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【vol.5】福山市教委はなぜ山野の学校を統廃合しようとするのか

◆はじめに

 福山市教委は、2015年に『福山市学校規模・学校配置の適正化計画(第一要件)』を公表しました(「vol.4 福山市『学校再編』の動き」) 。

 山野・広瀬小中学校は、「再編による適正化を進める方向で速やかに地域との協議に入」る、“第一要件”の段階だとされた、6小学校・3中学校に含まれます。この計画が公表されると、山野・広瀬両学区から反対の声が上がりました。

 広瀬学区では、2019年に、中学校の跡地に不登校児童生徒のための「特認校」を設置するという計画が公表されました。すでに6回開催された準備委員会の場では、校歌や校名(「広瀬学園」)が決定するなどしています。

 一方山野では、「小規模特認校」として地域に学校を残してほしいという意思を保護者や地域住民が表明してきましたが、市教委は計画を変更していません。広瀬学区に「特認校」という形で公立学校が開校することになると、広瀬を飛び越して山野小中学校が加茂小中学校に統合されるかのような学区が編成されることになります。

山野4

 山野小学校から加茂小学校までは、約11kmの道のりです。移動に車で20分、徒歩2時間を要します。

 このように、地理的な条件からしても、山野小中学校の加茂小中学校への統合は、住民との合意なくして進めることができる計画ではありません。今回は、なぜ市教委がそれでも山野小中学校を廃校にしようとするのか、その理由を探っていきます。まず、これまでの経緯を紹介します。

◆これまでの経緯

 『福山市学校規模・学校配置の適正化計画(第一要件)』が公表されてから、山野の住民組織は計画の見直しを求める要望書を3度提出し、保護者説明会や地域説明会の場でも、「山野小中学校を『小規模特認校』として残してほしい」と要望してきました。

山野年表

 2021年6月の市議会で提出され可決された改正学校設置条例には、山野・広瀬・加茂学区の統廃合は含まれませんでした。しかし、この計画を白紙にするという宣言はなされておらず、市教委は今なお学校統廃合を進める方針です。

◆市教委自身の説明による、山野小中学校の統廃合を進める理由

 2019年7月15日に、話し合いの場で、山野の住民組織から市教委に対する要望書が提出されました。その翌月の8月27日、市教委は回答書(「要望に対する回答について」)を公表しました。2000字ほどの短い文書ですが、山野の学校統廃合に関する市教委の考え方が書かれています。回答書には、前文を除き次の4項目が記されています。

①「学校再編の理由」
②「地域の皆様に対する姿勢」
③「教育委員会と地域活性化担当部署との関係」
④「『合意』について」

 その①の項目に、市教委が学校統廃合を行う理由が説明されています。その内容は、要約すると下の4点になります。

1)小規模校では多様な価値観に触れることが難しいため
2)2020年度施行の学習指導要領で導入された新たな教育(小学校5・6年生の外国語、プログラミング教育、特別の教科「道徳」)の充実のため
3)人口減少で、広島県全体の教員数が減少しているため
4)市教委が、再編後の学校や、新たに設置する特認校への通学支援を行うため

 しかし2)3)は、市教委が学校統廃合を行う理由として成立するのかどうか、疑わしい部分があります。なぜならこれらは、国や県の方針に従うための統廃合であるという説明の仕方になっているからです。

 2)は、新学習指導要領で導入された授業形態の充実した実施のためには小規模校を解消しなければならないかのような書き方ですが、以前の記事でも紹介したとおり、2015年に文科省が通知した「手引」 では、文科省は必ずしも学校統廃合を奨励しているわけではありません(「vol.3 学校統廃合を決める権限のありか」)。

 3)は、教員数が不足しているため、小規模校を解消する必要があるという説明になっています。教員採用試験の倍率低下等は、全国的にも課題になっていますが、教員採用を担当する都道府県がその対処法として、学校統廃合を進めるよう市町村に促しているということでしょうか。そのような根拠は示されていませんが、仮にそうであるとするなら、広島県からそのような説明があってしかるべきなのではないでしょうか。

 結局、市教委は、学校統廃合を行う理由として1)のみを示していることになります。子どもの学習環境を保障するためには、一定の集団規模が必要だという説明です。

 山野・広瀬・加茂小中学校の児童数・生徒数(2021年度)は、以下のようになっています。

児童生徒数

出典:福山市教育委員会「児童数・生徒数」 

 山野小学校では、高学年(5,6年生)が複式学級となっています。
 市教委は、説明会などでも、子どもの数が少なすぎるのはかわいそうだ、学校には、多様な価値観に触れながら切磋琢磨することができる人数が必要だ、という説明をしてきました。

 山野の学校には、他の大規模校の学区から、小規模の学校を選んで通っている児童生徒もいます。児童生徒数を一定の基準に揃えることを第一目的とし、小規模校だからと学校の特色に構わず廃校にしてしまうことは、小規模校の良さを否定することになり、公立学校の多様性を損なうことにもなってしまいます。

 市教委は、これらの理由を記した上で、「学校再編計画の見直しと、山野小・中学校を小規模特認校にすることは考えていません」として、回答書の①の項目を締めくくっています。

 大規模校に利点があるのと同様に、小規模校にも利点があるということは誰もが認めるところです。児童生徒数が少なすぎるという学習環境を改善するために統廃合をする、という説明だけでは、保護者や地域住民としても、納得することは難しいのではないでしょうか。

◆市教委の保護者や地域住民との向き合い方

 ここから、回答書を読み進め、市教委がここまでして統廃合を行おうとする、さらなる理由を見ていきます。

 まず、市教委の地域との合意に対する考え方を見ていきます。回答書の、②「地域の皆様に対する姿勢」と④「『合意』について」の項目から、市教委が地域住民とどのように向き合っているのかを読み取ることができます。最終項目の④は短く、2文からなります。

福山市教委「要望に対する回答について」(2019年8月27日)
 学校再編は、地域・保護者との議論を重ねた上で、最終的には行政が、その責任で判断すべきと考えています。
 教育委員会としましては、引き続き、学校再編について、皆様に御理解いただけるよう取り組んでまいります。

 市教委は、説明会などでも、「(計画は決定ではない、絶対ではない、と打ち出すことは)難しい」とし、「どこかの時点で皆さんが『お願いします』というまでは、やり取りをさせてもらうつもりであり、それを合意というかどうかは、見解は分かれるだろう」という立場をとってきました。

 保護者や地域住民による要望があろうとなかろうと、市教委の政策は教育活動を行う上で「正しい」ものなので、地域の皆さんもそれに協力してください、という根本的な姿勢が、回答書の最後の2文においても表明されていると考えざるを得ません。

◆学校と地域の関係

 加えて市教委は、回答書の③「教育委員会と地域活性化担当部署との関係」で、学校と地域の関係について独自の見解を示しています。

福山市教委「要望に対する回答について」(2019年8月27日)
 人口減少、少子化、高齢化が急速に進行する中にあって、学校があれば地域が活性化する、今までと同じ状況が確保できれば地域の元気が維持できるという状況ではなくなっており、子どもたちの教育環境と地域の活性化はそれぞれ別の課題として議論する必要があると考えます。

 学校を存続すれば地域が活性化するものではない、というこの説明は、福山市長による説明の仕方と同じものです。

 福山市長は2016年から、市長が地域へ出向き、市政に関する市民の声を聞く「市長と車座トーク」という活動を行っています。市長は車座トークの中で、学校を中心として地域が成り立っているということに一定の理解を示しつつも、学校を存続することにより地域を活性化することはできないため、別の方法を考えなければならない、という考えを示しました。

福山市「市長と車座トーク 第31回 山野学区 概要」(2017年8月21日)

・学校が無いと地域で子育てができなくなるとは思っていません。地域に子育てをする魅力がどれだけ有るかということだと思う。

・人口減少、高齢化の進展という中にあって、今までと同じ状況が維持できれば、今までと同じように地域が元気を維持できるかといえばそうではないと思う。今までと違ったやり方を考えていかないと、地域の新しい活力の作り方は見えてこないと思う。

 2015年に行われた教育委員会の制度変更により、市町村長が教育長に及ぼす影響力が強まったと言われています。教育長を直接任免する権限を有する市長に、今は統廃合を踏みとどまろうという判断があれば、ここまで民意を無視した進め方を続けることもできなかったのではないでしょうか。

◆おわりに

 市教委が山野で学校統廃合を何としても進める理由は、市教委自身の説明によると、小規模校の教育上の問題を解消するためという、その一点のみでした。その他に挙げている、文科省の新学習指導要領に従うため、教員不足に備えるためといった理由は、根拠がありませんでした。

 そこで市教委の回答書を読み進めると、住民との合意形成を脇に置いている可能性と、学校と地域は別々に考えるべきだという明確な方針があることを読み取ることができました。これらが、市教委が無理な学校統廃合を進めることができる理由にあたるのではないでしょうか。

 教育委員会は元々、国家から独立した教育を保障するために設立された、住民の側に立って地域の教育を担うはずの機関でした。保護者を含めた地域住民の意見に耳を貸さず、市教委の方針に従うことを求めるばかりでは、教育委員会の本来の役目を果たしているとは考えられません。

 また福山市教委は、地域と学校の問題は別々であるとの立場をとっていますが、公立小中学校区が「地域」の単位を形成していることは往々にしてあります。むしろ現在は、学校と地域の連携を強めて、学校を地域に開いていこうという取り組みが全国的に行われているという流れさえあります。

 学校と地域は別問題どころか、地域から公立学校がなくなることが、移住者の呼び込みをはじめとする地域活性化の取り組みのボトルネックになってしまうことは、住民からすれば明らかなことです。

 次回は、「小規模特認校」と、不登校の児童生徒を支援する「特認校」、正確には「教育課程特例校」について、その違いと、福山市ではその制度の運用上何が起きているのかを見ていきます。

K・H

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