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「ビジネスと人権」とは〜企業の人権尊重責任〜

[基本情報]

「ビジネスと人権」が生まれた背景

2011年に国連人権理事会で全会一致で承認された、国連ビジネスと人権に関する指導原則」(指導原則)は、企業と人権との関係性を考え直すマイルストーンとなるものでした。

これまで「(国際)人権」は、主に国家が守るべき人びとの権利として発展してきました。国家に権力が集中することによって、基本的な人権が抑圧・制限されてきたという歴史があるからです。

しかし、20世紀後半になると、ともすれば一国の予算よりも規模の大きい利益を生み出す多国籍企業が次々と現れ、経済面での存在感が高まってきました。

その一方で、複雑なサプライチェーンを世界中に張りめぐらせ、法規制の網目をかい潜りつつ、安価な労働力や天然資源の搾取、利益の過度な集中による貧富の格差の拡大など、企業活動による社会・人への負の影響も徐々に明らかになってきました。

とりわけサプライチェーンの上流である、資源・原材料産出国、製造拠点国など、いわゆる新興国・経済的発展途上国の人びとの暮らしは、必ずしも企業活動によって豊かになるとは限らず、このような構造上の不平等の是正を求める声が反映されたのものが指導原則です。

指導原則の概要

全部で31原則からなる指導原則は、以下の3つの柱に大きく分けられます。

1 国家の人権保護義務:国家が、その管轄内のすべての人びとの人権を保護する義務を負うことは、大原則として変わりません。

2 企業の人権尊重責任:ここで初めて、国家だけでなく、企業も人権を尊重する責任を負うことが明記されました。その責任を果たすために、企業は「人権デューディリジェンス」を実施することが求められます。

3 救済へのアクセス:企業活動による人権侵害が「ゼロ」になればそれが一番ですが、現実問題としてそれは極めて難しい目標です。むしろ、できる限り予防した上で、なお人権侵害が起きる可能性があることを前提に、効果的な救済を保障することを指導原則は要求しています。国家と企業の双方に求められますが、特に企業は、「対話・救済のための制度(グリーバンスメカニズム)」を構築する必要があります。

人権デューディジェンス(人権DD)とは

「デューディリジェンス」は法務やコンプライアンス担当の方であれば耳にしたことはあるでしょう。しかし、指導原則が求める人権デューディリジェンスは、その範囲も内容も従来のデューディリジェンスとは大きく異なります。

まず、人権DDの対象は、「人権リスク」であって「企業(経営)リスク」ではない、という出発点の違いがとても重要です。人権リスクとは、ライツホルダー(rights holder)、つまり人権の主体となる人たちのリスクを意味します。

例えば、安全衛生、公平・適正な労働条件、セクハラ・パワハラといった労働者の人権であれば「労働者」、工場建設に際して立ち退きを求められる地域住民の生活資源や環境への影響であれば「地域住民」、障がい者に対する合理的配慮の問題であれば「障がい者」がライツホルダーとなります。

そして、事業活動全体、つまり、サプライチェーン・バリューチェーン全体に関わるライツホルダー全員の人権リスクを考慮します。調達から製造、流通、販売、そして消費まで、多くの製品・サービスはこういった過程を経て私たちの手に届きますが、その全ての過程に関わる人たちの人権リスクが、人権DDの範囲です。

国内外のサプライチェーン・バリューチェーンに関係するライツホルダーごとに、人権リスクを特定し、負の影響を予防・軽減し、そして適切な救済を保障する、これが人権DDの一連のサイクルです。国・地域ごとの状況の違いに留意することも必要です。

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(参照:OECD「責任ある企業行動のためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」p.21)

人権リスクの判断は、国内法に加えて国際人権条約を基準とします。世界人権宣言社会権規約自由権規約ILO中核的労働基準、それから女性差別撤廃条約子どもの権利条約障害者の権利条約など、国際的に合意された人権に対する負の影響の有無・程度を判断します。

その国の法律と国際人権基準の内容が完全に一致していれば良いのですが、日本も含め、多くの国では国内法と国際人権基準との間にギャップがあります。これまで「コンプライアンス」は国内法遵守を意味しましたが、水準の低い国内法の遵守のみでは、結果的に企業だけが莫大な利益を享受することにつながります。だからこそ、指導原則は、企業に対しても国際人権基準の達成を求めています。

初めの一歩としての「人権方針」

ビジネスと人権は企業にとっても新しい分野であり、いきなり人権DDを経営に組み込むようにと言われても戸惑う企業が多いでしょう。

そこでまずは、このような人権尊重責任を経営システムに埋め込むことに対する経営トップのコミットメントを示す手段の一つである「人権方針」を策定することが考えられます。

人権方針は、企業として、人権に対する責任をどのように捉えているかを社内外に示すものです。

定型的な文言が決まっているものではありませんが、
・経営理念
・遵守する国際人権基準等
・方針の適用範囲
・国際人権基準への言及
・事業モデルとの関係で特に重要と考える人権
・人権DD
・サプライチェーンへの浸透方針
・従業員への浸透に向けた教育や研修
・情報開示

といった要素を含むものが多く見られます。

様々な人権方針がウェブ上で公開されていますので、まずは他社の人権方針を読んでみて、内容のイメージを掴むことからはじめてもいいかもしれません。

これから、「ビジネスと人権」を通じて「責任あるビジネス」を実現するためのヒントになる情報やキーワードをお伝えしていきます。

Social Connection for Human Rights/佐藤暁子



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