短歌連作,「果実変」

偸盗顔に耶蘇のごとき頬髭緋の長套に陰翳の刺しきず

亡命の祖国喪ふ幾度か政変と暗殺と占拠に

割礼証して刻む刺青 羊ならば隔てなく愛す

白麺麭に黒薔薇、静物に渦 況してや窓外へ鉄錆びて

茨藪切刻みつつ縦横の格子濃緋に染まりゆくなり

エルサレムに割礼絶ゑき隣人を汝警戒なく愛せ

宙吊りの綱渡りの芸人傷ましき閨にかぞへる脛傷の脛

解放の知らせがとどく――、民族の家に流れる譜のかろやかに

長き平和と警察官の鎮圧に闌けゆくある街の一日

労働と休暇の間 日曜の礼拝堂にかつての日本人 

 
内に昏き瞋りあり炎天の電柱ゆらめきゆらがざる鉄芯は

唖蝉を掌に遊ぶ児のいとけなく明らかに占領はつづく前夜に

イスラエル入植の項立止り折りかへす目に零る霧も

立入禁止 改築工事中看板とりはらはれて藤花もあらず

絶唱に近く危ふき螽斯の髭もてるダリ回顧展の写真に 瞥を

歌人檸檬の枝を剪定し佳く実れ 実らざれば慶び

彫刻家寵愛す蜻蛉にガラテアと名付け 不愛想な蜻蛉

果実変黒斑病の檸檬より埋葬までの近き道程

軍人を売つた奴隷商の家に蝶蝶夫人のソプラノの鳴き

或歌人略歴――元従軍記者、ヴェトナム・クウェート・イラク・アフガニスタンを経、ガザへ到り、

 

原爆忌陽に炙られし洋傘がころがりまはる 鐡の灼けて

早早と平和を忘れをとめらの声ひびくなり戦争映画に

八月の無人郵便局灼けて投函箱薄暗がりに佇つ かはたれ

郵便夫蒸発し届かざる手紙死火山を赤く塗り 列島

心音の拍脈打ちて苦々し日本病院会報と恢癒と

黒く濡つ花花――、樹の洞に高らか響く霊歌のなかの河を漕ぎつつ

如雨露、観葉植物、鉢――向かう見ずなる吝嗇、やけつぱち

木炭の煤の切口、同心円、半円そして――炭鉱車へ人、人

降車呼鈴に軋みて鐡の車の輪火花散らしむ、列ゆ離れよ

郵便貨物乗せて続ける行列の列車鈍鈍とつづく酷暑

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