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國府校長インタビューPart1 校長の決断~「修学旅行」の教育的意義とリスクの天秤~

 2020年8月8日、教育・学びの未来を創造する教育長・校長プラットフォーム、連続オンラインイベント第2弾では、京都府南丹市立園部中学校の國府校長から「修学旅行」の実施に向けた悩みについてもお話をいただきました。
 当時は、ちょうど実施に向けた準備をしていたところ、ということで、まだまだ実施にネガティブな学校・地域が多かった9月という時期だけに、ご参加いただいた皆様からも、「実施できたのか知りたい!」という声がありました。また、事務局としても、第2弾の準備を重ねる過程で、1度じっくり、先生の校長としての「覚悟」やそれを裏付ける「信念」のようなものをお聴きしたいなぁと思ったこともあり、こうした場を設定させていただきました。
※インタビュー日:2020年10月11日

≪参考≫ 國府校長に話題提供いただいた教育長・校長プラットフォーム第2弾(2020年8月8日)の関係資料
イベントレポート 
資料

はじめに

○(事務局) 初めましての方のために、最初に少しだけ自己紹介をしていただくと…

◍(国府校長) 京都府南丹市の園部中学校、校長の國府常芳です。「気づきがあり、思いやりがあり、頑張れる あの 園部中学校」がモットーの園部中学校で、今年が教員としての最後の1年の校長をしています。
 今年8月8日に行われた教育長・校長プラットフォーム第2弾では、まだ実施できるか決まっていなかった修学旅行について、実施に向けた悩みや課題を共有させていただきましたが、先週、行って帰って来ました。ちょうど帰宅して2週間目に当たる10月10日を「てんてんの日」と称して、この日までが修学旅行と考えてきました。何事もなく、全員無事に帰宅して2週間が経って、ホッとしている、そんな校長です。

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○(事務局) 先生には、教育長・校長プラットフォーム第1弾にご参加いただき、その後、2020年8月8日に行われた第2弾で、「学校再開」というテーマで話題提供をいただきました。事前にいただいた、メッセージもとても印象的でした。

≪参考≫ 「学校再開」というテーマで話題提供をいただくに際し、國府校長に事前にいただいたメッセージ
 緊急事態宣言によって全国の学校が臨時休校となり、再開をされた後もいまだ先行き不透明な状況は続いています。このような中にあって、学校教育は未だかつてない変化と対応を求められています。学校長をはじめ組織の責任者は「何事も止めればリスクは無くなる」という考え方と「教育的な意義から行う必要がある」という考え方との葛藤の中で判断し、学校運営を進めていかなければいけません。教育的意義があるのなら、正確に状況を分析しリスクを最小限にするために努力を惜しまず対策を考え、覚悟を持って実施する必要があります。しかし実際の現場では、組織力と今までの実践が問われるような手探りの状況でした。
 そんな時に「今だからこそ現場みんなで創造する教育・学びの未来」第1弾に参加をしました。これまでお誘いを受けながら参加ができていませんでしたが、参加をしてみると同じ目線や立ち位置で生徒や児童のために熱心に考えておられる教育長や校長先生方、文部科学省職員の方のお話を数多く聞くことができました。嬉しくもあり、次に繋がるエネルギーを得たように感じました。
 今回、話題提供者となりましたが、緊急事態宣言直後から学校・生徒を取り巻く環境は刻々と変わっている中「学校再開」に向けてどのように取り組んだか、また今後に向けどのようなことが必要と考えて今現在取り組んでいるか私なりに精一杯報告させていただこうと考えています。
 この未曾有の状況下ではありますがそれぞれの場所で奮闘されている全国の皆様にお会いできることを楽しみにしています。

修学旅行に向けて

○(事務局) 無事、修学旅行を終えたということで、実施までのプロセスなどお話いただけますか。

◍(国府校長) もともと、この修学旅行は5月に予定していました。
 でも、全国一斉休業が延期されることが決まった5月のゴールデンウイークに、この1年間の学校行事をどういった日程で行うかを、まず検討し直しました。休校期間が延長されるということで、当初、5月に予定していた修学旅行を、10月3日に予定していた文化祭(合唱コンクール)前の9月24日から実施することにしました。これは、進路指導を考えても、下半期は受験に集中させた方が良かろうと考えたから、です。
 2、3月の時点では、コロナ禍がここまで長引くとは思っていませんでしたが、5月の時点では、第2波の可能性も踏まえ、修学旅行等を実施する時点で必要になるだろうもの(除菌シートなど)を入手するなど、リスクを最小限にするために、できることは全部やっておこうと手筈を整えました。
 また、キャンセル料についても、どういった扱いになるか教育委員会等との調整を行いつつ、修学旅行の実施の判断基準を客観的に明らかにしました。それがこちら、です。

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○(事務局) 8月の第2弾では、「教育的意義があるのなら、正確に状況を分析しリスクを最小限にするために努力を惜しまず対策を考え、覚悟を持って実施する必要」がある、とのメッセージと、修学旅行の実施に向けて、「教育的意義」と「リスク」の上皿天秤を揺らしている状況についてお話いただきました。

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○(事務局) この上皿天秤の話は、多くの参加者が共感していましたね。中には、上皿天秤が頭から離れなくて夜も寝られないという校長先生もいました。國府校長は、この、上皿天秤の左側、修学旅行の意義については、どのように考えてらっしゃるのでしょうか。

修学旅行の意義

◍(国府校長) 修学旅行の意義は、中には「想い出作り」という声もあるけれど、そんなものではないはずです。それだけが目的であればやめてしまって良いと思います。
 そうではなく、
・平和に関する実物の資料に触れるなど、平素と異なる生活環境(現地の自然や文化など)に親しむ中から見聞を深める
・短い学生時代に友人たちと一緒に昼夜を過ごす共同生活の体験をとおし、対人関係の望ましい態度や習慣を身につける
・集団生活や公衆道徳の在り方について望ましい体験を積む
・多感な世代の人間形成に大切な役割を担う
という意義があると思っています。こうした意義があるからこそ、修学旅行は「やるべき」と思っていました。

 なぜ修学旅行をやるのか、一時の感情に流されず、その意義をしっかり分析することが必要です。

 特に、平和学習については、この国に何があったのかを実体験として伝えたい、知らせたいという気持ちがありました。1つの爆弾によって一瞬にして多くの尊い命が亡くなったこと、生き残ったとしても、悲惨な生き方を強いられたひとたち、そして、「人は、生まれる場所も時代も選べない」、だからこそ、人ごとではなく自分のこととして考えてほしい、社会に出たときに、これからの社会をどうすべきなのか、自分の軸で考える視点を持ってほしい、と伝えたかったのです。だからこそ、修学旅行に連れて行きたいと思いました。
 地域に住む戦争を経験した方からは、将来その地域を託す生徒たちを、どうか修学旅行で長崎に連れて行ってほしい、という手紙もいただきました。地域も含めて私たちは、子どもたちにこの国の歴史を知らせるという使命があると思っています。地域からのそうした想いも受けて、修学旅行で子どもたちにこの国の歴史を学んでほしい、それが修学旅行を行うまず大きな理由の1つです。


非認知能力を確認する場としての修学旅行

◍(国府校長) また、修学旅行は、中学1年生でお預かりした生徒の「非認知能力」が、2年半かけてどの程度育ったのか、その1つの到達点だとも思っています。
 もともと、修学旅行は、それぞれの家庭では連れていけないところに連れて行く、というのがスタートかもしれません。今も、一部の家庭にとっては、新幹線に乗って、良いホテルに泊まって、ホテルのカードキーで閉じ込められる経験も含めて、修学旅行は普段経験できないことを経験する場でしょう。
 それだけでなく、修学旅行には、集団の中で学ぶべきところが凝縮されています。生徒が128人いたら、128通りの家庭環境があって、それぞれの家庭でそれぞれの生活をしている子どもたち。普段は、子どもたちの24時間は、3分の1が学校、3分の1が家庭、3分の1が睡眠という中で、1日の3分の1だけを共有していますが、修学旅行では、友人たちと昼夜も含めて24時間をともにする、お友だちの人間性を丸ごと理解する、夜尿の問題も含めて多感な時期に自分の気持ちを抑えたり心の葛藤に折り合いをつけたりしながら、集団、ひいては社会でのルールを経験する、それが修学旅行なのです。
 逆の視点で見れば、学校として、中学1年生でお預かりした子どもたちが2年半でどの程度非認知能力を身に付けられたのかを確認する場でもあるのです。2年半での成果ともいえます。
 こうした修学旅行の意義を考えると、「行きたい」「行かせてやりたい」という一心でした。


納得解を得るためのコミュニケーション

○(事務局) だからこそ、ぶれずに、生徒、保護者、教職員、地域それぞれの視点での不安を分析し、それぞれにとっての納得解を得るために、コミュニケーションを重ねたんですね。

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○(事務局) 教職員の方たちでネガティブな意見や立場の方はいなかったのですか。

◍(国府校長) 修学旅行については、特になかったです。
 というのも、休校中に実施した家庭訪問を先に経験していたのが大きかったと思います。家庭訪問の時には、教員から、自分たちが感染源になりたくない、という声もありました。
 この点、家庭訪問に際しては、生徒の安心・安全を第一に考え、万が一何かが起こったときに、その子どもの家庭を知らなくて良いのか、特に、休校中においてはこれまでの家庭訪問の意義に加え、生徒の心の支えなどカウンセリング的意味合い、DV・ネグレクト等の把握などの必要性もありました。
 そのため、教員の不安も踏まえ、「園部中学校方式」の家庭訪問をルール化して、ソーシャルディスタンスを保った上で時間を区切って家庭訪問を実施することにしました。これも、教育的意義とリスクを天秤にかけた結果、です。
 ご家庭も家庭訪問のために仕事を休んでいただいていたりするので、時間が短いとそれはそれで不満もあろうかと思い、前日に保護者に電話をして状況を理解していただいたり、教育的意義を踏まえてリスクを減らしたうえで、最後はコミュニケーションを大切にして実施する、というのが園部中学校方式、でした。
 この、家庭訪問での経験があったので、修学旅行も、教育的意義をきちんと教職員・保護者とともに共有すること、そのためのコミュニケーションを重ねることが大切だと思いました。

○(事務局) だからこそ、それぞれのご家庭で、修学旅行の意義をどう考えるか、リスクの方が上回ると考えるか、を同意書という形で問うたのですね。その同意書が最終的に90%以上集まった、これは、教職員の方々が修学旅行の意義をしっかり理解し、ご家庭それぞれに伝え、その想いと教育的意義をしっかりご家庭が受け取ったからこそ、なのかな、と思いました。
 直前に近くの地域で感染者が生じたことの影響はありましたか。

◍(国府校長) 地域に不安が生じているのは感じました。
 でも、そういう不安も含めてコミュニケーションで解消するしかない、と思いました。だからこそ、地域に向けての2度目、3度目の説明会も実施しました。地域に支えられて、地域があってこその学校だから、です。

○(事務局) 地域が不安を伝えられる学校というのも、それまでの地域との信頼関係の構築があってこそ、ですし、同時に、先ほどお聞きしたように、地域の方々が、将来を託す子どもたちに修学旅行で平和学習をしてきてほしいという想いを託すのも、また学校なんですね。


ぶれない「決断」

○(事務局) 丁寧なコミュニケーションを重ねて、9月1日に実施の「決断」をする、その時はどんな気持ちでしたか。

◍(国府校長) 周辺の学校や自治体はほぼ中止していたため、怖さを感じることもありました。大事な命を預かっている以上、無責任なことはできません。
 でも、教育的意義とリスクを衡量して出した「決断」については、校長として「ぶれない」ということはとても大事だと思っています。一度やると決めたら軸をぶらさずに、やる覚悟、腹を括る、です。
 なにより、納得解を得るためのコミュニケーションの過程で、この生徒たち、この教職員たちであれば大丈夫だと思えたことはとても大きかったです。例えば、生徒たちは、(同意書が提出できず)行けない生徒たちを思いやれる子ども達であったし、リスクを背負っていくことを理解し、変にはしゃいだりせず冷静さを保つことができると信頼できる子ども達でした。教職員も、出発の前日まで行かせてやりたいという気持ちで同意書が得られない生徒の家庭訪問を行うほど修学旅行の意義を共有していたチームでした。
 こういう、上皿天秤の両皿を理解できている、教育的意義をしっかり理解し、そしてリスクを最小にするために動く、そうして関係者それぞれの想いをないがしろにしない生徒・教職員であったからこそ、行ける、行かせてやりたい、と思いました。このチームだからこそ行きたいと思ったのです。

○(事務局) 「ぶれない軸を持つ」は、國府校長の考える、校長としての在り方の大切な指針の1つですね。

◍(国府校長) 校長として、決断をしたら、軸をぶらさないこと、そして、行事として決まっているからやる、教育委員会に言われたからやる、文部科学省に言われたからやる、ではなく、常に「なぜ」それをやるのか、その教育的意義を自分の言葉で説明できることは、校長としてとても大切だと思います。そして、「やる」ためにも、先を見通すこと、さらには様々な視点を持つ関係者とのコミュニケーションの蓄積が大切だと思っています。

○(事務局) 想いの詰まった、そして、國府校長にとっての最後の修学旅行はどうでしたか。

◍(国府校長) 実際に行って帰ってきて、京都駅からバスで帰路に着くとき、学校に近い地域を通ると、大きな旗のメッセージで、地域の皆さんが「修学旅行お疲れ様」と掲げて待ってくれていたり、また、引率していない1・2年生の先生たちが休みの日にもかかわらず出迎えてくれたり、本当に多くの人たちの協力・支えがあって、そして、多くの人たちの「連れて行きたい」という気持ちがあって実施できたもの、だと強く感じました。
 解散式では、「ここに帰って来られて良かったなぁ」という思いととともに、生徒たち、また教職員のこのチームが「本当に可愛いなぁ」と感極まったりもしました。本当に、このチームだからこそ実施できた修学旅行だったなぁと思っています。

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≪ご案内≫
園部中学校では、令和2年11月20日(金)に、研究発表会を行う予定、とのことです!公開授業に続き、これからの時代の学校教育というテーマでの基調講演、記念講演も予定されている、とのこと。
詳細は、ぜひ園部中学校のホームページから!


                           (つづく)


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