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スイス紀行 3.

Tarasp

エンガディンの谷をイン川に沿って東西に走る鉄道。その東の終点にシュクオル(Scuol)という駅があります。ここから更に東へ向かえばオーストリア、南に向かえばイタリアという場所です。ここからバスに乗り、深い谷を越えて約20分ほど西へ戻ると、山の上に古い城が聳え立っています。タラスプ城(Schloss Tarasp)です。

土地鑑のない場所を旅する時、公共交通機関の中で乗りこなすのが一番難しいのはバスではないでしょうか。私たちは1時間に1本しか走っていないバスを誤った停留所で降りてしまい。一体どこだか分からない場所でボケッと時間を潰す羽目に陥りました。タラスプ城は予約したガイドツアー(ドイツ語のガイドのみ)でしか内部見学することはできません。夫が慌ててタラスプ城に電話して、14時半からの見学をキャンセル、15時半にずらしてもらいました。おかげさまでというか何というか、その15時半からのツアー参加者は夫と私の2人のみ。ガイドしてくださった男性に気兼ねなく質問しながらゆっくり城内を見学することができました。

タラスプ城はその歴史を11世紀まで遡ることができます。今日に至るまで何度も所有者が代わり、現在も私有されている城です。そのため内部の写真撮影は禁止されていましたが、そこでは代々の所有者の改築が年輪のように重層的に重なっている様を見て取ることができました。背負ってきた長い長い歴史の圧倒的な迫力を感じた城は、ヴァルトブルク*以来かもしれません。観光客に超人気の南ドイツの某ナンチャッテ中世の城(失礼)とは偉い違いだと内心思いました。

「城内での写真撮影は禁止です」という言葉に続けて「でも、カメラは持っていってください」とガイドの方は言います。城の櫓から見える景色が素晴らしいからです。彼は「そこからなら、いくらでも写真を撮れますよ」と笑います。実際、幾重にも連なる山の麓にポツリ、ポツリと集落が散らばって見える様は、思わず声が出てしまうほど美しいものでした。そう、この時でも緑の絨毯に集落の白い壁が映えて非常に美しかったのですが、ガイドの方は「10月にはもっと美しくなります」と胸をはります。木々が黄金色に輝くそうです。「10月の中旬くらいですか」と聞くと「年によって違うので、正確に『いつ』というのは難しい」とのことでした。

こんな山奥に暮らしたら、きっと不便なことは沢山あるでしょう。冬は厳しいだろうし、シーズンになると山のようにやってくる観光客にはイライラすることもあるに違いありません。それでも、この日、私たちのためのガイド作業を終えたら、谷に散らばる集落のどこかに帰っていくに違いないガイドの男性のことを思うと、私は思わず胸の底から湧き上がるような羨ましさを感じてしまいました。

  • テューリンゲン州(ドイツ)にある山城。16世紀、この城でマルティン・ルターは聖書の独訳作業を進めました。その時ルターが使用した机は現在でも城内で見ることができます。最寄駅はアイゼナハ。