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スイス紀行 7.

St. Moritz (Museum Engiadinais)

エンガディン滞在最終日は一日中雨でした。翌朝にはこの場所を去らなければなりません。天気が良い日なら迷わず山を歩くのですが、この雨という機会を利用してサン・モリッツにあるエンガディン博物館(郷土博物館)を訪れることにしました。この博物館の創設は20世紀初頭ですが、2015年から2016年にかけて大規模改修が施された、まだ真新しい雰囲気が漂う博物館です。建物はこの地方の伝統的様式で建てられた100年前のものですが、内部は非常にモダンに、かつセンス良く改装されていました。この地方の家具は塗装処理が施されていない木製で、つくられてから長い時を経ているにもかかわらず、各展示室の中に足を踏み入れるとフワリと木の香りが漂います。私は匂い全般に対して非常に敏感で、唯一ラベンダーの香りを除き香水などは全て苦手なのですが(頭が痛くなってしまうのです)、こんな木の香りの中でなら、何時間でも過ごせそうだと思いました。

以下はこの博物館をRolleiflexで撮影した写真です。

私は個人的にRolleiflexは暗い場所で静物を撮るのに最も適したカメラだと思っています。しかし、この日は天気が悪かったこともありこの博物館内はかなり暗い状態でした(そもそも防寒を最優先に建てられたに違いないこの地方の伝統的な建物は、皆窓が小さいのです)。シャッタースピードは1/15か1/8で、どのコマも祈るような気持ちで息を止めてシャッターボタンを押しました。こんな撮り方ができるのは、やはり開放値が(現代の基準で)暗いレンズが搭載された古いカメラだからこそ。そして、こんなふうに撮った写真は、シャッターボタンを押した時の記憶まで残るような気がします。

エンガディン博物館を出たあとも、雨は降り続いていました。夫がGoogle Mapsで探したレストランに駆け込むと、内部は人々で溢れていました。ホテルが1階で営んでいるかなり大きなレストランで、奥の座席では大勢の人々が集まり誕生パーティーが開かれているようでした。誕生日を祝う歌が聞こえてきます。そんななか、私の目の前にあるテーブルで食事をしていた客が去り、空席が生じました。最後の写真はその一瞬を狙って撮影した写真です。このテーブルには間もなく他の客が腰掛けたからです。
この1コマがエンがガディンの旅の間に撮った写真のなかで、図らずも最も気に入ったものになりました。この写真を見ると、絶え間ないざわめきの中で一瞬そこに浮かび上がった「空白」、その瞬間を、私は今でもまるでその場にいるかのように鮮やかに思い出します。