この夏読んだベスト本!Educated By Tara Westover

夏休みの宿題として読み始めたのだが、これが面白いのなんの。なんでか未だ日本語訳が出ていないので、原著で読んだのだが、いつもの「よくわからん単語は飛ばし読み、何度も出てくるよくわからん単語は調べる」方式で、構文自体もそう難しくないし、比較的短時間で一気に読めた。まぁ、モルモン教に関するざっくりとした知識や、アメリカ西部、アイダホとかユタとかアリゾナの田舎の雰囲気がわかっていると、より理解しやすいかも?とは思う。私的に面白かったポイントを今回はまとめます。

まず、タラの家族の話。両親と上からトニー、ショーン、タイラー、ルーク、オードリー、リチャード、そしてタラの9人家族。両親の学歴について書いてあったか記憶がないけれども(後ほど述べる母親が対抗して自主出版する本の著者紹介によれば、母親の方はタラと同じ大学を出ている。)、上の3人だけが生まれた時に出生証明書がきちんと出され、短いながらも学校に通ったことがある状態で、下の4人は父親が政府を信用しなくなってしまった後に生まれたため、証明書もなければ通学経験もなかった。この「上3人がちょっとでも学校に通った」っていう点が、地味にタラの人生に影響があったのだろうと思う。というのも3人のうちタイラーが勉強を続けて大学に進んだから。多分、彼が勉強することを楽しく感じ、続けたいと思わなければ、タラに大学に行くべきだと誘うこともなかったのだ。

では、父親はいつから「こんな」になったのか。2番目の子供であるショーンが生まれた時に、ハーバリストを助産婦として雇って家で産んだらしいが、その次のタイラーは病院で生まれている。4人目のルークからが徹底して反政府的になっているので、この本の最初に触れられていた1992年に一家が住んでいるのと同じアイダホ州で起きたRuby Ridge事件自体は父親がサバイバリストになった直接の原因ではなく、単に父親の思想を強化する材料になっただけなのだろう。(ちなみにタラ本人は1986年生まれ。)つまりこれといった特定の原因はなく、後年タラが推測するように双極性障害の影響や、自分を含めた家族が数々の怪我をハーブとオイル(エッセンシャルオイル)だけで文字通りサバイブしたのが、彼のサバイバリストとしての思想をどんどん強化していった。元々は自立的であった母親のハーブオイル精製などのビジネスも、有名になるにつれ父親が吸収していったし、最後には地域で有力な雇用主になっており、大学教育を受けなかった4人の子供も親に養われている状態。母親も含めて皆彼の影響下に入ってしまい、そこから出ようとしたものは徹底的に痛め付けられるし、心理的傷を残す…でも自分の思想は絶対的に正しいと信じて、1ミリも疑っていない。うーん、見事な毒親!

ちなみにグーグルマップでBuck's Peak, Idahoで検索すると、彼女の生家がわかる。本の中でも「昔は5つのベッドルームしかなかったのに今は少なくとも40はありそう!」(3LDKひろーい!の日本人に喧嘩売っているわけじゃないと思います。)と言っていたほどの広さで、駐車場にとまっている車、アメリカンサイズだからそこそこ大きいはずだが、それと見比べると確かに相当大きな家だ…ちなみに、グーグルマップからは母親(父親)のやっているエッセンシャルオイルのウェブページも確認できる。見たところ、どうも「Educated」に反論?して「Educating」という自社出版本を出すらしい。売りは「ホームスクーリングで3人の子供を博士号取得まで育てた!」「コロナで学校に行けない時代に是非!」とのこと。ファンディングもしているが結果がちょっと寂しい感じである。

話を戻すと、親の思想の影響は大学に行っても続く。着る服や歯痛の治療、政府からの経済的援助を受ける受けないなど。周りの人が気をかけたことももちろんだが、タラは大学で習ったことをきっかけに世界を確実に広げていった。自分の父親が双極性障害ではないか?と気がつき、それによってより客観的に父親と家族を眺められるようになったのは心理学のクラスでだったし、「アイダホ州のRuby Ridge事件」という単語を同じ心理学のクラスで知り、それについて検索することで、父親から聞かされていたランディ・ウェーバーの話が事実とは全く違うもの、つまり「ホームスクール」が問題でウェーバー一家は射殺されたのではなかったことを知った。父親が言っていることは真実ではない、という知見を得たのだ。

初年度の西洋文明美術のクラスについてのエピソードがまた興味深い。そもそも、本来は1年生向けのクラスを取るべきだったが、このクラスは3年生向け。しかも初回の授業で「ホロコーストって何ですか?」って聞いてしまい、教室を氷点下状態にするわ、教科書の読み方を知らず、ただ絵を眺めていただけだったり、アメリカの大学で必ずお目にかかる「blue book(記述式用の10ページくらいのノート。本当に表紙は青い。というかあれは水色か?)」を試験で準備しなかったり、カラヴァッジョの綴りを間違えたり。ホロコーストを知らなかったり、教科書の読むべき場所がわからないというのは、流石にないと思うが、他は留学生あるあるである。となると、もう彼女は異邦人ではないか。ホロコーストを知っている分、留学生の方がまだ一般的なアメリカ人学生に近い。同じアメリカ、同じモルモン教徒でもこの分断である。言わんや…

その後のタラが学問を極めつつも、実家に戻ってしまい、そこで恐れ、傷つき、最終的に家族と決別するが、せめて母親にでも会いたいと思っても拒絶され…という部分もなかなか感動的というかハードムービングな話なのだが、どうもうまく言葉で言い表せないので、今回は割愛させてもらいます。

何れにしても教科書の読み方を知らない状態から奨学金をゲットできるまで成績を爆上げしているのは、本人の生まれ持った知性もあるだろうが、紛れもなくそれに加えて努力の結果である。この本を読んでいて、アメリカの大学に通いたくなってきてしまった。分断もあるし、争いも絶えない。しかし、(絶対ではないものの)努力が認められやすいのもアメリカという国だと私は思う。

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