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Black and Blue

「ブラック・アンド・ブルー (What Did I Do To Be So) Black and Blue」は1929年にアンディ・ラザフ Andy Razafが作詞し、ファッツ・ウォーラー Fats Wallerが作曲したバラード。ジャズ・スタンダード。

「しっとりとしたバラード」(村尾 1992)と言われるけど、ただのバラードではない。ファッツ・ウォーラーが自身の誇りをかけて描いた曲と言えるかもしれない。このことを書くまえに少しファッツ・ウォーラーについて書く必要がある。

ファッツ・ウォーラーと黒人の尊厳

ファッツ・ウォーラーは、太った楽天家といった一般的な認識があるけれど、音楽家としても黒人としても誇りのある人物で、「1930年代当時の黒人のステレオタイプに抗っていた」(Waller & Calabrese 1977, x)。映画のなかでも黒人としての尊厳を損なわせるような役には出なかったし、ラジオ放送でも司会者が「黒人(あるいは非白人) colored」といった表現を使ったならば、本来演奏する予定のない曲をあえて演奏することで抵抗をしていた。だから、かれが太っちょのおもしろい人であることは、かれが表現するファッツ・ウォーラーであって、必ずしもファッツ・ウォーラーの本人そのものではないのだ。

さて、この「ブラック・アンド・ブルー」はオールブラックのミュージカル作品の『ホットチョコレート Hot Chocolates』のために書かれたものだった。ほとんど翻訳みたいになってしまったが、フューリアとラッサーの記述を要約的に書いてみる。

ある日、『ホットチョコレート』の舞台のバックについていたマフィアのダッチ・シュルツが、真っ白な部屋で白いシーツの上に肌の黒い女性が横たわっているシーンを作ったら面白いのでは、とラザフに持ちかけた。ラザフは、黒人の女性が肌の白い女性に男性を奪われてしまう、という人種差別的な歌を書くことになってしまったのだが、ラザフがそんな曲は書けないと言う。すると、シュルツは銃を突きつけ 「書け、さもなければ二度と何も書けなくなるぞ」と脅した。恐れながらラザフはファッツ・ウォーラーに、人種差別についての歌を書かなくてはならなくなったことを告げる。ファッツ・ウォーラーは、バラード、スピリチュアル、ブルースを混ぜたような哀愁のメロディーを書いた。その曲こそがこの「ブラック・アンド・ブルー」である。

この曲は、ブロードウェイの舞台で歌われた初めての人種差別プロテストソングとなった。初演の日、ラザフは劇場の後でダッチ・シュルツの隣に立っていた。エディス・ウィルソンが舞台で「ブラック・アンド・ブルー」を歌い始めると、観客は笑い、シュルツも微笑んでいた。だが、彼女の歌が、「私は寂しい。人生はトゲばかり。胸が引き裂かれる。なんで私は生まれたんだ」「友達って呼べる人もいないんだ。私が犯した罪は肌の色だけ。いったい私がなにをしたっていうんだ」と差し掛かるとダッチは笑みを止めた。曲が終わると静寂が訪れた。シュルツは、観客が立ち上がり歓声を上げるのを見ると、ラザフの背中をそっと叩き姿を消した。

ここで言われている”black and blue”とは「あざだらけ」という意味。当時の黒人に対するおぞましい人種差別に基づいた加害行為に鑑みるとこの表現がリアルに感じられる。さらに前述したようにこの曲が黒人の心情を歌った曲であるならば、この「黒人と憂鬱」という意味も込められている。

録音

Nat Jaffe (NYC[?] February 1944)
Nat Jaffe (Piano); Sid Jacobs (Bass)
ナット・ジャフィーが亡くなる前年になされた録音。取り憑かれたようなすさまじい演奏。

Sidney Bechet (NYC March 24 1947)
Sidney Bechet (Soprano Saxophone); Muggsy Spanier (Cornet); George Brunis (Trombone); James P. Johnson (Piano); Albert Nicholas (Clarinet); Danny Barker (Guitar); George Foster (Bass); Baby Dodds (Drums)
40年代後半のシドニー・ベシェの録音。20年代30年代を駆け抜けたベテランたちが余裕のある演奏を聴かせてくれる。ベイビー・ドッズのバスドラやポップ・フォスターのベースなんてまさに「アザだらけ」という感じがするし、リードを取る楽器たちは非常にブルージー。

Art Hodes Trio (Chicago[?] 1947)
Art Hodes (Piano); George 'Pops' Foster (Bass); Baby Dodds (Drum, Vocal)
アート・ホーディスの録音。ホーディスもロシアからの移民で、アメリカ白人社会には迎合されない存在であった。だからこの曲についてどうか、という問題ではなくこの録音は泣ける。ここではベイビー・ドッズがボーカルを取っていて、またピアノのソロのときのドラムがすさまじい。またここで聴けるホーディスの演奏はかなりゆったりとしたタイム感で間のある演奏をしておりそれがまた涙を誘う。

Roy Eldridge (Paris October 28 1950)
Roy Eldridge (Vocal, Trumpet); Albert Ferreri (Tenor Saxophone); Benny Vasseur (Trombone); William Boucaya (Baritone Saxophone); Raymond Fol (Piano); Barney Spieler (Bass); Robert Barnet (Drums);
50年代のロイ・エルドリッジの録音。この録音で聴けるエルドリッジのトランペットとボーカルにもすごみがある。ちょっとドラムとピアノがつっこみ気味なのだけれどエルドリッジがその隙間に入るようでそこにすごみを感じる。

Ralph Sutton and the Allstars (San Francisco August 7 1954)
Ralph Sutton (Piano); Edmond Hall (Clarinet); Clyde Hurley (Trumpet); Walter Page (Bass); Charlie Lodice (Drums);
50年代のラルフ・サットンの録音。ラルフ・サットンのピアノもとてもかっこいいのだが、それ以上にクライド・ハーレイのブルージーなソロに泣ける。ここで聴けるウォルター・ペイジのベースも力強くて好き。

Ralph Sutton & Kenny Davern (NY 1980)
Kenny Davern (Clarinet); Ralph Sutton (Piano); Gus Johnson (Drums)
ケニー・ダヴァーンがテーマを吹いている。ラルフ・サットンは何回かこの曲の録音をしているんだけど、これが一番サットン節を聴けると思う。とくにこの録音ではファッツ・ウォーラーが録音しなかった曲をもしファッツ・ウォーラーが演奏したらということも念頭にあるようなので、そういった意味でもおもしろい。後半のケニー・ダヴァーンのクラリネットは悲痛に叫ぶようで美しくも悲しい。

Bob Barnard & Ralph Sutton (Sydney, April 21 1999)
Bob Barnard (Cornet); Ralph Sutton (Piano)
オーストラリアが誇る名コルネット奏者とラルフ・サットンの録音。途中で長調になるんだけどそこが本当に好き。

Ralph Sutton & Friends (Hamburg October 9, 1999)
Ralph Sutton (piano); Jon-Erik Kellso (trumpet); Brian Ogilvie (Tenor Saxophone); Marty Grosz (guitar); Dave Green (bass); Frank Capp (drums)
ラルフ・サットンのハンバーグでのライブ録音。ここではシカゴ・スタイルをバンド演奏で展開しており、全員が音数を少なめにした演奏を聴くことができる。

Gordon Au (Asheville, December 28, 2019)
Gordon Au (trumpet); Keenan McKenzie (soprano sax); Jacob Zimmerman (clarinet); Lucian Cobb (trombone); Jonathan Stout (guitar); Chris Dawson (piano); Jen Hodge (bass); Josh Collazo (drums)
ゴードン・オーの名演。サッチモ・スタイルを元した豪快で繊細な演奏を展開している。またここで聴けるジョナサン・スタウトはマーティ・グロスのようでかっこいい。アレンジも素敵でバンド全員が一つのスイングに貢献している。

参考文献

  • Furia, Phillip & Lasser, Michael. (2006). America’s songs: The stories behind the songs of Broadway, Hollywood, and Tin Pan Alley. London: Taylor and Francis.

  • 村尾陸男. (1992). 『ジャズ詩大全 第5巻』東京: 中央アート出版社.

  • Waller, Maurice & Calabrese, Anthony. (2017). Fats Waller. Minneapolis: University of Minnesota Press.


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