれるとは考えにくい。

ただ。

宮下草薙二人の振る舞い方があまりに自然だったのだ。

番組の打ち合わせで事前に「気持ち悪いとか絶対言わないでくださいね」と即席で言われただけでは、人はこうは振る舞えないだろうというほど、二人はありのままの姿で過ごしているように見えた。

感じられたのはただただ、「お互いを大切にしている」宮下草薙の姿だった。

「目の前の人を大切にできる」ということ


大人と呼ばれる年齢になって分かってきたことがある。

私は30代だが、例えば同い年の仲のいい女友達が、「最近イラストを描き始めて、私今こんな絵を描いてるんだ!」とイラストを見せてくれたとする。

その出来栄えは、最近イラストを描き始めたので当然「神絵師のように」完璧ではない。

私はなんと言うだろうか。たぶん、

「いいじゃん!」

と言うと思う。

おためごかしではない。ただ友達に嫌われたくないからとりあえず場をやり過ごそう、というのでもない。

私は、30を過ぎて新しいことに果敢に挑戦し、そして「作品」として挑戦を結実させ(一つの作品を完成まで描き上げる、というのは思いの外大変なことだ)、あろうことかそれを他人に見せてくれている(人に作品を見せることは多大な勇気を必要とする)、その事実にただただ圧倒され、とにかく友達のファイトを言祝ぎたい、そういう気持ちにおそわれるだろうということを実感するのだ。

20代の頃なら、そんな簡単な言葉をかけたら逆に失礼になるのではないか、と考えて、でもなんと言っていいかのさしたる代案もないから、妙な愛想笑いをして、結果友達との関係が悪くなったりしていたかもしれない。

まず「いいじゃん!」なのである。

もし私が英語圏の人間だったら、もっと早いうちから「Nice Try!」「Good Job!」という概念を知って肩の荷を降ろしていたかもしれない。

そういえばスイモクちゃんねるで一時期宮下草薙が好んで使っていた決め台詞が「グッジョブ!」だった。

私がクソつまんないことを気にした挙句の「いいけど、もしあえて何か言うなら、ちょっと体のバランスが…」みたいなクソアドバイス、誰が望んでいるだろう。そんなことを聞いている時間があれば、友達はきちんと絵の教室に通ってもっと有益な時間を送っているだろう。

目の前の人を大切にする、ということは案外、そうした些細なことの積み重ねでできているのかもしれないなと思う。

いいじゃん、ここまでやれて、よかったね。

目の前の人のグッジョブを喜ぶこと。

差し手口を挟まずに、相手をただ見守ること。

ボードゲームをやりながら、メイクをしながら、漫才をやりながら、宮下草薙は軽やかに、まるで何でもないことのようにさりげなく、それを教えてくれる。

「女装をした芸人のボケ担当」と「ツッコミ担当」はそこにはいない。

ただ「草薙」と「宮下」がいるだけだ。

宮下なら草薙に何と声をかけるだろう。

ただそれだけの話だ。

そこから、どっかのバラエティで見たようなお仕着せのお笑いではない、本当のお笑いが、より真に迫った人間ドラマが始まるんじゃないかなとすら思う。

これは、
「女装をした芸人のボケ担当」と「ツッコミ担当」の繰り広げる、ステレオタイプなお決まりの笑いでは笑えなくなってしまった、いちお笑いファンによる宮下草薙讃歌なのである。

「そんなのの何がおもしれーんだよ」「そんなのがお笑いかよ」

という人は、ずいぶん前に全員この記事から離脱してもらったはずなので、今ここまで読み進めてくれた人には結構共感してもらえるのではないかなと思う。


申し訳ないな、と思いながら笑っていた


歓迎されない場所に居続けることはつらい。

前述の通り、お笑いの女性ファンというものは単なるにぎやかしで、芸人にとっては何のプラスにもならないが、それでも枯れ木も山の賑わいで、勝手にお笑いを好きになる分には構わない、と刷り込まれ続けて、私は今日まできた。

女性ファンに本当のお笑いは分からない。お前は本当の客ではない。

どうせ芸人のみてくれにしか興味がないんだろう。

少しでもお笑いが分かっているカンジでいなくてはならないと思って、あまり笑えないようなネタにも無理くり笑ってきた。

芸人の見た目じゃなく芸しか見ていないんだ、というアピールをしてきた。

本当はお呼びでないのにごめんなさい、五反田の風俗あるあるで全く笑えなくてごめんなさい、という気持ちが常にどこかにあった。

私は今、女性ファン・顔ファンに関するどの言説に対しても懐疑的だ。

だいたいが、無数の観客の中から「真にお笑いが分かっている人」と「お笑いが分からない人」を判別することにどだい無理があると思う。
みなさん、観客全員にお笑い評論を提出させて表彰でもしてきたのだろうか。
そもそも、芸人の見た目が好きで何か問題でもあるのだろうか。
長くなるのでここでは詳述しない。

ただ、お笑いは娯楽だ。いらぬ我慢をしてまで享受する必要のないものだ。


宮下草薙も含まれる、いわゆる「お笑い第7世代」と呼ばれた一連のムーブメントの特徴として、「人を傷つけない笑い」があげられることがある。

「人を傷つけない笑い」の人気が高まったということは、「今まで傷つきながら一生懸命笑ってきた人たちが、傷ついてまで無理に笑う必要はないのだと気付いた」ということなのではないかと思っている。

人が他人の容姿をイジっている様子で笑えない人。
障害を揶揄するジョークで笑えない人。
コントでよく描かれる、「ことあるごとにマウントを取りたがる陰湿で意地悪な女の人」という、まるでweb広告で頻出するマンガのようなテンプレート表現を見ても、面白くもおかしくもないと思う人。
同性を好きな男性は青ヒゲが濃くタンクトップを着て常に発情している、という昔ながらのキャラクター造形を見ても笑えるどころかうんざりしてしまう人。

ひと昔前なら、「お笑いの分からない人」として括られていたのかもしれない。

よく「窮屈な時代になった」などと言われるが、実は旧来のお笑いが対象としていた客層はごくごく狭い。
「今窮屈さを感じる人」あるいは「人を傷つける笑いで心から笑える人」でいるためには例えば、
・ 男性である
・ 異性愛者である
・ 健常者である
・ 働ける年齢である
などなど、けっこうたくさんの条件をクリアしている必要がある。
人によっては、太っていないとか、ハゲていないとか、容姿が悪くないとか、いじめられた経験がないとか、さらに条件が加わる。

自分にも当てはまる、というようなことをネタにされてイジられて、それを笑うことはなかなか難しい。

「女性ファンは顔目当てで笑いが分かってなくてキャーキャー騒いでいるだけ」と言われて私が全く笑えないように。

単純に、「窮屈じゃなかった時代」の「本当の客」はとても少なかった。

「人を傷つけない笑い」によって、今までとりこぼされていた潜在顧客ががばっと掘り起こされた。
我慢をしなくてもいい局面が増えた。
「心から笑えるお笑い」の選択肢が増え、それを享受できる人が増えた。

特に若い芸人たちによって、それが意識的にでも無意識的にでもなされつつあるというのは、とても意義のあることだと思う。
「窮屈じゃなかった時代」のお笑いテンプレートに頼らず、独自の笑いを模索している力量も意欲も目をみはるものがある。

客の少ないエンターテイメントは、やがて衰退していくであろうことが想像に難くない。
だからお笑い界にとっても、実は喜ばしい流れだったのではないかと思う。

なにより、「申し訳ない」と罪悪感を全く感じることのないお笑いコンテンツが増えるのはとっても嬉しい。私はね。


目の前の人も、それからラジオの向こうの知らない誰かも


「女性のリスナーも嬉しいけどね」と草薙が言い、「もちろん」と宮下が応じた、「宮下草薙の15分 #80お渡し会」。

この日は、ちょうど二人の書籍「宮下草薙の不毛なやりとり2」が出版されたばかりで、メイントークは出版記念お渡し会についての話題だった。

二人はさまざまなファンに直接会って話し、本を手渡した。

会場に入ってくるなり「すみません、今、尿意がすごくて…」と会話もそこそこに走るように去っていった人。

「私は普段二次元を推させていただいているのですが、推しに肉体があるのは生まれて初めてです!」と熱く愛を語る人。

「なんか、自分の好きなアイドルがお二人のファンなんで、代わりに来ました」という謎の人。

「できるかな〜と思って酔った勢いでポチったら、意外といけちゃいました!」と100冊購入し、会場でさらにもう1冊買っていったホスト風の人。

ファンの事を興味深く、ユーモアたっぷりに思い出す二人。

二人のファンに、「顔が目当てでキャーキャー騒ぐにぎやかしの集合体」なんてものは一人も思い当たらないのかもしれない。


誰だって、人を大切にしたいと思って生きているだろう。

「ファンを傷つけたい」なんて思いながらネタをやっている芸人だって、ホントは一人もいないだろう。

しかし、「女性ファン(ほかのどんな属性でも)」が「なんか傷つくらしい」から「〇〇はやめよう」とうすぼんやりしたことを思っていても、なかなか実感はわかないものだ。

「相方を置いてきぼりにしてもボドゲに夢中な宮下」と、「地雷メイクを思いっきり楽しむ草薙」を大切にできる二人は、きっとテレビやラジオの向こうにいるはずの「尿意のすごい人」や「初めて三次元を推す人」や「アイドルの代理で来た人」や「なぜか100冊買っていった人」のことも同じように大切にしたいと思うだろうし、彼ら彼女らが傷ついて悲しむ顔なんか見たくないと思うのではないだろうか。

もっと言うと、直接会ったことはなくても、「男がメイクなんてやりたくねーよ!」と言ったり、メイクした途端ヘンなしなを作って見せたり、「お前ブスだな!」と言ったりすることで傷つく人、のことまで、実感を持って想像ができるのかもしれない。

これは、ちょっとすごいことだ。誰にでもできることではないと思う。


草薙 もし僕に、「炎上するかもしれないけど、一定数の人にどうしても届けたい」というくらいの話があれば別ですけど、そこまでしてしたい話も無いので(笑)。何か話したいことがあったら宮下に話すくらいでいい。

出典: https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00362/00017/


草薙のこの言葉は、きっとそういうことなんじゃないかと思った。

そう考えると、「女性のリスナーも嬉しいけどね」という発言は、私にはどうしてもエンジョーにハイリョしただけ、とは思えなかったのだ。

誰が二人のファンでいてもいい。

もちろん私も、二人のファンでいてもいい。

きっとそれを二人は心から喜んでくれるだろう。

そんなことさえ思うのだ。



ここまで、宮下草薙についてすげー話した。すげー話せて私は大変満足だ。読んでくださった方、本当にありがとう。

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ありがとやで〜


最後にひとつだけ、言いたいことがある。


「文化放送 宮下草薙の15分」聴いてね!


「BS-TBS スイモクちゃんねる」観てね!


「宮下草薙の不毛なやりとり」買ってね!



みっつになっちゃった。


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