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Dinah

「ダイナ Dinah」は1925年にハリー・アクスト Harry Akst が作曲し、ジョー・ヤングJoe Youngとサム・ルイス Sam Lewisが作詞したポピュラーソング。トラッド・ジャズの大スタンダードとなっている。

2人の人気スターが広めた曲

以下では、この曲がどうやってヒットしたのかにかんして、フューリアとラッサーの記述(Furia & Lasser, 2006)とテッド・ジョイア (Gioia, 2021) の記述を踏まえて瞥見してみよう。

この曲を有名にしたのは、まずはエディ・カンター Eddie Cantorだった。1923年からブロードウェイでミュージカル『キッド・ブーツ』が開演した。このミュージカルはとてもヒットし、1925年2月に閉幕するまで489回も上演された。ただ主演のエディ・カンターはフィナーレで歌われるアーヴィング・バーリンの曲がどうしても気に入らなかった。ある日、フィラデルフィア公演のあと、当時アーヴィン・バーリンの出版社で働いていたアクストとヤングの二人は、エディー・カンターと3人で楽屋で談笑していた。そこでカンターは二人にバーリンが書いた曲がどうしても気に入らないと打ち明ける。そんな談笑の最中にアクストが適当にピアノで弾き語りした曲をカンターが気に入り、そのメロディーが「ダイナ」の元になった。その後、アクストがメロディを整え、ヤングが歌詞を付け加えると、舞台ではこの曲が使われるようになった。

もう一人は、白人向けのヴォードヴィルで成功した最初の黒人女性歌手のエセル・ウォーターズ Ethel Watersだった。当時、ブロードウェイのウィンター・ガーデン・シアターの高級カフェ「プランテーション・カフェ」でフローレンス・ミルズに代わって歌っていたウォーターズに、ハリー・アクストとジョー・ヤングが「自分たちが書いた新しい曲をやってみないか」と持ちかけた。最初、彼女は難色を示した。が、アクストたちの「君のやり方で歌えばいいじゃないか」という助言を受け、彼女はこの曲を「ユーモラスな要素を控えめにした、ジャズへと変貌させ」「さらに適度な官能性を与えた」(Gioia, 2021, p. 62)。この録音は大ヒットすることとなり、これ以降ジャズの録音が増えた。

歌詞

歌詞は、カロライナ州にいるダイナ・リーちゃんという架空の女性に向けて歌われている。「ダイナ、カロライナ州に君より素敵な人はいる?いるわけないよね!」と歌われる。さらに「ディキシーの瞳を輝かせるダイナ。ダイナ・リーの瞳をじっと見つめるのが僕は大好きさ。」と続く。知らない人じゃなくてもそもそも人の目を見つめるのが苦手な私はこの時点ですごいなあとなる。ダイナちゃんのことが好きな歌い手は「もしダイナが中国に迷い込んだら、私はダイナ・リーと一緒にいるために、太平洋を行き来する船に飛び乗るだろう!」と宣言する。パワフルな主人公である。

また日本語でも岸井明やリキー宮川、石原裕次郎、ディック・ミネ、The Timersが録音しており、それぞれにバリエーションがある。わたしは伝説の巨漢ヴォードヴィリアンの岸井明の歌と歌詞が一番好き。日本語の詞だと忘れられがちだけど、一部でちゃんと韻も踏んでいる。「へへっ!悪く思うな」という台詞が素敵。

録音

Joe Venuti’s Blues Four (NYC March 28 1928)
Joe Venuti (Violin); Eddie Lang (Guitar); Rube Bloom (Piano); Don Murray (Baritone Saxophone)
エディ・ラングのギターとジョー・ヴェヌーティのバイオリンを堪能できる録音。アレンジもソロも素敵!

Quintette du Hot Club de France (Paris December 1934)
Stéphane Grappelli (Violin); Django Reinhardt (Guitar); Roger Chaput (Guitar); Joseph Reinhardt (Guitar); Louis Vola (Bass);
QHCFの録音。さすがジャンゴといった美しくもの悲しいメロディのギターに惚れ惚れする。そして後半のグラッペリのヴァイオリンが泣ける。素敵!

Fats Waller and His Rhythm (NYC June 24, 1935)
Fats Waller (Vocal, Piano); Herman Autrey (Trumpet); Eugene Sedric (Clarinet and Also Saxophone); James Smith (Guitar); Charles Turner (Bass); Arnold Bolden (Drums)
大好きファッツ・ウォーラーの録音。とても楽しいスウィングでわたしが好きなジャズが詰まった録音。

岸井明 (Tokyo, October 25, 1935)
岸井明 (Vocal); 紙恭輔とそのジャズバンド (Others)
巨漢ヴォードヴィリアンの岸井明の録音。歌詞を訳したのは、金子みすゞの弟の山上雅輔。「誰よりもトテシャンな」というフレーズが出てくるが、当時の
流行語で美人を「シャン」といい、「とてもシャン」を略したもの。

Benny Goodman Quartet (Hollywood, August 26 1936)
Benny Goodman (Clarinet); Teddy Wilson (Piano); Lionel Hampton (Vibraphone); Gene Krupa (Drums)
ライオネル・ハンプトンのヴィブラフォンから入る素敵録音。ドライブ感のある録音で、ヴィブラフォン好きとしてはとてもテンションの上がる録音。

Eddie South & Stéphane Grappelli (Paris, September 29 1937)
Eddie South (Violin); Stéphane Grappelli (Violin); Django Reinhardt (Guitar); Roger Chaput (Guitar); Wilson Myers (Bass)
エディ・サウスとグラッペリのダブル・バイオリンの録音。エディ・サウスのヴァイオリンに呼応してグラッペリもどんどん凄まじいソロを展開している。とんでもなくかっこいい!

Pee Wee Russell's Rhythmakers (NYC, August 31, 1938)
Pee Wee Russell (Clarinet); Max Kaminsky (Trumpet); Dicky Wells (Trombone); Freddy Green (Guitar); James P Johnson (Piano); Wellman Braud (Bass); Zutty Singleton (Drums)
ピー・ウィー・ラッセルのバンドでの録音。わたしとしてはジャイムズPのピアノが素敵でしばしば聴いている録音。

Lionel Hampton (NYC December 21 1939)
Lionel Hampton (Vibraphone); Coleman Hawkins (Tenor Saxophone); Benny Carter (Trumpet); Edmond Hall (Clarinet); Joe Sullivan (Piano); Freddie Green (Guitar); Artie Bernstein (Bass); Zutty Singleton (Drums);
ライオネル・ハンプトンのヴィクター・セッション。ニューヨークでしのぎを削っていたミュージシャンたちの共演。コールマン・ホーキンスのソロのあとのハンプトンに萌えまくる。私としてはズッティー・シングルトンにも萌える。

Bob Wills & His Texas Playboys (San Francisco May 27, 1946)
Bob Wills (Fiddle / Vocals); Tommy Duncan (Vocals); Joe Holley (Fiddle); Millard Kelso (Piano); Lester (Junior) Barnard (Electric Guitar); Billy Jack Wills (Bass); Johnny Cuviello (Drums)
サンフランシスコで行われたラジオ放送用の録音、通称ティファニー・トランスクリプションから。ウェスタン・スウィングでのアレンジを決定づけたような録音。

Thelonious Monk (Los Angeles October 31, 1964 – March 2, 1965)
セロニアス・モンクのソロ・ピアノの録音。あまりビバップとかハードバップなどいわゆるモダン・ジャズには明るくないんだけれど、とても素敵!こういう録音もするんだなー!

Dan Sadowsky & The Ophelia Swing Band (Denver, January 1978)
Dan Sadowsky (Vocal, Guitar, Banjo); Washboard Chaz (Washboard); Bob Junemann (Hamrmonica, Whistling); Phil Sparks (Bass); Tim O'brien (Fiddle); Harry Aceto (Banjo)
ダン・サドウスキーとオフィーリア・スウィング・バンドの録音。日本語ではオフェリアと呼ばれているが一般的にopheliaはオフィーリアあるいはオフィリアと読む。『ハムレット』に出てくるハムレットの恋人だ。アメリカン・フォーク・ミュージック・リヴァイヴァルの歴史に位置付けられる録音。ものすごくかっこいいアーコスティック・スウイング!

Ralph Sutton & Ruby Braff (NY 1980[?])
Ralph Sutton (Piano); Ruby Braff (Cornet); Jack Lesberg (Bass)
サッチモ・スタイルのブラフとウォーラー・スタイルのサットンの録音。枯れるような音色のコルネットがとても美しく、バラードとして録音されている。これもだいぶ好き!

Paul Bacon (NYC 1990s)
Paul Bacon (Vocals); Keith Ingham (Piano); Mike Hashim (Alto Saxophone); Coral Fawkes (Bass); Rob Garcia (Drums); James Chirillo (Guitar); Stan King (Percussion); Jon-Erik Kellso (Trumpet);
録音年日がわからないのだけけれど画家/デザイナーのポール・ベーコンの録音。キース・インガムのバンドとの演奏。とても素敵!何度も聴ける素敵な録音。

Hot Club Of Cowtown (San Diego, August, 1997)
Whit Smith (Guitar, Vocals); Elana James (Fiddle); T.C. Cyran (Bass)
かつてカセットだけで売られていたHCCTの録音。かなりウェスタン・スウィングに志向している。音は悪いんだけどバンドの初期衝動みたいな感じが素敵。後年にもう一度録音されていてその時のベースはジェイク・アーウィンでドラムが入っている。そっちの録音は新たにイントロが加わっていて素敵。

Lino Patruno & The Red Pellini Gang (Rome November 7 1998)
Mauro Carpi (Violin); Giancarlo Colangelo(Bass Saxophone); Giorgio Cuscito (Piano); Lino Patruno (Guitar); Clive Riche(Vocal)
マウロ・カルピのリーダー作にも収録されているレッド・ペリーニ・ギャング名義の録音。ラング=ヴェヌーティのスタイルを踏まえている。またバイオリンのソロでLady be Goodが引用されている。とても素敵!

Allan Vaché Big Four (Ocala, Florida July 18 & 19, 1999)
Allan Vaché (Clarinet); David Jones (Cornet); Bob Leary (Guitar); Phil Flanigan (Bass);
アラン・ヴァシェの録音。緩急のあるアレンジで、ソロもすげえかっこいい!シカゴ・スタイルとジャンゴ・スタイルを混ぜたようなスタイル。

Casey Driscoll (2011 [?])
Casey Driscoll (fiddle); Taylor Baker (mandolin); Brennen Ernst (guitar); Ralph Gordon (bass)
ケイシー・ドリスコールの録音。ドーグに通じるサウンドでダンサンブル。

Van Django (Vancouver 2006)
Cameron Wilson (Violin); Budge Schachte (Guitar); Finn Manniche (Guitar); Brent Gubbels (Bass)
カナダのマヌーシュジャズ・バンド、ヴァン・ジャンゴの録音。なんでかわからないけれどカナダ人のヴァイオリニストを好きになることが多い。ここで弾いているキャメロン・ウィルソンの音がすごく好きで聴くたびに萌える。

Patrick Saussois & Daniel John Martin (London 2008)
Daniel John Martin (violin / vocals); Patrick Saussois (guitar); Ducato Piotrowsky (guitar); Andy Crowdy (double base)
もう閉店してしまったロンドンの老舗キューカンバーでの実況録音。わりとマヌーシュ・ジャズでも録音されるんだけど、これは歌も入っている。歌ものが好きな私としては好きな録音。

The Schwings Band (Vilnius October 9–11 2010)
Remis Rančys (baritone and soprano saxophones; vocal); Richardas Banys (piano, back-vocal); Vadim Stankevičius (guitar, back-vocal); Denis Murašov (double bass, back-vocal); Gediminas Stankevičius (drums, back-vocal); Jievaras Jasinskis (trombone, back-vocal)
リトアニアのトラッド・ジャズ・バンド。とんでもなく上手でかっこいい!とても好きなバンド。

Brooks Prumo Orchestra (Austin, June 18th, 2017)
Alice Spencer (vocals); Hal Smith (drums); Ryan Gould (bass); Dan Walton (piano); Brooks Prumo (guitar); Marcus Graf (trumpet); Adrian Ruiz (trumpet); David Jellema (cornet, clarinet); Mark Gonzales (trombone); Greg Wilson (alto sax); Dan Torosian (alto sax, bari sax); Jonathan Doyle (tenor sax, clarinet); Lauryn Gould (tenor sax, soprano sax)
ブルックス・プルーモ率いるスウィング楽団の録音。豪華なサウンド。

Naomi & Her Handsome Devils (Minneapolis August 2019)
Naomi Uyama (vocals); Jake Sanders (guitar); Jonathan Doyle (tenor sax); Gordon Au (trumpet); Charlie Halloran (trombone); Jared Engel (bass); Dalton Ridenhour (piano); Josh Collazo (drums)
ダンサーとしても著名なナオミ・ウヤマさん率いるハンサム・デビルの実況録音。ビッグバンド的でとても素敵!ジョナサン・ドイルとゴードン・オーに萌えまくる。

Damir Kukuruzović Gypsy Jazz Quintet (Sisak July 26 2008)
Damir Kukuruzović (Guitar); Bruno Urlić (Violin); Goran Grgurač (Guitar); Saša Borovec (Contrabass);
クロアチアのマヌーシュ・ジャズ・ギタリストのダミール・ククルゾヴィッチの録音。勢いがあって素敵!そういえばエンディングのキメってよくマヌーシュ・ジャズの録音で聴けるけどだれがはじめたんだろう。

参考文献

  • Gioia, Ted. (2021). The Jazz Standards: A Guide to the Repertoire, 2nd Ed. Oxford: Oxford University Press.

  • Furia, Phillip & Lasser, Michael. (2006). America’s songs: The stories behind the songs of Broadway, Hollywood, and Tin Pan Alley. London: Taylor and Francis.

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