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Exactly Like You

「イグザクトリー・ライク・ユー Exactly Like You」は1930年にジミー・マクヒューJimmy McHughが作曲し、ドロシー・フィールズ Dorothy Fieldsが作詞したポピュラーソング。ブロードウェイのミュージカル『ルー・レスリーのインターナショナル・レビュー Lew Leslie's International Revue』で紹介された曲。なおこのミュージカルでは「オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート On the Sunny Side of the Steet」も紹介された。「オン・ザ・サニー」がジャズでもっとも有名のひとつに曲になった一方で、「イグザクトリー・ライク・ユー」はいくぶんか知名度が劣る。が、ことトラッド・ジャズとマヌーシュ・ジャズにおいては永遠の名曲。永遠のスタンダード。ジミー・マクヒューが作曲した中でももっとも好きな曲の一つ。

憧れの対比

歌詞はしばしば言われるようにさまざまな対比がなされている (Furia & Lasser, 2006, p. 90)。ここではつぎの2つを挙げておきたい。まずは「なんで舞台なんかにお金を使わなくちゃいけないんだ?だれも君みたいなラブシーンをしないのに!」とあるように、舞台の一幕と自分の相手が対比されている。つまり、舞台とは比べものにならないくらい君は素敵だよってこと。そして「私が企んでいる計画」と「私が夢を見ている夢」が並列される。ここでは「計画」と「夢」という似ているようでまったく異なる概念が対比されている。つまり、現実的なことと空想的なことの対比。そうした「馬鹿げたこと」を「君みたいな人はわかってくれる」と相手の性格あるいは相手との相性を特徴づけている。

重要なのは「こうした対比が使われている」という事実なのではなく、こうした対比がどういったレトリカルな効果を与えているかにほかならない。こうした対比によって、得られる効果とは、先ほど見たように「相手が素敵な人物である」という特徴づけと言えるだろう。私が強調しておきたいのは、「歌い手(歌の主人公)の気持ちのたかぶり」、これである。恋愛をしたとき、しばしば相手のことをぼやーっと考えたり、嬉しくて夢見心地になったりする。そして、これまで「素敵だなあ」と思っていたこと(たとえば、ここだと「舞台のラブシーン」)と大好きなあの子を比較して、やっぱあの子の方が素敵となったりすることもあるだろう。「馬鹿げた計画」もどんな計画かわからないけど、恋愛で有頂天になっている時の計画だ。ハッピー野郎である。そうやっていろいろなことを考えるけれど、相手のことが好きでたまらない。そういった感情をこうした対比が描いているように思う。

雑記

メロディもかっこいいし、歌詞も素敵。だけどジャズにおいては「1931年の1月から1936年の8月まで」公式にはスタジオ録音がなされなかった (Gioia, 2020, p. 80)。ではどうやってスタンダードになったのかと言えば、ベニー・グッドマンのRCAの録音。なんとボーカルはライオネル・ハンプトン。テディ・ウィルソンのピアノがとてもかっこいい!このあと1937年にジャンゴ・ラインハルト率いるQHCFやカウント・ベイシーが録音し、だんだんと録音が増えていく。とくにQHCFのエンディングは一つの発明でマヌーシュ・ジャズの録音だと大抵はこのエンディングを行なっている(元ネタがあったように思うんだけど失念してしまった)。

それと余談だけど、exactly は | ɪɡzǽktli | と発音されると学校で習うけれど、日常で話す場合は、| ɪɡzǽkli | とtの発音を抜かしてもよい。カタカナにすると「イグザクリ」。イギリスだとこの発音が多いだろう。さらに | ɡzǽkli |とeの発音も落としてもよい。カタカナ表記だと「グザクリ」。 最後はそもそも伸ばさなくてよい。さらに | zǽkli | と eの発音もしなくてもよい。カタカナだと「ザクリ」。さらに発音のヴァリエーションとしてexaを | ɪkzǽ | もありうる。録音を聴いてみてもわりと発音にバラつきがある。

録音

Benny Goodman Quartet (Hollywood, August 26, 1936)
Benny Goodman (Clarinet); Teddy Wilson (Piano); Gene Krupa (Drums); Lionel Hampton (Vocal)
前述したグッドマンの録音。テディ・ウィルソンのピアノが美しい!それと結構ゆっくりのテンポでそこもかっこいい。

Quintette du Hot Club de France (Paris April 21 1937)
Stéphane Grappelli (Violin); Django Reinhardt (Guitar); Pierre “Baro” Ferret (Guitar); Marcel Bianchi (Guitar); Louis Vola (Bass);
ジャンゴとグラッペリの永遠の名演。いやーエンディングかっこいいんだけど、もう最初から全部が素敵。

Nat King Cole Trio (Hollywood, CA, July 26, 1949)
Nat King Cole (Vocal, Piano); Irving Ashby (Guitar); Joe Comfort (Bass); Jack Costanzo (Bongos)
ナット・コールがハリウッドに移ったあとのスモール・グループでの録音。名義はトリオだけどカルテット。これもまた素晴らしい。

Willie Nelson (Pasadena, Texas 1980)
Willie Nelson (guitar, vocals); Freddy Powers (guitar, vocals); Paul Buskirk (tenor guitar); Johnny Gimble (fiddle); Bob Moore (bass guitar); Dean Reynolds (upright bass)
ジャンゴから影響を受けたウェスタン・スウィング/ストリングス・バンドの編成での録音。御大ウィリー・ネルソンのギターも歌もかっこいい!私としてはジョニー・ギンブルのスキャットに萌える。

Cynthia Sayer (NYC 1989)
Cynthia Sayer (Banjo, Vocal); Dick Wellstood (Piano); Greg Cohen (Bass); Fred Stoll (Drums)
シンシア・セイヤーの録音。ディック・ウェルストゥッドがキレキレ!かっこいい!

Guy Van Duser & Billy Novick (Southborough, Massachusetts 1989)
Billy Novick (Clarinet); Guy Van Duser (Guitar)
ラグタイム・ギタリストのガイ・ヴァン・デューサーとクラリネット奏者のビリー・ノヴィックの録音。心が洗われるような美しい録音。泣けてきます。

Coolbone Swing Troop (New Orleans January, 1995 - March, 1995)
Abraham I. Cosse III (Tuba); Andrew A. Sceau (Snare Drums); Darryl Johnson (Alto Saxophone); Irvin Mayfield (Trumpet); Kerry Lewis (Bass Drums); Ronald Markham (Piano); Steven Johnson (Trombone)
クールボーン・スウィング・トゥループ名義の録音。ソロのかけあいのあるブラスバンド録音。とてもかっこいい!後半とか特に最高!

The 5 Nuts Do (Osaka 2001)
Matsui Tomotaka (Guitar); Ryosei Fuke (Clarinet); Tomoaki Jinno (Bass); Chiho Sage (Vibraphone); Yoshihiko Tsuchiashi (Drums); Tomonori Nomura (Vocal); Hiroshi Hata (Guitar)
大阪で活動していたファイヴ・ナッツ・ドゥーの録音。すごいスウィング!椅子がきしむ音も小さく聞こえて臨場感がすごい!

Hot Club of Cowtown (Austin Texas, May 10, 11, 12, 2003)
Elana James (Violin) Jake Erwin (Bass); Whit Smith (Guitar, Vocal)
ミドルテンポの軽快なウェスタン・スウィング。ジェイク・アーウィンのベースが素晴らしい…。まじやべえな。気持ち良すぎる。

Fapy Lafertin Quintet & Tim Kliphouse (Saint-Cyr-sur-Morin September 2003)
Tim Kliphouse (Violin); Fapy Lafertin (Guitar); Jan Brouwer (Guitar); Reinier Voet (Guitar); Simon Planting (Double Bass);
グラッペリ・スタイルの伝道師ティム・クリップハウスとベルギー・ロマのファピー・ラフェルタンの録音。「あれ?こんなに音のいいジャンゴの録音あるの?」となるくらい非常にQHCF。でも完コピとかじゃなくて随所に「グラッペリっぽさ」や「ジャンゴっぽさ」のオマージュが散りばめられている。素敵!

Back Burner (Edgewood, WA, 2007)
Loren Postma (Dobro & Vocals); Karen Story (Vocals); Lou Allen (Guitar & Vocals); Dave Campbell (Banjo Vocals); Brad Hull (Bass & Vocals); Al Bergstein (Mandolin & Vocals)
1990年から2011年まで活動していたブルーグラス・バンドの録音。

Carol Sloane (NYC May 6-7 2009)
Carol Sloane (Vocal); Bucky Pizzarelli (Guitar); Ken Peplowski (Tenor Saxophone); Aaron Weinstein (Violin); Steve LaSpina (Bass);
2023年に急逝したキャロル・スローンの録音。シカゴ・スタイルのベテラン達との録音。ベース・ソロが難解なんだけどケン・ペプロウスキーの枯れたサックスの音色もアーロン・ワインスタインのバイオリンも美しい。何より歌が沁みます。

The Old Dixie Bones (Nuremberg March 27 2011)
Norbert Weigand (Sousaphone / Tuba); Mathias Rösel (Clarinet); Peter Pelzner (Guitar); Christian Tournay (Drums)
ドイツはニュルンベルクで活動しているスウィング/トラッド・ジャズバンド。ニューオーリンズ、スウィング、ジャンゴ・スタイルを統合したようなスタイル。かっこいい!

Baron & Jordan (Tokyo[?] 2011)
Baron (Vocal, others); Jordan Cheung (Percussion, Trumpet, Vocal); Saya (Bass)
バロンさんこと上の助空五郎さんとジョーダンさんの録音。日本語の歌詞もとっても素敵。明るい気持ちになる。いいなあ!

Casey Driscoll (2011 [?])
Casey Driscoll (fiddle); Taylor Baker (mandolin); Brennen Ernst (guitar); Ralph Gordon (bass)
ケイシー・ドリスコールの録音。ジャンゴたちの録音を踏襲したスタイル。

Rose Room (Glasgow 2011)
Seonaid Aitken (Violin & Vocals); Conor Smith (Guitar); Tam Gallagher (Guitar); Jimmy Moon (Double Bass)
マヌーシュ・ジャズのスタイルでは一番好きかもしれない。スコットランドはグラスゴーのローズルームの録音。ドンシャリなギターが気持ち良い。それとなによりバイオリンがかっこよくてボーカルも素敵。

Little Fats and Swingin’ Hot Shot Party (Tokyo 2013)
Atsushi Little Fats (Tenor Banjo and Cornet); Charlie Yokoyama (Washboard); Dr Koitti One Two Three (Violin); Red Fox Maruyama (Clarinet); Yamaguchi Beat Takashi (Guitar); Doggie Maggie Oguma (Bass); Hajime “Big Fats” Hajime (Piano)
テンポを落とした録音。ライブでは速いテンポで演奏されている。どちらもめちゃくちゃかっこいい!

Norbert Susemihl, Daniel Farrow, Seva Venet, Kerry Lewis (New Orleans April 29 2013)
Norbert Susemihl (Trumpet); Daniel “Weenie” Farrow (Tenor Saxophone); Seva Venet (Guitar); Kerry Lewis (Bass)
スローでレイドバックした録音。ダニエル・ファロウのサックスかっこいい!

Akiko (Yokohama 2014)
Akiko (Vocal); Atsushi Little Fats (Vocal, Trumpet); Hajime Kobayashi (Piano);
AkikoさんとAstushiさんがボーカルを分かち合っている。前にAstushiさんに聞いたところ、AkikoさんとはAkikoさんがジャズを歌う前から知り合いだそう。透き通ったAtsushiさんの声はAkikoさんのダイレクションだったらしい。

Combo Royale (Toronto, Ontario, 2015)
Sarah Hamilton -(Violin); Gabriel DeSantis (Banjo); Ralph Pastore (Piano); Sam Petite (Bass); Steve Wellman (Washboard); Caitlin Wellman (Vocal);
ニューオーリンズ派のコンボ・ロイヤルの録音。とてもよい。

Gypsy Swing Revue (Denver, Colorado 2016)
Elliot Reed (lead guitar); Kristi Stice (vocals); Stephen Hill (rhythm guitar); Anthony Salvo (violin); Jean-Luc Davis (upright bass)
コロラドはデンヴァーで活動しているマヌーシュジャズ・バンドのジプシー・スウィング・レヴュー。

David Naiditch (Los Angeles 2016)
David Naiditch (Chromatic Harmonica); Stuart Duncan (Fiddle); Sierra Hull (Mandolin); Jake Workman (Guitar);
クロマチック・ハーモニカ奏者のディヴィッド・ナイディッチの録音。ブルーグラス!メンバー豪華!むっちゃ素敵!

Tiny Song Show (Saitama March 22, 2020)
Atsushi Little Fats (Vocal, Guitar); Miho Seida (Saxophone, Vocal); Yuu Fukuzawa (Bass); Atsuki Takizawa (Drums)
R&Bバンドのタイニーの録音。ミホさんのコーラスがかっこいい!ファックザワさんのベースが最高!

Marta Sierra (Barcelona or Les Sables d'Olonne 2020)
Fredrik Carlquist (Clarinet); Stuart Grant (Double Bass); Maxime Bousquet (Guitar); Marta Sierra (Violin)
バルセロナを代表するジャズ・バイオリニストのマルタ・シエラの録音。テーマはクラリネットが演奏し、ソロになる。ダイナミックスのあるバイオリンでかっこいい。

Jonny Kerry (London 2021)
Jonny Kerry (Accordion/Vocal); Ducato Piotrowski (Guitar); Harry Diplock (Guitar); Mike Green (Double Bass); Alex Magni (Drums & Percussion)
ロンドンで活動しているアコーディオン奏者のジョニー・ケリーの録音。フレンチジャズ風味でかっこいい。

参考文献

  • Gioia, Ted. (2021). The Jazz Standards: A Guide to the Repertoire, 2nd Ed. Oxford: Oxford University Press.

  • Furia, Phillip & Lasser, Michael. (2006). America’s songs: The stories behind the songs of Broadway, Hollywood, and Tin Pan Alley. London: Taylor and Francis.


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