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Ain’t Misbehavin’ (I'm Savin' My Love For You) [浮気はやめた]

「エイント・ミスビヘイヴィン/浮気はやめた Ain’t Misbehavin’」はファッツ・ウォーラー(Fats Waller)作曲、アンディ・ラザフ(Andy Razaf)のコンビによって1929年に書かれた大スタンダード。

この曲は1929年のブロードウェイ・ミュージカル『コニーのホットチョコレートConnie’s Hot Chocolates 』に書かれた。また、このミュージカルの出演者はすべて黒人だったとされている。ルイ・アームストロング(Louis Armstrong)は『ホットチョコレート』の舞台袖で実際にファッツ・ウォーラーの演奏を観たこと、そして実際に一緒に演奏したことが自分自身のターニングポイントと言っている。実際に「あの素晴らしい曲がきっかけで、そんな素晴らしい曲を演奏する機会を得たことで、私はアメリカ中に知られるようになったんだと思う」と回顧している(Gioia, 2021, p.20)。

どうやって作曲されたのか?

さて作曲者のファッツ・ウォーラーは、ピアニスト、シンガー、作曲家としても紛れもない天才。そういった天才にはなにかあるもの。ファッツ・ウォーラーの場合は、まさに名前が指し示す通り、暴飲暴食だった。とにかくみんなを楽しませるのが大好きな人で、人柄の良さと豪快さにかんするエピソードは絶えない。たとえばお腹が空いてハンバーガーを食べようとしたら小銭がなかったので、同業者に曲を売ってハンバーガー代を稼いだ。同じメロディーの曲をいろんな出版社に売り込んでお酒代を稼いだ。他方でこんな話もある。一回の食事でどれだけ食べられるのかを女性達にせがまれ、それを断るのにタジタジしてしまう。結局、断れずに暴飲暴食してしまい、そういったことがたたって早死にしてしまった、というもの(Waller & Calabrese, 1977)。

この曲が書かれた逸話は結構残っている (Furita & Lassar, 2006)。有名なのはつぎの3つ。以下ではフューリタとラッサーの記述を元に書いてみよう。

1つ目は、刑務所にいるときに書いたというもの。当時、ファッツ・ウォーラーは250ドルの扶養料を支払う義務があったため、刑務所にいた。彼は弁護士に 「ミニチュア・ピアノ」を取りに行かせた。これで”Ain't Misbehavin'"を2日で書き上げ、弁護士はすぐにファッツ・ウォーラーが刑務所から出られるように、250ドルでこの曲を売った。ちなみにファッツ・ウォーラーは一曲だいたい250ドルで売ったいた (Waller & Calabrese, 1977)。

2つ目は、アンディ・ラザフが伝える寝起きに書いたというもの。『ジャズ誌大全』はこの説を記している (村尾 1991)。もう少し詳しくみていくと以下のようになる。ある日のお昼、ラザフがファッツ・ウォーラーのアパートに現れると、ファッツ・ウォーラーはパジャマ姿でピアノに向かい、ラザフが言うところの 「真ん中が複雑な、素晴らしい曲」を弾いていた。ラザフはそれに「話す相手もなく、ひとりぼっち No one to talk with,
 all by myself」という歌詞をあて、さらにそれを「浮気はやめたain't misbehavin’」というフレーズにつなげ、全部で45分くらいでできあがった。さらにこの曲を売ろうと街を歩いていると、ちょうど鳩が楽譜めがけてフンをした。するとファッツ・ウォーラーは「運がいいぞ!運がいい!飛んで来るのが象じゃなくてよかった!」と笑い、曲は見事にヒットした。

3つ目は、ダンサー達が踊っている間に書き上げたというもの。メアリー・ルー・ウィリアムス (Mary Lou Williams)は、ファッツ・ウォーラーがブロードウェイのショーのために曲を作っているのを見たことがあり、その光景を次のように記している。

ファッツ・ウォーラーは、ピアノの椅子に溢れんばかりに座り、すぐ手の届くところにウィスキーを置いた。ファッツは、「ほら、ダンスを続けてくれ 」と踊っている女の子たちに投げかける。そして女の子たちが踊っている間に、彼は作曲をした。その間、かれはたくさんの笑い話をし、女の子たちは笑いが止まらなかった。

Furita & Lassar, 2006, p. 67

しばしば、この説が語られることがあるが、フューリタとラッサー(2006) には、ダンサーたちに踊らせて書いた曲が “Aint Misbehavin’”だったということはまったく書かれていない。そしてそもそも当時この曲は「バラード」と言われていた(Gioia, 2021, p. 20)。であるならば、これは “Aint Misbehavin’”の逸話ではないと考えてよいだろう。おそらく同じ年に書かれた「ハニーサックル・ローズ 」の話じゃないかと思う。ファッツ・ウォーラーも出演した映画『ストーミーウェザー Stormy Weather』では、実際にダンサーを従えてファッツ・ウォーラーが「ハニーサックル・ローズ」を歌っている。

いずれにせよ、さまざまな逸話があって面白い。それほど人々に愛される曲ということだろう。どれも面白い話で、どれもがファッツ・ウォーラーの人柄を表していることは間違いない。

録音

Quintette du Hot Club de France (Paris, April 22, 1937)
Stéphane Grappelli (Violin); Django Reinhardt (Guitar); Pierre “Baro” Ferret (Guitar); Marcel Bianchi (Guitar); Louis Vola (Bass);
QHCFの録音。ジャンゴ節のブルージーな演奏が炸裂しまくった録音。私としては後半のキメがとても好きでよく聴いている。

Teddy Wilson Quartet
(LA. August 29, 1937)
Harry James (Trumpet); Teddy Wilson (Piano); Red Norvo (Vibraphone); John Simmons (Bass)
テディ・ウィルソンの録音。珍しくドラムレスのカルテットで、ここではレッド・ノーヴォのイントロからはじまる。ファッツ・ウォーラーとは違ったアプローチの最高にかっこいいピアノを聴かせてくれる。9月にもう一度録音されるがそのための録音的な感じ。

Teddy Wilson Quartet (LA. August 29, 1937)
Harry James (Trumpet); Teddy Wilson (Piano); Red Norvo (Xylophone); John Simmons (Bass)
テディ・ウィルソンのカルテットの2回目の録音。ここではレッド・ノーヴォが木琴を叩いている。8月の録音に比べ、やはりこちらの方が完成度が高いように思う。レッド・ノーヴォの演奏がとにかく美しくて萌える。

Fats Waller (Hollywood, Jan. 23, 1943)
Benny Carter (Trumpet), Alton “Slim” Moore (Trombone), Gene Porter (Clarinet), Fats Waller (Piano Vocal), Irving Ashby (Guitar), Slam Stewart (bass), Zutty Singleton (Drums)
「え?浮気?しないしない!するわけないじゃん!わぁ〜あの子かわいいなあ」みたいな演奏。映画『ストーミーウェザー 』のために録音されたもので映像も残っている。ズッティー・シングルトンのドラムが素晴らしい。それとスラム・スチュワートが参加していて、太い音でバンドを支えている。相変わらずビートの取り方がおもしろい。

James P Johnson (NYC June 28, 1944)
James P. Johnson (Piano); Eddie Dougherty (Drum)
ファッツ・ウォーラーの師匠。ストライドのゴッド・ファーザー。ジェムズ・P・ジョンソンの録音。さすがというべき素晴らしい録音。

Benny Goodman Sextet (New York, September 18, 1945)
Benny Goodman (Clarinet); Red Norvo (Vibraphone); Mel Powell (Piano); Mike Bryan (Guitar); Slam Stewart (Bass); Morey Feld (Drums)
ベニー・グッドマンのバンドの中ではスラム・スチュワートと組んだ時期もすごく好き。スラム・スチュワートのアルコ+スキャットのソロも最高。

Kay Starr (Hollywood 1949)
Kay Starr (Vocal); Joe Venutie (Violin); Les Paul (Guitar); Unknown (Piano); Unknown (Bass)
クレジットがちょっとわからなかったんだけど、ケイ・スターの録音も素敵。レス・ポールのギターもジョー・ヴェヌーティのバイオリンも本当に美しい。

Ralph Sutton (NYC 1950)
Ralph Sutton (Piano); Bob Casey (Bass); George Wettling (Drum)
ラルフ・サットンの50年代の録音。ハーレム・ストライドの継承者。美しいピアノの音で演奏もファッツ・ウォーラーの影響をかなり受けている。上のジェムズ・P・ジョンソンと比べてもおもしろい。

Stephane Grappelli (Paris, France, August 17, 1954)
Stephane Grappelli (Violin); Jack Dieval (Piano); Benoît Quersin (Bass); Jean-Louis Viale (Drums) 
グラッペリの1954年のセッションから。長らく未発表だった録音なんだけどなんでだろうか。中期に差し掛かったグラッペリ。あまりに美しい。

Leon Redbone (NY 1975)
Leon Redbone (Guitar and Vocal); Joe Venuti (Violin)
メンバーはわかるんだけど、だれがどれに参加したのがライナーノーツを読んでもわからない。おそらくバイオリンはジョー・ベヌーティじゃないかと言われている。「もう…わかった…。おれ浮気やめたよ…」という感じ。これも素晴らしい。

Stephane Grappelli (Villingen, March 1975)
Stephane Grappelli (Violin); Diz Disley (Guitar); Ike Isaacs (Guitar); Isla Eckinger (Bass)
70年代グラッペリの録音。何度目かの全盛期かもしれない。この頃はめちゃくちゃフレーズが細かくて、でも自然で…。美しさに惚れ惚れする。ジャズ・ファンはおろか、マヌーシュ・ジャズを聴かない人やヴァイオリン好きではない人には残念ながら無名の存在だけど、なんでこんなミュージシャンがいまいち知名度が低いのかわからない。いまのジャズの価値観を作り上げたようなジャズのニューヨーク至上主義にはうんざりする。

Leroy Jones (New Orleans, November 29–30; December 27–28, 1995)
Leroy Jones (Trumpet, Vocal); Craig Klein (Trombone); Richard Rhypps (Piano); Reginald Veal (Bass); Shannon Powell (Drums)
リロイ・ジョーンズの録音。ルイ・アームストロングに捧げられた録音。ロイ・エルドリッジ的に枯れまくった音色のトランペットがかっこいい。クレイグ・クラインのトロンボーンもきれっきれで、さらにシャノン・パウエルのドラムがかっこよすぎる。


Marty Grosz Quartet (Hamburg, April 13, 1996)
Murray Wall (Bass); John Barnes (Clarinet); Marty Grosz (Guitar, Vocal); Alan Elsdon (Trumpet)
マーティ・グロスも素晴らしい録音を残している。さすがファッツ・ウォーラーのフォロワー。ヴァースから歌っていて、歌い方はファッツ・ウォーラーをかなり意識している。ライブなので生々しい。

Kermit Ruffins (New Orleans 1999)
Kermit Ruffins (Trumpet, Vocals); Corey Henry (Trombone); Kevin Morris (Bass); Emile Vinette (Piano); Jerry Anderson (Drums); Roderick Paulin (Tenor Saxophone)
カーミット・ラフィンズの1999年の録音。余裕たっぷりでゆるやかな雰囲気でレイドバックしている。

Mark O’Connor’s Hot Swing Trio (New York City September 21 or 22, 2004)
Mark O’Connor (Violin); Frank Vignola (Guitar); Jon Burr (Bass)
天才マーク・オコナーのめちゃくちゃ熱い演奏。マヌーシュ・ジャズのスタイル。鼻血がでる。音色も含めてどれをとっても美しい。超一流とはこれのことかと再確認させられる。

Tim Kliphunis (Glasgow, 8 April 2007)
Tim Kliphuis (Violin); Nigel Clark (Guitar); Roy Percy (Bass)
ティム・クリップハウスのライブ実況録音。いつものトリオではなく今回はナイジェル・クラークとロイ・パーシーと組んでいる。マカフェリじゃなくてクラシックギターなので温もりがある。また、途中のスラップのベースソロとか本当に美しい。

小林創 (茨城 April 28 2008)
Hajime Kobayashi (Piano)
大好きな録音!まえにある人が「ニューオーリンズに小林さんが行ったときに、現地のミュージシャンたちが舌を巻いていた」と教えてくれた。どんどん小林ワールドに引き込まれる落ち着いたスイング。

Little Fats and Swingin’ Hot Shot Party (Tokyo 2013)
Atsushi Little Fats (Tenor Banjo and Cornet); Charlie Yokoyama (Washboard); Dr Koitti One Two Three (Violin); Red Fox Maruyama (Clarinet); Yamaguchi Beat Takashi (Guitar); Doggie Maggie Oguma (Bass); Hajime “Big Fats” Hajime (Piano)
日本が誇るパーティー・バンドの録音。上の小林さんも参加。本当にアツシさんの声はすごい。寄り添ってくれる。元気な曲だし泣くような歌詞じゃないんだけどなぜか泣ける録音。感動。

Domisol Sisters (Valencia 2014[?])
Elena Almendros (Vocal); Paula Almendros (Vocal); Carla Saz (Vocal); Mireia Serrano (Vocal); Eduard Marquina-Selfa (Piano); Jaume Guerra (Bass); Simon Zaniol (Drum)
スペインのボズウェル・シスターズ系のボーカル・グループのドミソル・シスターズ。クラシカルに歌い上げるところからはじまる。完全にバラードとして録音している。これもとてもいい。

参考文献

  • Furia, Phillip & Lasser, Michael. (2006). America’s songs: The stories behind the songs of Broadway, Hollywood, and Tin Pan Alley. London: Taylor and Francis.

  • Gioia, Ted. (2021). The Jazz Standards: A Guide to the Repertoire, 2nd Ed. Oxford: Oxford University Press.

  • 村尾陸男. (1991). 『ジャズ詩大全 第4巻』東京:中央アート出版.

  • Waller, Maurice & Calabrese, Anthony. (2017). Fats Waller. Minneapolis: University of Minnesota Press.

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