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【vol.7】子どもたちが育つ場を模索する内海町に対して、福山市教委は何を行おうとしているのか

◆はじめに

 これまで、福山市で進められてきた学校統廃合計画について紹介してきました(【vol.4】福山市「学校再編」の動き)。前々回の【vol.5】(福山市教委はなぜ山野の学校を統廃合しようとするのか)、前回の【vol.6】(日本の特認校制度と福山市の制度運用)では、福山市北部の事例を紹介してきました。

 今回は、福山市内海(うつみ)・沼隈(ぬまくま)地区の学校統廃合計画を見ていきます。

 この地区では、5つの小学校と2つの中学校を統合し、義務教育学校を開く計画が進められてきました。地図で位置を見てみます。

 地図の左下に、島が2つ浮かんでいます。内海小学校のある横島(よこしま)と、内浦(うちうら)小学校・内海中学校のある田島(たしま)が、2003年に福山市に編入した内海町です。また、その北側にあるのが沼隈半島です。常石(つねいし)小学校千年(ちとせ)小中学校能登原(のとはら)小学校の学区が、2005年に福山市に編入した沼隈町の一部です。

内海地図


 再編後の学校は、現在の千年中学校の位置に校舎を新設した上で、2022年度の開校を予定しています(福山市教委「(仮称)想青学園について」 )

 市教委は、児童生徒数の減少による教育上の弊害を解消するという方針の下、再編計画を進めてきました。現在(2021年度)、対象校の児童生徒数は次のようになっています。

児童生徒数

出典:福山市教育委員会「児童数・生徒数」 

 内浦小学校は、全校で2人の児童が通う小さな学校です。また、内海小学校、常石小学校、能登原小学校、内海中学校も、1学年1クラスずつの小規模校となっています。

 この学校再編計画に対しては、再編対象校とされた地域の住民から計画の見直しを求める要望がありました。しかし、地域の合意が得られない状態のまま、市教委は計画を進めていきました。

 住民は、何を要望していたのでしょうか。それに対して市教委は、どのような措置を取ってきたのでしょうか。まず、これまでの経緯を紹介します。

◆これまでの経緯

 計画の公表当初は、現在のような5小学校2中学校の統合計画ではありませんでした。

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出典:福山市「地域説明会の概要」, 福山市議会映像配信 等

 市教委は、2015年に『福山市学校規模・学校配置の適正化計画(第一要件) 』を公表し、内海小学校・内浦小学校内海中学校を再編対象校として、それぞれ千年小学校千年中学校に統合する計画を示しました。

 常石小学校能登原小学校が千年への学校再編計画に含まれるようになったのは、翌年度の2017年3月のことでした。

 その後さらに、常石学区では、常石小学校の跡地を利用した「イエナプラン(1~3学年、4~6学年の異年齢集団による学級編成)」の教育法を取り入れた公立学校設立が発案され、計画が変更されました。2021年度から、すでに移行期間として、異年齢クラスによる授業が一部で行われています(福山市教育委員会「イエナプラン 」)。

 能登原学区、千年学区ではそれぞれ2回、内海・内浦学区では合わせて3回の地域説明会が行われました。

 2020年6月18日には、第1回開校準備委員会が開催されました。2020年11月に行われた第5回準備委員会では、教育委員会会議で、再編後の校名が「想青学園」に決定したことが報告されました。

 2021年6月24日には、市議会の本会議で学校の廃止を含む学校設置条例が可決しました(福山市議会映像配信・2021年6月24日・本会議〔0:16:00~1:28:30〕)。

◆内海町の住民が望んできたこと

 再編対象校とされた学区のうち、ここでは特に内海町での経緯を詳しく紹介します。

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 内海町の住民組織は、『福山市学校規模・学校配置の適正化計画(第一要件) 』が公表される以前から、町の子育て環境に関する議論を重ねていました。2014年8月12日には、内海小学校内浦小学校、2つの保育所内海中学校の位置に統合し、保小中一貫の教育環境を整備することや、少人数教育によるデメリットを補う施策(他校との定期交流、合同部活等)を行うことなどを、要望書にまとめて福山市長と教育長に提出していました。

 しかし、要望書に対する回答のないまま、市教委は『福山市学校規模・学校配置の適正化計画(第一要件) 』を公表しました。計画が事前に知らされることはなく、住民はこれを新聞報道で初めて知ったといいます。

 その後も内海の保護者や住民組織は、保護者に対するアンケートを行ったり、2015年11月には要望書を提出するなどして、再編計画の見直しを求める意思を表明してきました。しかし、計画が変更されることはありませんでした。

 市教委は、学校再編を行う理由は、「切磋琢磨するための集団規模」を確保するためだと説明してきました。以下は、市教委が2019年に公表した要望に対する回答書の抜粋です。

2019年4月9日「福山市立千年小中一貫教育校』の整備に係る内海町内の教育環境の存続要望書に対する回答について」(福山市教委)より抜粋

 子どもたちが生きていく変化の激しい先行き不透明な時代を見据え、より多くの友達の意見を聞いたり、一緒に知恵を絞って考えたりといった「主体的・対話的で深い学び」となる効果的な授業を行うためには、一定の集団規模は欠かせません。

 ここで示されている「主体的・対話的で深い学び」は、学習指導要領の文言です。ただし、その学びを実現するために、文科省が学校統廃合を奨励しているという事実はありません。

 2020年2月に行われた、内海・内浦学区における3回目の地域説明会は紛糾し、合意が成立したとはとても考えられないやりとりの中で終了しました。

(仮称)千年小中一貫教育校 地域説明会
〈福山市教育委員会「内浦内海 地域説明会②概要」より抜粋、太字は筆者〉

・2020年2月27日(木) 19:30〜21:00
・参加者 94人(傍聴7人を含む)
・行政 11人(教育長・教育次長・管理部長・学校教育部長 他)

質問)内海町に1校でいいから学校を残してほしいという要望書を提出しているが、どのように受け止めているのか。(p.2)

教育長)この間の話合いなどから、ここにおられる皆さん全員が、再編に反対なのではないと受け止めています。このような会・時間をいつまでも持つことを繰り返して、物事が決まったり進んだりするでしょうか。この場で賛成の方は声をあげてほしいということはとても言えません。 皆さんが色んな思いでおられることは、私なりによく分かっています。(p.2)
(中略)皆さんの様々な思いが一つになるということは、難しいと思います。区切りを付けて新しい学校をつくること、まちづくりをどうするかという話を始めさせてもらいたい。思いはいくらでも聞かせていただきます。(p.3)

 「たった2回の説明で統廃合を決めるのはおかしい」と詰め寄る住民を振り切って、市教委は説明会を終えました。この地域説明会で、市教委は住民の「総意」を把握することができたとみなし、6月に開校準備委員会を開きました。

◆学校の存廃をめぐり、地域の選別が行われている

 目を少し東に向けてみると、『崖の上のポニョ』(2008年)の舞台でもある福山市鞆(とも)町があります。この地域では、鞆小学校と鞆中学校の統合により、2019年度から義務教育学校「鞆の浦学園」が開校しています。

内海・鞆まで

 現在、鞆の浦学園の児童生徒数(2021年度)は、次のようになっています。

鞆の児童生徒数

出典:福山市教育委員会「児童数・生徒数」 

 鞆の浦学園も、児童生徒数だけを考えると再編前から小規模な学校ではありましたが、今回の千年への統合計画には含まれませんでした。

 鞆の浦沖に浮かぶ走島(はしりじま)では、2015年度、次年度から児童生徒がいなくなることに伴い、公立学校(走島小学校・走島中学校)が閉校となりました。鞆に学校を残す理由は、走島から通うかもしれない児童生徒に配慮するためであると、公式には説明されています。

 島といえば、田島と横島はどうでしょうか。横島にある内海小学校から千年小学校までは、睦橋(むつみばし)と内海大橋(うつみおおはし)の2つの橋を渡る約8kmの道のりで、徒歩1時間半、車で15分ほどかかります。1979年に睦橋が、1989年に内海大橋が架かったことで、船を使う必要はなくなりましたが、災害時に内海大橋が封鎖されてしまえば、内海町の子どもたちはしばらく自宅に帰ることができなくなります。このような地理的事情に対する配慮が、内海町に対してなされることはありませんでした。

 鞆や常石には何らかの形で学校を残し、内海や能登原の学校は引き上げるという市教委の方針は、行政の論理で地域を選別するものとして働いてしまっています。地域で子どもたちを育てるために、よりよい教育環境を模索する思いは、どの地域も同じなのに、学校がなくなる地域の住民にとっては、市教委の政策を理不尽に感じることは想像に難くありません。

 また、再編対象校の同じ地域の中でも、住民の分断が生じていきました。内海町では元々、保小中一貫校を作り、一人一人に目の行き届いた教育を地域ぐるみで考えていこうと住民組織が動き始めていました。しかし、市教委が合意を待たずに再編計画を進める姿勢を取り続けたことで、再編計画に反対する住民に対する批判的な声が出てくるようにもなりました。学校統廃合をめぐって、住民同士が疑心暗鬼に陥るような状況を、行政の側が作ってしまっているのです。

◆平成の大合併前の旧内海町から、全ての学校がなくなってしまう

 内海町は、2003年に、編入合併により福山市の一部となりました。今回の学校再編計画により、平成の大合併で吸収された内海町から全ての学校がなくなるということになります。

 2019年の日本弁護士連盟による調査では、2000年の国勢調査時に人口が2000人以下で、合併された113町村のうち、少なくとも19町村から小学校が消滅したことが報告されています(2019 年11 月 6 日、日弁連シンポジウム「平成の大合併を検証し、地方自治のあり方について考える」資料p.217~p.220)。当時はまだ福山市に編入していなかった内海町の人口は、3,431人(2000年調査時)でした。この調査においては、内海町ほどの人口規模の町から学校がなくなることは想定されていませんでした。

 平成の大合併による問題点は様々に指摘されていますが、編入された側の自治体が、編入した側の自治体の公立学校の存廃決定権を実質的に握るということもその1つかもしれません。

◆おわりに

 内海町では、市教委の学校再編計画の公表以前から、住民が自主的に移住促進の取り組みを行い、10年間で155人もの人々が移り住んでいます。無理に統廃合を進めようとする行政に対して地域の組織が機能し、おかしな政策が出てくる度に「それは間違っている」と反応することができるということは、地域が生きている証拠でもあります。今回の学校統廃合計画に際しても、内海の住民は行政に言われるがままの存在ではなく、行政まかせの存在でもありませんでした。

 しかし、市教委は、そのような住民の要望や思いに応えることなく、内海・沼隈学区の学校再編を進めてきました。これまで各地の地方自治体の政策担当者には、多数派の意見だけを採用して少数派の声を抑圧しては、自治体行政がもたない、という判断があったはずです。しかし、その歯止めがきかなくなった福山市は、内海町に対して、市の末端だからと容赦なく学校をたたむ措置を取ろうとしています。

 加えて、市内でも地域の選別が行われていることや、市町村合併前の旧町の公立学校を全て解消することを厭わないという側面を見ても、少数意見を排除する方向に向かう福山市の姿勢が際立っています。

 沼隈・内海地区では、小規模校を解消する動きと並行して、公立オルタナティブ学校の新設が進んでいます。次回は、イエナプラン教育校や義務教育学校といったオルタナティブ学校について、詳しく見ていきたいと思います。

K・H

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