見出し画像

Ah! Sweet Mystery of Life

「アー!スウィート・ミステリー・オブ・ライフ Ah! Sweet Mystery of Life」は、1919年に上演されたオペラッタ『浮かれ姫君 Naughty Marietta』に登場する曲。ヴィクター・ハーバート(Victor Herbert)作曲、作詞がライダ・ジョンソン・ヤング(Rida Johnson Young)。いわゆるポピュラー・ソングであるが、ジャズ・ミュージシャンのレパートリーになっている。必ずしもスタンダードという地位を得ているわけではないと思うがとてもよい曲。

『浮かれ姫君』は1935年に映画に翻案される。マリー王女が政略結婚から逃れるために、フランス、パリから当時フランス領であったルイジアナ州ニューオーリンズに向かう。その途中で海賊に襲われ、リチャード船長に出会いときめき恋に落ち、結ばれる、という感じ。この曲のメロディは、映画の中で繰り返し使われる。政略結婚から逃れ、まだ見ぬ素敵な相手を思い描く際に演奏されたり、歌われたりする。また、「海の音楽」と表現しており、作品の中で起こることを予兆している。ちなみに、映画に出てくる犬がめちゃくちゃかわいい。たぶんキャバリアかアメリカン・コッカー・スパニエル。天使かな?たぶん天使だと思う。

『浮かれ姫君 Naughty Marietta』のポスター。青い色は海と夜を表現している。

古いヨーロッパと新しいアメリカ

さて、映画の中では「古い価値観のヨーロッパの上流社会」と「新しい価値観のアメリカ」が対比されている。ヨーロッパ社会の侍女達や船のなかで出会うヨーロッパ人の女性たちは政略結婚を否定し、恋愛結婚を望む。つまり、彼女たちは、主人公が逃れようとした価値観ではなく、主人公が求める新しい価値観を持っている。このような旧価値観の否定は映画のなかでたびたび行われる。

同時に、こうした新しい価値観はアメリカ社会における一般的心理を表象している。そういった意味でアメリカ人の観客にとっての「普通の価値観」と呼ぶことができる。アメリカの白人社会には、貧富の差はあれど、ヨーロッパのような階級はない。だから普通の価値観は基本的に当時のアメリカの白人に期待されるような価値観である。この物語の主人公が憧れるのはまさにそうしたアメリカの白人が持っている平凡な価値観にほかならない。

こうした対比により強化されるのは、「自由の国アメリカ」というアメリカ人の考える自己イメージだ。そうしたイメージは、古い価値観から逃避した終着点であり、誰であれ自由恋愛が保証され、古い価値観に縛られない、そういったイメージだ。これがアメリカ人の監督によって、アメリカ人の観客に向けて上映されることで、こうした自己イメージは強固になる。

映画では、アメリカ的価値観が最高潮のなったところで"Ah! Sweet Mystery of Life"が歌われる。歌詞はまさに「ああ!命の神秘!宇宙で一番大切なのは愛!世界は愛を求めている!愛こそすべて!」という感じ。だいぶ素敵な歌詞。他方で、先ほどの新旧の価値観の対比に鑑みると、この曲はオペラ調に歌われており、結局古い価値観にどこか縛られることが示唆されているのかもしれない。つまり、オペラというヨーロッパの手法で歌われたこの曲を聴き心が動かされた観客がそうした事態に気付いた時、観客は自分が実はヨーロッパ的価値観を否定できないことに気がつくのである。

録音

Connie Boswell with Bob Crosby's Bobcats (Los Angeles, California November 16 1937)
Connie Boswell (vocals); Yank Lawson (trumpet); Warren Smith (trombone); Matty Matlock (clarinet); Eddie Miller (clarinet, tenor saxophone); Bob Zurke (piano); Nappy Lamare (guitar); Bob Haggart (bass); Ray Bauduc (drums)
ボズウェル・シスターズのコニー・ボズウェルとボブ・クロスビーのボブ・キャッツの録音。ボブ・キャッツはボブ・クロスビー楽団の「バンド内バンド」で楽団から選ばれたメンバーで構成されるニューオーリンズ/ディキシーランド・バンドのこと。

Dick Meldonian Trio (NY March 15 1983)
Peter Compo (Bass); Marty Grosz (Guitar); Dick Meldonian (Soprano Saxophone)
この録音ではじめて"Ah! Sweet Mystery of Life"を聴いた。それからずっと好きな録音。わたしのなかでは間違いなく決定的な録音。もうソロもアンサンブルも最高!マーティ・グロス最高!たぎりますね。イヤァオ!

ほかにも結構録音されている。サラ・ヴォーン(Sarah Vaughn)はジャズというよりクラシックと捉えてそういったアレンジで歌っている。マキシン・サリヴァン(Maxine Sullivan)はピアノをバックにフランス語で歌っている。これもよきよき。


投げ銭箱。頂いたサポートは活動費に使用させていただきます。