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8, 9 and 10/Eight, Nine and Ten

ジャイヴ/ジャズ界の最高のコンビ、スリム・ゲイラード(Slim Gaillard)とスラム・スチュワート(Slam Stewart)、いわゆるスリム&スラムの作詞作曲。1938年の録音が初出。スリム&スラムの曲のなかでもそこまで有名な曲ではないけど、Firehouse Fakebookにも載っているので、スタンダードと言ってよいだろう。そうでなくても明るく楽しいこの曲は、スリム&スラムの傑作のひとつに変わりがない。

ローラースケート

歌詞はスリム&スラムのヴァージョンとペギー・リーのヴァージョンの二通りがある。

スリム&スラムの録音はと言うと、「8時にデート。ローラースケートをして街を回って、9時にいい感じになり、10時にキスをして愛が始まる」という感じ。歌詞のなかではローラースケートがデートのウキウキする気持ちを表象している。楽しそう。

ペギー・リーの方の歌詞は、スリム&スラムほど意味が通っているわけではなくて、基本的には「8、9 10。君の恋が始まる。1、2、3、4、5、6、7、8、9、10。ベイビー、冷静になるんだ......この最後の繰り返しをちゃんと説明するよ。」というほとんど意味のないもの。

実はこのローラースケートは1930年代から1950年代にアメリカで爆発的に流行って、一時期はアメリカでもっとも人気のあるスポーツになった。この時期は「ローラースケートの黄金時代」と呼ばれる。この曲はこうした流行りを採り入れたヒップな曲ということができるだろう。

またローラースケートの歴史は意外に古く、18世紀のヨーロッパではその原型ができており、アッパークラスやアッパーミドルクラスの社交の場で楽しまれたり、演劇の舞台装置に使われていたという記録もある。また1970年代にはディスコでローラースケートをする文化が生まれ、黒人やゲイに大いに親しまれた(Carmel, 2020)。この曲が発表された当時もやはり室内でのローラースケートが基本で、もしかしたらスリム&スラムは、街で自由にローラースケートを楽しむことを夢見て8, 9 and 10書いたのか、と想像するとまた違った角度から曲が聴こえてくる。

1941年に撮影されたローラースケート・パーティ。とても楽しそうである。

録音

この曲の知名度を上げたのは、おそらくペギー・リーの録音だと思うのだけれど、意外にもペギー・リーのバージョンに志向した録音は少ない。これまで録音されたなかでは、やはり圧倒的にスリム&スラムの録音を下敷きにしたものが多い。好きな曲だけどいくつか絞ってみる。

Slim and Slam (NY, 3/May/1938)
Slam Stewart (Bass, Vocals); Slim Gaillard (Guitar, Vocals); Pompey "Guts" Dobson (Drums); Sam Allen (Piano)
なんといってもスリム&スラムの録音が素晴らしい。ブリッジはもう美しすぎて、聴いているとヘブン状態である。スラム・スチュワートのソロもキレまくりで、そのあとのスリム・ゲイラードのコード・ソロもとにかくかっこいい。ドラムの入りも好き。

Kevin Conor and Swing 3PO (NY, 2017)
Lamar Lofton (Bass and vocal); Mike Daugherty (Drum and Vocal); Kevin Connor (Guitar and Vocal); David Loomis (Trombone)
スリム&スラムの録音を下敷きにしたもの。最初聴いたとき、あまりにコーラスがスラム・スチュワートにそっくりで驚いた。アルバム自体も素敵なのでよく聴く録音。

Viper Mad Trio (Slidell, LA, April 2013)
Molly Reeves (vocals, guitar); Kellen Garcia (bass); Ryan Robertson (trumpet)
スリム&スラムを下敷きにトリオでニューオーリンズ・ジャイヴを展開している。モーリー・リーヴスのギターと歌がとにかく素晴らしい。リーヴスの録音が好きで、リーヴスが参加した録音はできるだけ聴くようにしている。というその中でもこのバンドは一番好きかもしれない。ギターとベースががっぷり手四つしてて、その上でミュートしたトランペットがまた素晴らしい!ガレスピー・スタイルのトランペット。
ライナーノーツのバイオグラフィーを要約しておきたい。リーヴスはもともと西海岸で活動していたが、やがてニューオーリンズに移り住む。それはまるでトランペッターだった彼女の大叔母がかつて14歳で家を飛び出しニューオーリンズで活躍するようになった、ということに重なるかのようだ。ベースのケレン・ガルシアもリーヴスと共にニューオーリンズに移住した。ガルシアの旧友で、すでにニューオーリンズのブラス・バンド界隈で名が売れつつあったライアン・ロバートソンに声をかけて結成されたのがこのヴァイパー・マッド・トリオ。

Gordon Webster (NY, September 2013)
Hetty Kate (Vocals); Mike Davis (Trumpet); Dan Levinson (Clarinet & Saxophone); Cassidy Holden (Guitar); Gordon Webster (Piano); Rob Adkins (Bass); Kevin Congleton (Drums)
現代のスイング・ピアノ界の雄ゴードン・ウェブスターがオーストラリアン・スイートハートことヘティ・ケイトとタッグを組んだ一枚。こちらはペギー・リーのバージョンをもとにしていて、ペギー・リーの録音よりもテンポはかなり早められている。その結果、疾走感も出て素敵な録音になっている。スリム&スラムのものとは少し歌詞も違う。スモール・グループの録音。

Hot Club Sandwich (Olympia, WA, 2007)
James Schneider (Bass); Greg Ruby (Guitar), Kevin Connor (Guitar and vocal); Ray Wood (Guitar); Matt Sircely (Mandolin); Tim Wetmiller (Violin); Miho Takekawa (Vibraphone)
Hot Club Sandwichの録音も忘れてはいけない。先ほどのケヴィン・コナーもギターとボーカルで参加している。基本的にはジャンゴ・スタイルで、バンドにはマンドリンもいるというマヌーシュ・ジャズでは珍しい編成。この録音では武川美保さんがヴィブラフォンでゲストとして参加している。

ほかの録音も素晴らしいものばかりなんだけど、比較的最近録音されたものが多い。ということは、これまであまり録音されてこなかったのか…?調べる余地はまだまだある。さて、スペインのPiccolissima Jug Bandはスリム&スラムをもとにしてバイオリンが入っていて熱いスイングがすごくよい。残念ながらもう活動はしていないっぽい。Dave Stephanesの録音は、クインテットでスモール・グループのスイングを展開している。疾走感があってこれも好き。The Intercontinental Jazz Ambassadorsの録音はパンデミック下にあった影響ですべての楽器をバラバラに録音して、編集して一つにしたもの。オーバーダブは昔からあるけれど、すべての楽器を時間的・空間的隔たりを超えて録音・編集する手法は、ほかにもパンデミック下によく見られたが、いずれにせよジャズ史に鑑みると珍しい録音方法だと思う。

参考文献

Carmel, Julia. (2020, Dec. 30). Meet Bill Butler, the Godfather of Roller Disco. New York Times. https://www.nytimes.com/2020/12/30/arts/dance/bill-butler-empire-rollerdrome.html (Retrieved Jan. 17. 2024). 

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