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AI×音楽の可能性~芸術文化を未来へ繋ぐために、現代の音楽家ができること~

本記事は、宣伝会議第44期「編集・ライター養成講座」の卒業制作として作成しました。
公開にあたり、一部修正を加えています。

あなたは昔の授業で習った、クラシック音楽の一番古い作曲家を思い出せるだろうか。おそらく、だいたいの人はバッハやモーツァルト、ベートーヴェンあたりが思い浮かんだはずだ。

彼らが活躍した時代は、今から200年以上も前の話である。そんな時に、誰が想像できただろう。人間ではない「人工知能」が、舞台で演奏する日が来ることを──。

現代の最新技術

近年注目されている、AI技術。人工知能とも言われるそれは、今やすっかり生活の中に浸透している。Siriなどの音声アシスタントやお掃除ロボットが珍しくなくなったことが、その証拠だ。

総務省の平成28年度版「情報通信白書」によると、AIの研究が始まったのは1950年代。ブームの波があったものの研究は続けられ、現在は第3次AIブームといわれている。音楽分野でも研究する人が増えるのは、自然な流れだろう。

一聞すると異分野とも思われる、AIと音楽。この2つが絡み合い、音楽界に与える影響とは一体どのようなものなのか。

AI×音楽が当たり前になる時代

「世の中の動向として、AIは絶対に無視できない存在です」
そう語るのは、作曲家であり日本AI音楽学会会長の松尾祐孝(まさたか)氏。

音楽において、AIはどのような役割を果たすのか。

「AIで作曲すると聞くと、人間が丸投げすれば全て作ってくれる、というイメージが先行しているように思います。そういった方法もありますが、実際は違います。人が面倒だと感じることを、部分的にAIで活用すると、世の中は相当便利になるでしょう。『AIの力を借りる』ことを突き詰めれば、音楽の可能性はもっと広がります」

松尾氏が語るように、「AIの力を借りる」音楽家たちは近年増えている。
そこで実際に、AI技術を駆使してコンサートを開催した音楽家の方々に、話を聞いた。

AIキャラクターを導入した親子コンサート

フルート演奏家で、自身の教室も主宰する上塚(うえつか)恵理氏。0歳児から入場できる、親子コンサートを2019年に開催した。

「生演奏を聴かせたいが、途中で子どもが騒ぐかも」という不安から、子連れでコンサートに行くことを躊躇う人は、少なくない。そうした人たちが安心して楽しめるよう「立っても泣いてもOK」とした親子コンサートが、全国で数多く開催されている。

上塚氏が開いたコンサートが他と違う点は、AIキャラクターの「ふくまろ」が登場するところだ。

ふくまろは出演者が話しかけると喋ったり、曲目解説のための写真を表示したりと、アシスタント業務をこなしたという。「ふくまろがスクリーンに登場すると、子どもたちの集中力がグッと上がりました」と笑顔で話す、上塚氏。

他にも子どもが楽しめるよう、工夫した点について語る。
「子どもたちにとって、1時間のコンサートで集中力を保つのは、とても大変です。そこで来場した子どもたちにマラカスをプレゼント。演奏ルールは特に設けず、いつでも鳴らせる参加型のコンサートにしました」

提供:日経BP 「教育とICT Online」2019年2月12日掲載。
 2019 年に開催された、親子コンサートの様子。
AIキャラクターの「ふくまろ」が、出演者の語り掛けに応えている。

ふくまろがマラカスを振るアニメーションが流れると、自然と会場のリズムが一体化した。
「子供たちのマラカスと、演奏者のテンポがずれることはなかった」と語り、ここでもAIキャラクターふくまろの効果を感じたようだ。

「曲が進むごとに子どもたちのリズム感がどんどん良くなっていった、という感想もいただきました。ふくまろを使ったコンサートを通して、リズム感を養う教育に繋がるのではないかと思います」

一方で、これからAIを使ったコンサートを開催するには、課題も見つかったという。
「今回のコンサートでは、AIが流すオーケストラ音源に合わせて演奏をしました。使用したホールは音響設備が非常に整っていましたが、他のホールで行う場合、音響面に気を付けないといけません。演奏者が伴奏を聴き取れないと、ズレが生じる可能性もあります」

とはいえふくまろ効果は非常に高く「コンサートの途中で泣き出す子どもはいなかった」という。AIキャラクターの導入に、手ごたえを感じた。

上塚氏は「未来の音楽界のためにも、クラシック音楽を好きになる子どもたちが増えれば嬉しいです」と、ほほ笑んだ。

演奏者と観客の脳波を「見る」コンサート

他にもAIを使って音楽を「見る」、大人向けのコンサートが開催されていた。

実際に「見る」のは、演奏者と観客の脳波である。アクセンチュア株式会社と音楽団体がタッグを組み、弦楽器奏者4名によるコンサートを行ったのだ。

そこでコンサートに企画協力した、一般社団法人Music Dialogue(ミュージックダイアログ)事務局長の伊藤美歩氏に話を聞いた。Music Dialogueは、音楽や観客との「対話」を重視した、室内楽の演奏活動をしている音楽団体である。

脳波は、実際どのように表れるのか。

「色やグラフとなって、むにゃむにゃと動きながら出ていました」と振り返る、伊藤氏。コンサートでは、演奏者の他に観客2人の脳波を測定した。

「曲の解説を聞く前と後で、脳波に違いが出るかを見ました。すると解説を聞いた後では、作曲者の想いを自分で見つけに行くような姿勢が脳波に表れたのです」

提供:アクセンチュア株式会社
2018年に開催されたコンサートの様子。頭に脳波測定器をつけて演奏をしている。

その日検証した曲は、弦楽四重奏を得意とする作曲家、ショスタコーヴィチの作品。戦争により精神的に落ち込んでいた中、3日間で書き上げた曲だ。

約10分、解説なしの演奏では「脳波が落ち着いていた」という。しかし曲を解説した後の2回目の演奏では、脳波の動きが明らかに活発になったようだ。「実際に違いが分かって、とてもおもしろかったです」と、伊藤氏は笑顔で振り返った。

脳波の違いが出た理由は、なんだったのか。
「観客自ら作曲家の葛藤がどういう風に表れているか、音から聴き取るためだったのではないでしょうか」

クラシック音楽のコンサートでは、作曲家や曲の背景について解説することは、しばしば行われる。特にクラシック音楽に馴染みがない人にとって、長い曲をただ聴くだけでは、受け身な鑑賞になりがちだからだ。

そして今回分かったように、解説を聞いた後は、目に見えて能動的な鑑賞へと変化した。これだけハッキリと観客の脳波に違いが出れば、演奏者側も「音楽をもっと分かりやすく伝えたい」と思うキッカケにもなるだろう。

観客の脳波を分析して、コンサート企画に役立てられる未来が来るかもしれない。

アンドロイド・オペラ®︎が魅せた、AIと人間の共演

一方で、演奏家とAIが舞台上で共演した例もある。音楽家の渋谷慶一郎氏による、アンドロイド・オペラ®︎だ。

主役はアンドロイドロボットの、オルタ3。人工知能を超えた「人工生命(=ALife)」ロボットだ。開発当時からアップデートを重ね、オーケストラの指揮やオペラデビューなど、非常に経験豊富なアンドロイドロボットである。

渋谷氏は2021年、自身のTwitterでこのように発言している。
「アンドロイドとの相互作用、協働は可能か?と聞かれたら僕は可能だと即答するだろう」

事実、翌年には自身の作品でアンドロイドとの「協働」を実現することになる。2022年3月に開催された、ドバイ万博。渋谷氏は世界初演のアンドロイド・オペラ®︎『MIRROR』を上演した。

1200年の歴史を持つ仏教音楽と、最新技術を盛り込んだアンドロイドの共演。オーケストラをバックに、僧侶4人の声とオルタ3の声が複雑に絡み合う。

なんと今回オルタ3は僧侶の旋律を聴き、即興で歌っていたというから驚きだ。AIと人間の演奏を舞台上で実現したことで、「最新技術」を盛り込んだ音楽が新たな芸術文化の可能性を示した。

©︎ATAK. Photograph by Sandra Zarneshan
オルタ3と僧侶たちの共演。
アンドロイドと仏教音楽の演奏は未来的な側面を見せつつ、見事に調和されていた。

そして革新的な共演を終えた2022年4月、大阪芸術大学内ではさらに進化した「オルタ4」の発表記念コンサートが行われていた。オルタ3と比べ、表情の動きや関節数が増え、より自由な表現を手に入れたという。アンドロイドロボットは、休む間もなく進化を続けている。

渋谷氏のアンドロイド・オペラ®︎を皮切りに、AIと人間が共演する芸術作品は増え続けるだろう。

AIが浸透した世の中に必要なこと

AIと人間の芸術作品が成功をおさめた裏側で、懸念点も浮かび上がる。「著作権の帰属をどうするか」だ。

日本AI音楽学会会長の松尾氏は、著作権についてこう語った。
「システムを作った人に帰属するのか、AIを使って作曲した人に帰属するのか。これには色々な考え方があります」

まだAIと人間の共同作品は世の中に浸透していないため「著作権の法整備は世界でも追い付いていない」と、松尾氏は続ける。

人間同士でもトラブルが起き続ける、著作権問題。AIが介入すると、管理がさらに複雑になりそうだ。

「今後は、部分的にAIが関わった作品が増えると予想できます。さらにAIが主体的に曲を作り上げるようにもなるでしょう。そうなる前に、著作権に関して共通認識を作っておくことが大切です」

近い将来、音楽家はAIに仕事を奪われるのか

AIが発達すれば便利になる一方で、「将来は仕事がなくなるかもしれない」と懸念する人は、少なくない。

そうした考えに対し、松尾氏は語る。
「人が職人技としてやっていたものを、AIは素早く処理してくれます。ですから、多少は人件費のカットに繋がります。そのため働く場所がなくなる懸念は、確かにあるでしょう。とはいえ、結局主体は人間の想像力です」

AIだけでなく、人間も進化を続ける生き物だ。
「人間がいい仕事をすれば、必ず居場所はある」と、松尾氏は話す。

昔の音楽家が情熱を持って「いい仕事」をした結果、こうしてクラシック音楽は現代まで受け継がれているのだ。現代を生きる音楽家たちも「人間の想像力」を使って、未来の音楽家へ情熱を繋いでいくだろう。

芸術文化を残すために必要な支援の拡大

もう1つ課題を挙げるとすれば、お金の問題だ。

というのも大規模なコンサートだとオーケストラは100人を超え、さらに劇場スタッフや音楽スタッフなど、多くの人が1つのプロジェクトに関わる。人件費だけでも多くかかる中、継続的にこうしたコンサートを開催するとなると、予算は膨れ上がる一方だ。

しかし現状では、日本政府が芸術文化にかける予算はあまり多くない。文化庁が令和2年に発表した「文化行政調査研究」を参照すると、日本政府の文化支出額は調査対象6カ国(英・米・独・仏・韓・日)の中でも最低だ。

他国に比べ、芸術文化にあまり予算を捻出できていないことが浮き彫りとなった。とはいえ日本国内だけで比べると、支出額は10年間で146億円増加している。単純な増加率では、対象6カ国の中で2番目に高い。

芸術文化を未来へ繋ぐ意識が、日本でも徐々に芽生え始めている証だ。
さらに松尾氏は、「かけるべきところにお金をかけないと、業界は衰退する」と指摘。

「今は費用対効果が芸術にも求められる時代。とはいえ、安ければ良いと思っている限り、業界の存続は危うくなるでしょう」と続けた。

芸術文化にかける予算が増えなければ、課題に直面するのは未来の音楽家たちだ。現代の音楽家が常に問題意識を持っておくことで、課題解決の糸口が見つかるかもしれない。

AI技術を利用し、さらなる音楽市場の拡大へ

予算を増やすためには、より多くの人たちにファンになってもらう土台作りも必要だ。フルート演奏家の上塚氏は「好きになるキッカケ作りが大切」だと話す。

「AIキャラクターを使ったコンサートは、興味を持ってもらうには良い導入だと思いました。緊張しない環境で、クラシック音楽を楽しんでもらえれば嬉しいです」

子どもたちだけでなく、クラシック音楽に馴染みのない大人たちもAIコンサートは興味を持つキッカケになるだろう。

最新のAI技術は、音楽市場を拡大させる可能性を秘めている。

最新技術が繋ぎ続ける、クラシック音楽の歴史

AIと音楽の未来が見えたところで、クラシック音楽の歴史にも目を向けておきたい。これまでの音楽家は「最新技術」を使って、どのようにクラシック音楽を発展させたのだろうか。

ピアノを例に挙げ、1700年代まで遡ってみよう。バッハが活躍していた当時は、音の強弱をつけられるピアノが「最新技術」として発明されたばかりだった。

1720年に制作された、現存する最古のピアノ。バルトロメオ・クリストフォリ作。
現在も演奏することができる。メトロポリタン美術館所蔵。

見た目は現代のピアノとほぼ同じだが、機能性が少し違う。鍵盤の数が今のものより34鍵少ないので音域が狭く、足で音質を調整できるペダルも見当たらない。

しかし音の強弱を表現できる鍵盤楽器は、当時において画期的な発明だった。音の強弱がつけられると表現の幅が広がり、音楽家の技術が発展。すると楽器の質も、おのずと高まった。

こうした相乗効果で、現代のピアノに辿り着いたわけである。進化したピアノの弾きやすさや美しい音色を目の当たりにすれば、当時の音楽家たちも驚くだろう。

音楽は歴史の中でも、常に「最新技術」と歩みを進めている。

音楽家が大切にする、人間の感性

最新技術を積極的に取り入れる中でも、音楽家は人間の持つ感性を大切にしている。

「品位というのは、人間独特の感覚だと思います」
そう語るのは、室内楽団体、Music Dialogueの事務局長を務める伊藤氏。
ある弦楽合奏のリハーサルで、ベテランの芸術監督が若手にかけた言葉が印象的だったという。

「技巧的な曲を演奏すると、若手の演奏家はどうしても技術面を意識してしまいがちです。そこで芸術監督が『品位を常に意識しながら弾かないと、芸術とは無関係になるよね』と。その一言を聞いて次の演奏を始めた瞬間、会場の空気がガラっと変わりました」

さらに品位はどこから表れるのかについて、伊藤氏は続ける。

「作曲家がなぜこの音符を良いとして書いたのか。なぜこの音楽記号を指示したのか。演奏家の向き合い方が、作品の再現性にも関わるのではないでしょうか。勝手に解釈して演奏するだけでは、品位から離れてしまうと思います」

往年の音楽家たちが遺してきた数々の芸術作品には、現代の私たちが知り得ない想いが詰まっている。楽譜からそれを読み解き、演奏を通して作曲家たちの心情に想いを馳せる──。

多くの人がクラシック音楽の虜になる理由も、納得である。

「AIは人間の生活を豊かにしてくれる友」

ではこれから、AIと音楽はどのように影響し合うのだろうか。日本AI音楽学会会長の松尾氏は、語る。

「AIは『人間ができもしない、すごいことをやってのけちゃうから怖い』というイメージを持つ人も多いでしょう。しかし目的をハッキリさせて、ピンポイントでAIの力を借りるつもりで使っていけば、怖いことは何もありません。むしろ人間の生活を豊かにしてくれる友であってくれると思います」

さらに松尾氏は、AIが音楽界において演奏や録音の手助けをしてくれる、と続ける。

「様々な音楽システムは、今後ますます開発が進むでしょう。それに加え、身体の動きを変換して読み取ると、音に変わるシステムも登場しつつあります。この技術を応用すると、楽器が弾けない人や、身体的な問題を抱える人も創作が可能になるのです」

音楽家だけでなく、誰もがAIを使って音楽を奏でる未来が想像できる。

「音楽はそもそも、全員が楽しむためのものですから。AIと音楽を通して、人類らしい明るい未来に繋がるような気がします」

芸術文化を未来へ残すために、現代の音楽家たちができること。それは、AI技術を色々な方法で試すことから始まるのかもしれない。昔の音楽家たちは「最新技術」を取り入れながら、現代へ芸術文化のバトンを繋いだ。

現代の音楽家も、未来へ向けて新たな「友」と歩み続ける。

最後までお読みいただいて、ありがとうございました!サポートしていただいた分は活動費にあてて、noteに還元します(*^^*)