豫言


   
ゆきゆきて死の冬の星はりつきき天球図に恍惚たらむ手

信仰の寓意額縁に鼻高きをとめ履む硝子球火の色

星海の報告へ錫色の木星同心円なす諸諸の地纏ひ

ヨハネス・フェルメール選集の封切つて日常おそろしきこと

疼痛の蹴球選手敗走す冬枯野をろかなり水渠へとらる履

傷ましき脇腹のきず見せ偽イエスへと砒霜の色あらは

季節は秋、地点は西日時計に傍立つものあらず一線の影

落陽から枯葉へ延びぬものひとと聞くべからず明るきは闇

一本の柱倒れり鬣の馬停まりき途上に羅髪の首、向

くちづける砂婚約者たち零れゆく十二対の単純 極性

  
ギョーム・アポリネールの死 竈馬に乳の色の海の星

若きオルフェみづへ漬しぬ葬服の黒き一輪の百合は擡ぐ

交響樂四番はたと已み音盤の褐色へしたたり血の粒

音信不通ひさしき累へ電話機のながながと時報の音

早熟の熱ひかず水銀温度計のぼれる蟻まみれなる水滴

薔薇へ熾火緋の色を差す蜜蝋の比翼もて迷宮にゆけ

偶然に父系図へはしる蚤ためらはず潰しし大人國のむかしは

分岐路はものおもふことなきか埃及を発つ自動車の輪に

ケッテンクラート図録のなか履帯へ砂の壊れたる胴ささふ 黄昏 

あはれ昨日秋知ることさびしきへ人鉄柱広場にふたつかげのみ

  
金銀の細鎖薔薇へ小糠雨あがりてのちの蜘蛛の巣のつぶ

われすみやかに殺めよすみれのいろの眸修道院にあらはれきゆ

厳粛の少女十二人なきがらに遵ひ毒ふふむ瞳をむかへず

繩の丈以てわだかまる宙づりの鞦韆にひとふたりさがりき

なかぞらへ少年ひとり羸痩に秋の蹠あそばせてをり

こころもちやはらぐ冬野陽射しさびしき茅白枯れ死せず

冬薔薇くきやかに澄む星へ宵斃されき巨躯をたたへり

オリオーンの死 九十九折にみづの襞累ぬ絹の海にて 

建築家長き日の壁に晒す正面図の左右非対称

青年へ生まれかはりき洗礼日みづのきのふしるは老年

  
聖霊にゐまさず百のくれなゐにけぶる韻文のはつなつ

吾亦紅乾きて揺るる晩節の血にほひたついもうとのしらかみ

義理の母はマリア岩窟教会へとほざけよ頸切のかまきり

掌に熟るる梔子みどりごのけぢめわかつゆびしろかれよ

あそぶ蚊蜻蛉へ水領の脚ながながしくきやかにも死到るゆくへ

奇蹟おそろしくあらめ昨日枯れし花梔子が明日も咲きつづく

空間恐怖症に息詰まり吸はれゆく逆さ吊りの天蓋 目

向日葵の冬咲きへ自転車の車輪たしかなる丹にし泛びき

入組む誘導路渦潮のかたちいたる中心へと引き寄する曲折 

アリアドネミシン台より滴らすほつれし絹の蜘蛛の室は

  
夕月映へそむきあるこのよのほかに定家葛のちさきひとむら

はながたみかたびらへをとめとぢし紅葉ひとひらの火蛾図

死と乙女叡智ゆゑ知らず林檎の花の純潔蘂へ穢れき

白豹豹変せる紳士服の胸へ勲章独立記念祭にラベル

うちひらく学生の眸はや死にそびれ疫病市へ求む柘榴

冬愛しむ母みどりたゑなむ眸零るは星霜図の穹ひろき闇

エデンの西ゆく父母は園かへりみるなき真菰蓬髪

固き海芋の縁、蟻あそばせて馘る園丁へ聖痕の痣

塋域を衛る青銅の騎兵対の旗幟、槍くろ錆びて

神の手と捨てらるマヌカンのうかび岐を差しき 片道

  
  


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