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Tiger Rag

「タイガー・ラグ Tiger Rag」は 1917年に オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド Original Dixieland Jass Band のメンバーであった ニック・ラロッカ Nick LaRocca、 エディ・エドワーズ Eddie Edwards、 ヘンリー・ラガス Henry Ragas、トニー・スバーバロ Tony Sbarbaro、ラリー・シールズ Larry Shields が作曲し、ハリー・デコスタHarry DeCosta が作詞として著作権登録されたジャズ・ナンバー。

A〜Cメロがあるが、録音によってはBメロが省かれる場合がある。ちなみにしばしば歌われる「虎を捕まえろHold the Tiger」というフレーズは日本語でいうところの「虎穴に入らずんば虎子を得ず」を意味する「虎の尻尾を捕まえる holding a tiger by the tail」のこと (Gioia, 2021)。危険な状況や問題に向かって立ち向かうことを意味している。歌詞もいくつかヴァリエーションがあり、ボビー・ショートはBメロにオリジナルの歌詞を当てている。

だれが作曲者なのか?

しばしば言われることではあるが、この曲の真の作曲者はわかっていない (Gioia, 2021)。というのも一次資料を読んでみても同時代の人たちであっても言っていることがバラバラだからだ。

ジェリー・ロール・モートン Jelly Roll Morton がフランスの舞曲であるカドリーユを元に組み立てたと主張している。が、実際のインタビューではもう少し踏み込んでいる。ちなみにカドリーユは4人から8人の男女がペアになって踊る18世紀ごろに成立したダンスの形式を指す 。のちにカリビア音楽に結びついた(Snodgrass, 2016)。またルイジアナがフランス領であったことに鑑みると、ニューオーリンズの地でこうしたフランスのダンス音楽を取り入れること自体は不思議な話ではない。

「タイガー・ラグ」は、さまざまなテンポで演奏される古いカドリーユが変化したものなんだ。[曲の]イントロダクション[(Aメロの最初の4小節)]で、お客さん全員がパートナーを見つけることになっていた。[...]そして、みんなは自分のパートナーを手に入れるために、会場を駆け回ることになる。そして、その間に5分くらいこのパートを演奏するんだ。[...]つぎのパートはワルツのパートだった。[...]そのつぎは別のパートが来るんだ。マズルカだ。[...]このときのリズムは2/4だった。

(Lomax & Morton, 1938, pp.31–33)

こうして 「タイガー・ラグ」は、さまざまな音楽の要素を組み合わせた曲だということがわかる。さらにインタビュアーのアラン・ローマックスは「誰が名付けたのか?」と聞くとモートンは次のように答えた。

おれが名付けたんだ。[...]ある人が「トラの鳴き声みたいだ」と言ったんだ。おれは 「いいじゃねえか」と言ったんだ。自分でも「その名前がいい」と思ったんだ。

(ibid. p. 32)

ところが、ジョニー・センシアはインタビューで 「タイガー・ラグ」の作曲者について問われた際につぎのように言っている。

アラン・ローマックス: 彼が  「タイガー・ラグ」の作曲者だったという話を聞いたことはありますか?
ジョニー・センシア: いや、ディキシーランド・ジャズ・バンドが初めて聴いたバンドで、レコードで聴いたんだ。彼らが演奏したのを聴いたのが初めてだった。
ローマックス: ジェリー・ロールがその曲を作曲したと言っていました。
センシア: あのな、あの子たちは、ここ[ニューオーリンズ]で楽器を学んだんだ。そして、あいつらはニューオーリンズのいろいろなナンバーのパートを拾ってきて、曲を作ったんだ。でも、あの 「タイガー・ラグ」は誰のメロディでもなかったんだ。何種類かのメロディーを組み合わせて作ったんだ。
ローマックス: ジェリー・ロールは、あのうねり声を入れたんだと言っていました、ご存知ないですかね?
センシア: あの 「ウーーーーー Whooooo」を?ああ、わからないなあ。かれは自分の手柄にしすぎだと思うよ。

(Lomax &  St Cyr, 1949, p. 153)

タイガー・ラグのうねり声のところがどこを指しているのか微妙にわからないが、センシアは明確にモートンが作曲に関与したことを否定している。このように同時代の人たちであってもまったく正反対のことを言っている。が少なくとも、さまざまな曲を組み合わせて作られたということは共通している。そうした意味でこの曲もコラージュのようであり、またサンプリング感覚のある曲とも言えるだろう。

サンプリング性

この曲に限ったことではないが、 「タイガー・ラグ」のコード進行もまたしばしば別の曲に使用されている。デューク・エリントンは 「タイガー・ラグ」を用いて Wispering Tiger、Daybreak Express、Braggin’ in Brassの3つを作曲している。Whisperingはほとんど「タイガーラグ」と一緒だがDaybreakとBragginはまさに「タイガーラグ」をサンプリングした曲のように聴こえる。またルイ・アームストロングも「ホッター・ザン・ザット Hotter Than That」を作曲するのにこの曲を下敷きにしている。

録音

Tom Dorsey (New York City, November 10, 1928)
Tom Dorsey (Trumpet); Eddie Lang (Guitar); Jimmy Williams  (Bass); Stan King (Drums)
20年代の録音。しかもスモールグループ。ジミー・ウィリアムスのベースがとんでもなくかっこいい録音。とてもホットで美しい。

Quintette du Hot Club de France (Paris, December 1934)
Stéphane Grappelli (Violin); Django Reinhardt (Guitar); Roger Chaput (Guitar); Joseph Reinhardt (Guitar); Louis Vola (Bass)
グラッペリとジャンゴはいくつかタイガーラグを録音しているけど、1934年の録音がもっともクラシカルかつホットでとても好き。ここで聴けるジャンゴのオブリがどうしようもなくかっこいい。

Teddy Wilson (NYC, August 11, 1938)
Teddy Wilson (Piano)
テディ・ウィルソンのソロ・ピアノ。私はテディ・ウィルソンの演奏の中でもとくに高音のフレーズがとても好き。もちろん技巧的な素晴らしさがあるのかもしれないけどとても惹き込まれる演奏。そして一回聴いただけで「あっ!テディ・ウィルソン」とわかるところも好き。

Benny Goodman Sextet (NYC, August 29, 1945)
Benny Goodman (Clarinet); Red Norvo (Vibraphone); Mel Powell (Piano); Mike Bryan (Guitar); Slam Stewart (Bass); Morey Feld (Drums);
グッドマンの1945年の録音。グッドマンがノリに乗っててとんでもないことになっている。それぞれの楽器の粒立ちもよくてどこを取っても楽しめる名演。

Quintette du Hot Club de France (Paris, November 1947)
Stéphane Grappelli (Violin); Django Reinhardt (Guitar); Joseph Reinhardt (Guitar); Eugène Vées (Guitar); Fred Ermelin (Bass)
グラッペリ&ジャンゴの1947年の録音。こちらの録音の方が当然だけど音がよい。またジャンゴの長めのソロを楽しむことができる。

Kid Ory & His Creole Jazz/Dixieland Band (NOT GIVEN, August 25-26, 1957)
Kid Ory (Trombone); Darnell Howard (clarinet); Marty Marsala (trumpet); Cedric Haywood (piano); Frank Haggerty (guitar); Earl Watkins (drums); Charlie Oden (bass)
どちらかというとモダンなシカゴ・スタイルのキッド・オリーの録音。録音場所がわからなかったのだけどここで聴けるホットなトロンボーンと

Stephane Grappelli/David Grisman (Boston, September 20, 1979)
David Grisman (Mandolin); Stephane Grappelli (Violin); Mark O'Connor (Fiddle); Rob Wasserman (Bass); Mike Marshall (Guitar); Tiny Moore (Electric Mandolin)
グリスマンのバンドにグラッペリが加わった編成。ライブ実況録音。アレンジはマーク・オコナー。極めて美しくホットな録音。最高!

Andy Stein and Friends (NYC, February 13, 1986)
Andy Stein (Violin); Andy Stein (Guitar); Tony Garnier (Bass)
アンディ・スタインのトリオ。いやーこれは素晴らしい!

Stephane Grappelli (Paris 13-16 November 1989)
Stéphane Grappelli (Violin); Pierre Gossez (Clarinet); Maurice Vander (Piano); Marc Fosset (Guitar); Martin Taylor (Guitar); Jack Sewing (Bass);
グラッペリのバンドにピエール・ゴゼとモーリス・ヴァンデールが加わった録音。大変美しい。

Tim Laughlin and Tom Morley (New Orleans, 14–15 and July 17, 1997)
Tim Laughlin (Clarinet); Tom Morley (Violin); John Royen (Piano); Hank Mackie (Guitar); Hal Smith (Drums); Al Bernard (Bass)
ニューオーリンズで活動するティム・ラフリンとトム・モーリーのデュエット録音。どちらかと言えばシカゴスタイルっぽいんだけど、ラフリンのスタイルは完全にニューオーリンズ。モーレイのやや長めのソロがまた素晴らしい。

Mark O'Connor's Hot Swing Trio (New York, August 26–30, 2002)
Mark O'Connor (Violin); Frank Vignola (Guitar); Jon Burr (Bass); Wynton Marsalis (Trumpet)
マーク・オコナーのトリオの録音にウィントン・マルサリスが加わった録音。ウィントン・マルサリスのトランペットは、やたらとキラキラしている。ニューオーリンズ・スタイルから影響を受けたモダン・ジャズって感じ。アレンジはやはりオコナー自身のアレンジでかつてグリスマンのバンドでやったアレンジと同じ。

Mark O’Connor’s Hot Swing Trio (NYC, September 21 and 22, 2004)
Mark O'Connor (Violin); Frank Vignola (Guitar); Jon Burr (Bass)
マーク・オコナーの実況録音。自身のアレンジを元にしていてここではトリオで演奏している。オコナーのヴァイオリンがとんでもなくかっこいい!わたしはオコナーの演奏をたっぷり堪能できるこちらの方がお気に入り。

Didier Lockwood (Paris, 2008)
Didier Lockwood (Violin); Fiona Monbet (Violin); Richard Manetti (Guitar); Zacharie Abraham (Bass)
ディディエ・ロックウッドのアレンジによるフィオナ・モンベとのデュエット。オコナーたちのデュオとも似ているんだけどまったく違ったアプローチでこちらも美しい。

California Feetwarmers (Los Angeles, 2013)
Brandon Armstrong (tuba, bass); Charles DeCastro (trumpet, accordion); Joshua Kaufman (clarinet, piano); Jeffrey Moran (guitar); Patrick Morrison (plectrum banjo, vocals); Juan Carlos Reynoso (washboard, vocals); Dominique Rodriguez (bass drum); Justin Rubenstein (trombone); Andy Bean (banjo)
LAで活動しているニューオーリンズ・スタイルのトラッドジャズ・バンド。パワーがあってシリアスな感じはなく非常に楽しい。ギターがまさにダニー・バーカーという感じ。

Mark O’Connor and Maggie O’Connor (Miami, Florida, February-April, 2015)
Mark O’Connor (Fiddle); Maggie O’Connor (Fiddle)
マーク・オコナーとマギー・オコナーによる美しいフィドル・デュオ。短い演奏なんだけどかつて自分がグラッペリとも演奏したアレンジをここでも展開している。

Haruka Kikuchi (New Orleans, 2015)
Haruka Kikuchi (Trombone); Yoshitaka "Z2" Tsuji (Piano); Barry Stephenson (Bass); Shannon Powell (Drums);
菊池ハルカさんの録音。シャノン・パウエルとバリー・スティーヴンソンがかっこよすぎてとんでもないことになっている。菊池さんのソロではいろいろな名曲のフレーズを聴ける。

Annie and the Fur Trappers (St Louis 2016)
Annie Linders (trumpet); Nathan Rivera (banjo); Matthew Berlin (Tuba); Taylor Maslin (clarinet); Ed Goroza (trombone); Rob Rudin (Washboard)
セント・ルイスのトラッドジャズ・バンドのアニー・アンド・ファー・トラッパーズの録音。ここではウォッシュボードが使用されていてどちらかといえばニューオーリンズ・スタイル。

Fascinating Grappelli (Paris, 2017)
Olivier Leclerc (Violin); Jean-Baptiste Gaudray (Guitar); Zacharie Abraham (Bass)
グラッペリのトリビュート・バンドとして短期で活動していたファシネイティング・グラッペリの録音。必ずしもマヌーシュ・ジャズというわけではなくてスタイルとしてはマーク・オコナーのトリオに近い。美しい!

Tongue in Cheek Jazz Band (Baltimore 2017)
Zach Serleth (Banjo); Bridget Cimino (Vocals); Kevin Myers (Trombone); Matt Andrews (Violin); Ed Golstein (Tuba); Nick Stevens (Drums); Steven Cunningham (Trumpet)
バルティモアで活動していたタング・イン・チークの録音。基本的にヴァイオリンがテーマを演奏している。ニューオーリンズ・スタイルの演奏のホットな録音。

Muddy Basin Ramblers (Taipei, 2016-2018)
David Chen (National resonator guitar, Vibraslap); Cristina Cox (Violin, Backing vocals); Tim Hogan (Washboard and Percussion, Backing vocals); Mojo Laviolette (Clarinet, Backing vocals); Eddie Lin (Piano); TC Lin (Trumpet, Backing Vocals); Sandy Murray (Soprano saxophone, Backing vocals); Conor Prunty (Washtub bass, Backing Vocals); Will Thelin (Jug, Backing Vocals)
アジアを代表するジャグ・バンドとなったマディ・ベイジン・ランブラーズの録音。とても楽しくまた完成された録音!

きつねのトンプソン (Kawasaki, 17 October, 2018)
Rie Koyama (Xylophone); Takumi Kodera (Banjo); Akihide Teshima (Bass); Tomohito Yoshijima (Drums)
大好きな素敵アメリカーナ・バンドのきつねのトンプソンの名演。異なるバックグラウンドを持つメンバーが集まったスーパーバンド。ライブではめちゃくちゃ速くなっててすごいことになってた。かわいくホットな録音。

Mem’Ory (Draveil, France, NOT GIVEN)
Michel Bonnet (Cornet); Patrick Bacqueville (Trombone); Guy Bonne (Clarinet); Christophe Davot (Guitar); Jacques Schneck (Piano);Enzo Mucci (Bass); Michel Sénamaud (Drums)
フランスのトラッドジャズ・バンドのメム・オリーの録音。2019年リリース。キッド・オリーのトリビュートなのだがこのアルバムではとくにラグタイムの曲に焦点が当てられている。力強くでドライブ感のあるスウィングが素晴らしい!

The Fried Seven (Amsterdam, 2024)
Pablo Castillo (cornet); Matteo Paggi (trombone); Marti Mitjavila (tenor sax and clarinet); Pepijn Mouwen (alto sax, clarinet, and arrangements); Cem Karayalcin (guitar, banjo); Simon Osuna (string bass); Carlos Ayuso (drums)
アムステルダムで活動しているフライド・セヴンの録音。

参考文献

  • Gioia, Ted. (2021). The Jazz Standards: A Guide to the Repertoire, 2nd Ed. Oxford: Oxford University Press.

  • Lomax, Alan & Morton, Jelly Roll (1938). the 1938 Library of Congress Recordings of Jelly Roll Morton.

  • Lomax, Alan & Johnny St Cyr. (1949). Selections from the 1949 New Orleans Jazz Interviews.

  • Snodgrass, Mary Ellen. (2016). The Encyclopedia of World Folk Dance. New York: Rowman & Littlefield.


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