見出し画像

須賀敦子が歩いた街 4.

フィレンツェ

『フィレンツェ ー 急がないで、歩く、街』というエッセイのなかで、須賀敦子はこんなことを書いています。

美術館や展覧会に行くと、あ、これはほしい、うちに持ってかえりたい、と思う作品をさがして、遊ぶことがある。見る焦点が定まっておもしろい。街中が美術館みたいなフィレンツェには、「持って帰りたい」ものが山ほどあるが、どうぞお選びください、と言われたら、まず、ボボリの庭園と、ついでにピッティ宮殿。絵画ではブランカッチ礼拝堂のマザッチオの楽園追放と、サン・マルコ修道院のフラ・アンジェリコすべて。それから、このところ定宿にしている、「眺めのいい」都心のペンションのテラス。もちろん、フィエゾレの丘を見晴らす眺めもいっしょに。

『須賀敦子全集 第2巻』河出文庫, 2006年

今日は、須賀敦子がフィレンツェからのお持ち帰りとして第一に言及しているボボリの庭園の写真をここに広げてみます。この庭園は同じく彼女が持ち帰りたいと言っているピッティ宮殿の背後にある広大な庭園です。

ところで、写真を見ながら、私だったらフィレンツェから何をお持ち帰りしたいかなあ...と考えてみました。絵画だったら、ウフィツィ美術館にあるアーニョロ・ブロンズィーノ(Agnolo Bronzino, 1503-1572)の絵画全部。ずいぶん大きく出たかな。彼の描くメディチ家一族の肖像画が特に好きなんですよね、あのどこを見ているかわからないような不安定な瞳。吸い込まれそう。建物だったら、やはり「比類なき」という形容詞がよく似合うあの花の大聖堂で決まりでしょう。
でも、やっぱり持ってかえりたくはないよね。特に建物。フィレンツェにはズラリと見事な建築物が並んでいるけれど、それはすべてフィレンツェというあの場所にあってこそ、あの輝きを保っていると思うのです。仮に「どうぞお選びください」と言われたとしても、「じゃ、フィレンツェ、丸ごとお願いします」と言ったら、申し出た相手もさすがに怒り出しそうだし。

...こんなことを妙に冷静に書いたら、「アナタ、何をつまらないこと言っているの。ここでそんなことを言い出したら、すべて台無しでしょう」と須賀敦子大先生にお叱りを受けそうですが。

後記

最近、和辻哲郎の『イタリア古寺巡礼』が復刊されたので、早速日本から取り寄せ読んでみました。和辻哲郎もやはりフィレンツェを訪れています。面白かったのは、須賀敦子が「持って帰りたいもの」として言及していたフィエゾレの眺めに対する和辻哲郎の意見。彼は以下のようにバッサリ切って捨てています。

景色がいいというので世界的に有名なところであるが、しかし私にはアシシの方がずっと好いように思える。[…] フィレンツェ付近の山はいやに不規則にでこぼこしていて、山の谷との気持ちがはっきり出ていない。フィエソーレが有名なのは結局フィレンツェに近いからである。フィレンツェの芸術の素晴らしさが、そこからの息抜きの場所としてのフィエソーレを有名にしたのであろう。

和辻哲郎『イタリア古寺巡礼』岩波文庫, 1991年(2023年復刊)

私はフィエゾレへも、和辻哲郎が引き合いに出しているアッシジへも行きました。どちらの眺めがより印象に残っているかといえば、実はフィエゾレでもアッシジでもなく、フィレンツェとアッシジの間に位置するコルトナからの眺めが一番印象に残っています。天気が良ければ、ここからトラジメーノ湖を遠方に臨むことができます。紀元前217年、この湖畔でハンニバル率いるカルタゴ軍がガイウス・フラミニウス率いるローマ軍と戦い、カルタゴ軍が勝利したという歴史ある場所です(トラシメヌス湖畔の戦い)。
最後に私がフィエゾレで撮影した写真を下に掲げ、少々長くなってしまったこの後記を終わりにしたいと思います。

(この記事は、2019年7月7日にブログに投稿した記事に後記を書き加えた上で、転載したものです。)